70 爆弾娘
私のクラスにはとってもモテる男の子がいた。女の子達がその男の子と話がしたくって大分頑張って話かけたのだけれど、雑談とかは全然してくれなかった。用事があれば話してくれるのだけれども。
それでムキになってしつこくし過ぎた女子が出てしまった。その男の子がそれを嫌がってその女の子にちょっと強く言いすぎた事があってクラスの女の子は用事が無い限り話しかけないっていう暗黙の了解ができてしまった。
だからある日クラスの女子の一人が昼休みにその男の子に話しかけていた時には皆ちょっと驚いたし、不愉快に思った人もいたと思う。
私も本当はちょっと不愉快だった。でも話しかけている子を見てしょうがないかな、とも思った。残念ながらいい意味ではない。普段あまり話さない子でクラスから浮いていた。皆の暗黙の了解とかは尊重してくれそうに無い。
でも何の話をしているのだろう? あの子、目がキラキラしていて凄く楽しそうに話をしている。それに引きずられていつもなら話を打ち切る彼もあっけにとられて聞いている。
皆と遠巻きにして見ていると、しばらくしてとうとう彼の方が降参したらしい。白旗代わりにあまり見た事の無い心からの笑顔を見せた。
先生が教室に入ってきて話はそこで一度打ち切りになった。でも授業が終わると、彼から『それでどうなったの』って声をかけて次の休み時間も話の続きをしていた。
後で聞いたらその子は卵の話をしていたらしい。その子の両親は菜食主義者で、その子も卵とか肉とか魚はあまり食べた事はなかった。食べてもいいよって言われていたけれど、家族だからね。自分だけ食べるって難しい。
その前の日はみんなでおでん屋さんに行って、『爆弾』っていうのを頼んだら、思っていたのと違うのが来てしまったらしい。巾着の中に野菜が入っているもの、と思っていたら、さつま揚げの中にゆで卵が入っているのが来たんだって。残すのが気がひけて食べたら美味しくって、思わず美味しい、美味しいって言いながら食べてしまった。
それを見ていたお母さんが普段入れない卵をお弁当に入れてくれて、それがすごくすごく嬉しくって、その感動を後ろの席でやっぱり独りでお弁当を食べていた男の子、例の彼、に語ってしまったらしい。
その子はそれ以来吹っ切れて前よりずっと明るく話すようになった。例の彼ともいい感じで話している。私達とも話すようになったからもう言わないけれども、その子の事は私達の間ではその後しばらく『爆弾娘』で通っていた。