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 61 ワーウルフ(狼人間)


 私は病院で目を覚ました。皆が口々に運が良かったですねと言う。私は兵役が終わって故郷に帰る途中で怪我をして倒れていた所を助けられ、病院にかつぎ込まれたらしい。

 目を覚ましても、私は何も思い出せなかった。そして何を見ても何を聞いても何かがひどく間違っているという気しかしなかった。

 私の病室には私を知っている男、軍隊で同じ隊に所属していた男がいて、私が記憶を無くしていると知ると熱心に私について知っている事について話をしてくれた。

 私の故郷のこと、家族のこと、軍隊で起きた出来事。でも私には一つとして親しみを感じられるものはなかった。

 私の失望が伝わってしまったらしい。その男は口調を変えると、こういう事は何かの拍子に思い出すと全部思い出せるものだから、と言って口を閉ざしてしまった。

 医者に何かが間違っているという不安感を訴えても無駄だった。記憶が戻れば不安感は消えるというばかり。どうすれば記憶が戻るかと聞いても肩をすくめるばかりだった。

 一方で医者は私の傷の治りが早い事には非常に満足していた。私は病院にかつぎ込まれた時には大怪我をしていた。銃創で、医者はならず者の仕業だろうと言っていた。

 体は順調に回復していったが、記憶の方は全く戻らなかった。ある晩、私は少しでも記憶を回復しようと月明かりで医者が書いてくれた覚え書きを読んでいた。私の故郷の村の名前、私の家族の名前、私の軍隊での所属、友達の名前、上官の名前・・・。

 何一つとして私の記憶を刺激するものは無い。私はため息をついて空を見上げた。満月だ。その時、私は初めて何かを思い出した。

 満月の夜、人間に銃で撃たれた事。反撃して何とかその人間の太股に食いついた事。その人間が死ぬ間際に奇妙な声で話しかけてきた事。その人間が動かなくなってもしばらく肉を食べるのをためらった事。血の臭いに我慢できずに食べた後、奇妙な眠気に襲われた事。

 満月の光を浴びて私の体が人間から狼へと戻っていく。私は呪わしい人間の町を抜け出し、生まれ故郷の森へと走った。

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