加田三七捕物帳について

戸田和光


本稿について

 例によって、私は加田三七ものを読んでいない。
 その前提で調査したことをまとめた文章になるので、そのつもりでお読みいただきたい。
 間違いや、これ以外の初出情報をご存じの方は、ご連絡いただければ幸いです。


 いつもながら、出発点は単純である。
 村上元三に『捕物そば屋』という作品があることは知識として知っていたが、特に手にとることなく過ごしてきた。最近になって、『捕物そば屋』の探偵役である加田三七が登場する作品群には、そば屋になる前の同心時代のものもあり、今や『捕物そば屋』は、加田三七シリーズの中の一冊、といった扱いになっている――ということを知った。
 おやまあ、ということで、ちょっとばかり調べてみたら、例によって、出版社によって収録作品が微妙に違っていて、全貌がよく分からない。それならちょっと整理してみましょうか、と思ったものである。

 まず、加田三七ものの本をまとめてみる。いくつかの資料から拾っただけなので、漏れがあるかも知れないが、ご容赦いただこう。

加田三七 著書リスト

通番タイトル出版社など刊行年
1 捕物そばや 時代篇 春陽堂(文庫) 1951
2 捕物そばや 明治篇 春陽堂(文庫) 1951
3 捕物そばや 天狗ばなしの巻 桃源社 1953
4 捕物そばや 十手往来の巻 桃源社 1953
5 捕物そばや 天狗ばなしの巻 徳間書店 村上元三選集 1966
6 捕物そばや 十手往来の巻 徳間書店 村上元三選集 1966
7 捕物そば屋 秋田書店 時代推理小説選集 1968
8 八丁堀同心加田三七 東京文芸社 1970
9 天狗囃子 捕物そばや 桃源社 1970
10 十手往来 捕物そばや 桃源社 1970
11 加田三七風流帳 東京文芸社 1971
12 加田三七捕物そば屋 東京文芸社 1971
13 加田三七捕物帳 天の巻 広済堂出版 1973
14 八丁堀同心加田三七 上 徳間書店(文庫) 1988
15 八丁堀同心加田三七 下 徳間書店(文庫) 1988
16 加田三七捕物そば屋 徳間書店(文庫) 1988
17 加田三七捕物控(一) 八丁堀同心の巻 東京文芸社 1989
18 加田三七捕物控(二) 風流帳の巻 東京文芸社 1989
19 加田三七捕物控(三) 捕物そば屋の巻 東京文芸社 1989
20 加田三七捕物帖 徳間書店(文庫) 1990
21 加田三七捕物帳 学陽書房(文庫) 2007
22 加田三七捕物帳(二) 学陽書房(文庫) 2007


 とりあえず、22冊はあるようだ。なお、13を見る限り、『加田三七捕物帳 地の巻』が出ていてもおかしくないはずだが、刊行を確認できなかった。とりあえず、『地の巻』は未刊として本稿は進めていく。
 最初に、収録作品が同じものを整理する。似たようなタイトルが多いが、そのことが収録作品が同じであることを示さないのは、書誌を調べているとごくごく当たり前のことだ。この加田三七ものについても、同様である。

 出版社が同じである9と10は、3と4のタイトルを変えての再刊だし、17、18、19も同じく、8、11、12の再刊だ(ただ、整理する上で分かりやすいため、以下では、17〜19のタイトルの方を使用する。ご容赦いただきたい)。また、21と22は、14と15の再文庫化である。最後に、やや分かりにくいが、3と4は、1と2と、収録作品は全く同じである(一方、5と6は、3、4とタイトルはほぼ同じなのだが、二、三編作品が追加されており、単行本としては別に数えざるを得ない)。結局、オリジナル編集といえるのは、13冊あることになる。
 更に、1と2の春陽文庫版は一連の編集だし、5と6の徳間書店の選集2冊も同様だ。あと、14、15、16、20の徳間文庫の四冊と、17〜19の東京文芸社のものも、一連の編集となっている。つまり、この4種類と、別に編集された2冊がある、といえそうである。

 この上で、収録作を整理してみると、徳間文庫版が全56作からなり、この編集が基本となることが分かる。他の著書の収録作は、1作品(「薬師如来」)を除いて、すべて徳間文庫版に収録されているから、徳間文庫版の4冊を読めば、他の著書を集める必要はほぼないのだ。
 結局、最も刊行の古い春陽文庫版以降も、断続的に三七ものが書かれているために、著書刊行以降に書かれた作品は物理的に収録できなかったから、最も編集が新しかった徳間文庫版が最も充実したものとなっている、というだけのようにもみえる。結局、途中は多少複雑だったが、最終的にはキチンと網羅されたものになっており、徳間文庫版だけ揃えれば加田三七ものが網羅できる――と著書だけを見れば、考えてしまいそうだ。
 だが、もうちょっと調べを進めてみると、やはりそう単純ではないらしい。
 私がざっと確認した範囲での作品リストを掲げておく。参考までに、各著書への収容状況も添えておこう。

加田三七 著作リスト

タイトル初出題など春陽選集東京文芸社徳間雑誌 初出年月
むかしの夢 初出題:捕物蕎麦 大衆文藝 昭和20年10月
子盗り湯騒動 初出題:白粉珠数 平凡 昭和21年4月
幻の像 平凡 昭和21年5月
艶説鴨南蛮 別題:恋慕蕎麦 平凡 昭和21年8月
小唄念仏 平凡 昭和21年10月
夢の泡雪 初出題:夢の淡雪 平凡 昭和22年1月
茨木の腕 読切雑誌 昭和22年6月
白い蘭 平凡 昭和22年10月
火焔琵琶 平凡 昭和23年1月
人肌菩薩 別題:恋文さがし 平凡 昭和23年2月
赤い湯煙 平凡 昭和23年3月
毒の花束 平凡 昭和23年4月
からくり行燈 初出題:判じ絵行燈 平凡 昭和23年5月
菊五郎巡査 The Lock 昭和23年5月
政岡人形 別題:政岡人形の謎 平凡 昭和23年6月
コレラ騒動 平凡 昭和23年7月
色餓鬼亡者 別題:お籠り芸者 天狗 昭和23年9月
岡蒸気の女 旬刊ニュース増刊 昭和23年11月
地獄人形 初出題:あぶな絵人形 大衆小説 昭和24年1月
写し絵の女 ユーモア 昭和24年5月
生き損ないの女 初期題:生き損ひの女 小説世界 昭和24年5月
ジオラマ館の殺人 講談読物 昭和24年6月
餅菓子心中 クラブ 昭和24年8月
馬鹿な女 新青年 昭和24年9月
夜鷹三味線 講談倶楽部 昭和24年9月
軽気球の殺人 ホープ 昭和24年12月
幽霊三味線 面白倶楽部 昭和25年7月
萩の夜の秘密 別冊小説の泉 昭和25年10月
一本足の鐘つき男 講談倶楽部 昭和26年2月
スペードの女王 別題:トランプの殺人 読切小説集別冊 昭和27年11月
百之助の算盤 週刊朝日臨時増刊 昭和29年1月
黄金の轡 読切倶楽部 昭和30年7月
花火の夜 読切倶楽部 昭和30年8月
奇術師の死 読切倶楽部 昭和30年10月
のぞきからくり 読切倶楽部 昭和31年2月
はんみよう 読切倶楽部 昭和31年3月
かみそり 読切倶楽部 昭和31年4月
本所狸 別冊週刊サンケイ 昭和33年3月
忘れ霜 小説新潮 昭和36年7月
いやなやつ 小説新潮 昭和36年9月
闇の礫 エロティック・ミステリ― 昭和37年3月
薬師如来 別冊小説新潮 昭和37年4月
浮世うどん 文藝朝日 昭和37年7月
比翼塚 小説新潮 昭和38年1月
小説新潮 昭和38年9月
江戸の荒熊 初期題:本所の荒熊 小説現代 昭和39年4月
幽霊の仇討 別冊小説新潮 昭和40年10月
ぼうふら 小説現代 昭和41年3月
二人の老女 別冊小説新潮 昭和42年4月
犬と猫と鼠と 小説新潮 昭和42年6月
米を食う狐 小説新潮 昭和42年7月
片腕の骸骨 小説新潮 昭和42年8月
鬼灯遊女 小説新潮 昭和42年9月
琉球の簪 小説新潮 昭和42年10月
尺八一千両 小説新潮 昭和42年11月
師走の湯 小説新潮 昭和42年12月
八丁堀貧乏小路 別冊小説新潮 昭和43年1月
黄金仏 別冊小説新潮 昭和43年4月
いのちの吹替え 別冊小説新潮 昭和43年7月
雪駄一足首三つ 別冊小説新潮 昭和43年10月
親の心子知らず 別冊小説新潮 昭和44年1月
おぼろ月 別冊小説新潮 昭和44年4月
夏祭宵宮の酒 別冊小説新潮 昭和44年7月
今戸焼の猫 別冊小説新潮 昭和44年10月
ひとり萬歳 別冊小説新潮 昭和45年1月
角兵衛獅子 山形新聞 昭和48年1月7日
因果小僧 小説サンデー毎日 昭和48年3月
不忍池新景 オール讀物 昭和56年5月
八丁堀の狐 問題小説 平成元年9月


 春陽の列の「時」は『捕物そばや 時代篇』、「明」は『捕物そばや 明治篇』を示す。以下も同様に、選集の列の「狗」は『捕物そばや 天狗ばなしの巻』、「十」は『捕物そばや 十手往来の巻』を、東京文芸社の列の「一」は『加田三七捕物控(一) 八丁堀同心の巻』、「二」は『加田三七捕物控(二) 風流帳の巻』。「三」は『加田三七捕物控(三) 捕物そば屋の巻』を、徳間文庫の列の「そ」は『加田三七捕物そば屋』、「上」は『八丁堀同心加田三七 上』、「下」は『八丁堀同心加田三七 下』、「捕」は『加田三七捕物帖』を示す。また、「秋」と「天」は、それぞれ、『時代推理小説選集 捕物そば屋』、『加田三七捕物帳 天の巻』を示している。
 なお、「百之助の算盤」は、村上のノン・シリーズ短編集(《週刊朝日臨時増刊》に掲載された作品を中心に編まれたようだ)である『江戸の小鼠たち』には収録されているが、これを表に入れると複雑になりそうなので、はずしている。短編集に入れられた作品が、のちの加田三七短編集に入らなかったのが何故かは分からないが、『加田三七叢書』に収録されて、本来の場所に落ち着いたと言えそうだ。
 また、最後の「叢」は、捕物出版の『加田三七叢書』の第何巻に収められているかを示した。

 初期の作品(春陽文庫に収録されているもの)については、初出の調査をほぼ諦めていたが、いろいろとご指摘いただき、一応、埋められることが出来た。捕物出版殿をはじめ、感謝しかない。

 眺めてみてすぐ気付くのが、《読切倶楽部》に掲載された作品群である。いくつかは、著書に収録されているが、多くは収録されていないようなのだ。典型的な倶楽部雑誌で、改題されて再録された作品がある可能性はあるが、新作も混じっているのも間違いない筈だから、さすがに未収録作もあるのでは、と感じてしまう。
 また、悩むのが《エロティック・ミステリ―》に掲載された作品群だ。加田三七ものが三編あるうち、二編は明らかに再録なのだが、一編だけは先行作を確認できていないのである。この時期の新作なら、昭和40年代の刊行時に収録された気もするのだが、同定できない以上は仕方ないので、この形にしてみた。少なくとも、以前に何らかの雑誌に載っているようには思うのだが……。

 そんなこんなで、この資料をまとめた際には、幾つか本になっていない(と思われる)作品があったのだが、その後、“加田三七叢書”が刊行されて、とりあえずすべて読めるようになった――。そんな訳で、本にならなかったのは何故か、といった命題については考慮しなくてもよくなったのは喜ばしいことである。


 最後に、他にも扱いの難しい作品もあることを書き添えておこう。
 「酒樽の謎」(《捕物倶楽部》昭和29年4月)、「江戸の小鼡たち」(《講談倶楽部》昭和32年6月)、「小悪党」(《オール読物》昭和49年12月)、「骨折り和助」(《オール読物》令和2年12月)、「簪」(《オール読物》令和5年12月)などである。
 これらは、加田三七も登場するが、主人公(探偵役)とは呼びにくい作品群になる。とはいえ、その内容も様々で、単なる脇役で、登場する同心に三七の名前が与えられただけと看做せるもの(後半の3編がこれに近い)もあれば、主人公を正しい道に戻す役割としてそれなりに登場するもの(「江戸の小鼡たち」)、黒門町伝七ものに客演しているもの(「酒樽の謎」)と、リストに入れるべきか悩むものも多い。あくまで、ここでは私感でリスト外にしただけであることを諒とされたい。これらの中には、“加田三七叢書”に収められたものもあるから、そちらを読んで、自分ならリストに入れるかどうか考えてもらえれば良いかと思っている。
 もちろん、このような例は他にもまだまだある可能性も高いから、完全な三七のリスト作成は容易ではない。


 公にして、早々に、黒田明氏をはじめ、数人の方にご教示を受けた。追加反映している。ご協力に感謝したい。
 また、その指摘で、昭和26年までに発表したものでも、春陽文庫に入らなかった作品が案外と多かったことを改めて知る。今と違って、一冊のページ数が決まっていて、そちらが優先していたのかも知れない。如何だろうか。


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