稲妻左近捕物帖について
戸田和光
本稿について
捕物出版から刊行されている“稲妻左近捕物帖”について、例によって、書誌的な角度からちょっとだけ考察してみようとしたものである。
作品の内容については触れていないので、そのつもりでお読みいただきたい。
書誌情報等について、間違いの指摘などありましたら、ご連絡いただければ幸いです。
探偵小説作家・九鬼紫郎(九鬼澹)が手掛けた捕物帖である。個人的には、探偵作家が手掛けたものとして、ちょっとだけ気にするようにしていたが、九鬼の著書自体が、いずれも古書価格が高価となっていて、容易に入手できるものではなかったから、その全貌の把握等は諦めていた。
そんな中で、捕物出版から同シリーズが順次刊行され、このシリーズだけは比較的身近なものになったので、その現時点で承知している書誌情報メモくらいは残しておいても良いかな、と思ったのである。(同書に、初出書誌情報が載っていなかったことも大きな理由だが)
とはいえ、この初出が、殆んど埋まっていない。戦前のものはなかなか入手する術がないので半ば諦めているが、戦後の著書に載っているものについても、分からないものが多いのだ。九鬼がペンネームを幾つも変えながら活動していたせいはあるだろうし、加えて、クラブ雑誌等にも多くの作品を発表していたから、私などが簡単に目にすることができる媒体以外への掲載が多かったのかも知れない。恐らく、捕物出版に載っていないのも、同じ理由によるものだろう。言い換えれば、今後の情報提供に期待して今回まとめただけ――と思っていただいて構わない。
と言いながら、この稿を起こし、今回考察しておこうとしたのは、もう一つ違った点である。そのつもりでお読みいただきたい。
まず、分かっている限りの書誌情報をまとめておく。
稲妻左近 著作リスト
タイトル | 収録書 | 捕 | 初出誌紙 | 初出年月日 | 連載終了月日 | 備考など |
消えた藤娘 | 花火車 | 一 | | | | (のちに改稿) |
京伝 | 花火車 | 一 | | | | (のちに改稿) |
蛇侍 | 花火車 | 一 | | | | (のちに改稿) |
花火車 | 花火車 | 一 | | | | (のちに改稿) |
能面譜 | 花火車 | 一 | | | | (のちに改稿) |
二人源三郎 | 花火車 | 一 | | | | (のちに改稿) |
踊りの師匠 | 花火車 | 一 | | | | (のちに改稿) |
変化花嫁 | | 一 | 小説 | 昭和23年2月 | | |
幽霊妻 | | 一 | 仮面増刊 | 昭和23年4月 | | |
江戸橋小町 | | 一 | 仮面増刊 | 昭和23年8月 | | |
耽奇異食会 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 別冊宝石 | 昭和27年1月 | | |
阿蘭陀医者 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 富士 | 昭和25年4月 | | |
謎の陰陽師 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 実話と読物 | 昭和26年11月 | | |
狐証文 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 娯楽雑誌 | 昭和25年1月 | | |
法術合戰 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 富士 | 昭和25年12月 | | |
謎とき美人 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 実話と読物 | 昭和24年7月 | | |
女殺し定九カ | 稲妻左近捕物帖 | 二 | | | | |
宙に浮く女 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 小説倶楽部 | 昭和24年6月 | | |
江の島詣り | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 実話と読物 | 昭和24年3月 | | |
変貌伝 | 稲妻左近捕物帖 | 二 | 小説の泉 | 昭和26年2月 | | |
お花狐 | | 二 | 読切雑誌 | 昭和24年9月 | | |
悪霊伝 | | 二 | 妖奇 | 昭和25年10月 | 昭和25年12月 | |
秋祭一夜妻 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年7月2日 | 昭和27年7月12日 | 秋祭狐格子(《読切雑誌》昭和22年6月)を改稿 |
| | | 神奈川新聞 | 昭和27年7月6日 | 昭和27年7月13日 | |
狂い猫 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年7月16日 | 昭和27年7月26日 | 《読切雑誌》昭和22年1月を改稿 |
| | | 神奈川新聞 | 昭和27年7月20日 | 昭和27年7月26日 | |
杵屋お力 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年7月25日 | 昭和27年8月22日 | 「京伝」改稿 |
| | | 神奈川新聞 | 昭和27年8月2日 | 昭和27年8月10日 | |
面影草紙 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年8月23日 | 昭和27年9月7日 | 「二人源三郎」改稿 |
怪人形 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年9月9日 | 昭和27年9月19日 | (物言う人形)を大幅改稿 |
謎の能面 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年9月20日 | 昭和27年10月4日 | 「能面譜」改稿 |
風流合戦 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年10月5日 | 昭和27年10月19日 | (蛙男)を改稿 |
蛇侍 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年10月21日 | 昭和27年11月9日 | 「蛇侍」改稿 |
二人伊太郎 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年11月10日 | 昭和27年11月20日 | 《捕物講談》昭和24年10月を改稿 |
変幻絵師 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年11月21日 | 昭和27年12月4日 | (変幻女絵師)を改稿 |
藤娘 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年12月5日 | 昭和27年12月19日 | 「消えた藤娘」改稿 |
虚無僧問答 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和27年12月20日 | 昭和27年12月30日 | 《黄金》昭和23年10月を改稿 |
暗号猫 | | 三 | 埼玉新聞 | 昭和28年1月1日 | 昭和28年1月14日 | 《読切雑誌》昭和24年10月を改稿 |
隠密秘図 | | 四 | 埼玉新聞 | 昭和28年1月15日 | 昭和28年1月28日 | |
黒手組変化 | 黒手組変化 | 四 | 内外タイムス | 昭和27年8月16日 | 昭和27年9月18日 | |
お部屋様紛失 | 黒手組変化 | 四 | 別冊読切小説集 | 昭和27年11月 | | |
死神の死 | 黒手組変化 | 四 | 別冊読切小説集 | 昭和28年4月 | | |
河内屋お若 | 黒手組変化 | 四 | | | | |
悲恋山流し | 黒手組変化 | 四 | 捕物倶楽部 | 昭和29年1月 | | |
跡取り合戦 | 黒手組変化 | 四 | 捕物倶楽部 | 昭和29年2月 | | |
神変からくり花 | 黒手組変化 | 四 | 別冊読切小説集 | 昭和29年3月 | | |
夢売り男 | 黒手組変化 | 四 | 読切小説集増刊 | 昭和28年8月 | | |
人消し呪符 | 黒手組変化 | 四 | 捕物倶楽部 | 昭和29年4月 | | |
下手人昇天 | | 四 | 探偵実話 | 昭和27年9月 | | |
人斬り猿 | | 四 | 読切雑誌 | 昭和27年10月 | | |
金魚と指と髭 | 隱し小判 | 五 | 別冊読切傑作集 | 昭和29年6月 | | |
笑う死骸 | 隱し小判 | 五 | 別冊読切小説集 | 昭和29年5月 | | |
恋慕姫君 | 隱し小判 | 五 | 実話と読物 | 昭和25年8月 | | 初出題:恋慕姫 |
吉野太夫の蟹 | 隱し小判 | 五 | 別冊読切小説集 | 昭和29年6月 | | |
怪奇刺青師 | 隱し小判 | 五 | | | | |
血を吸う女 | 隱し小判 | 五 | | | | |
鬼火は燃える | 隱し小判 | 五 | 別冊小説の泉 | 昭和25年10月 | | |
狂言作者 | 隱し小判 | 五 | 読物と講談 | 昭和25年1月 | | |
隱し小判 | 隱し小判 | 五 | 読切読物倶楽部増刊 | 昭和28年11月 | | |
魔鏡 | 隱し小判 | 五 | 別冊読切小説集 | 昭和27年9月 | | |
眼 | 隱し小判 | 五 | | | | |
人魂螢 | 隱し小判 | 五 | | | | |
華陀の秘法 | 隱し小判 | 五 | 読切小説集増刊 | 昭和29年8月 | | |
吉五郎の恋 | | 五 | 読切小説集増刊 | 昭和28年6月 | | |
湯島の捕物 | 大江戸謎草紙 | 六 | | | | 「踊りの師匠」改稿 |
幽霊首 | 大江戸謎草紙 | 六 | | | | |
女行者の死 | 大江戸謎草紙 | 六 | | | | |
鶯ころし | 大江戸謎草紙 | 六 | | | | |
謎とき猫 | 大江戸謎草紙 | 六 | 読物と講談 | 昭和30年4月 | | 初出題:恋文地獄 |
おらんだ・わたる | 大江戸謎草紙 | 六 | 別冊読切小説集 | 昭和30年3月20日 | | |
千両花火 | 大江戸謎草紙 | 六 | | | | 「花火車」改稿 |
人喰い樹 | 大江戸謎草紙 | 六 | | | | |
安珍の鐘 | 大江戸謎草紙 | 六 | | | | |
蝮屋敷の女 | 大江戸謎草紙 | 六 | 探偵実話増刊 | 昭和29年9月 | | 初出題:千両供養 |
石を投げる | | 六 | 読切小説集増刊 | 昭和28年11月 | | |
空を飛ぶ男 | | 六 | 太陽少年 | 昭和29年3月 | 昭和29年4月 | |
怪盗二人組 | | 六 | 読切小説集増刊 | 昭和29年12月 | | |
天の裁き | | 六 | 読切小説集 | 昭和33年2月 | | |
二匹の猫 | | 六 | 大阪日日新聞 | 昭和29年11月2日 | | ・吉五郎のみが登場 |
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怪奇花火師 | | | 妖奇 | 昭和26年9月 | | 「花火車」の短縮版 |
変幻骸骨島 | | | 妖奇 | 昭和27年7月 | 昭和27年9月 | 『秘仏像伝奇』の抜粋版 |
“収録書”の列は、著者の生前に刊行された著書への収録状況、“捕”の列は、捕物出版の著書の収録巻を示す。
備考の記載にある改稿情報のうち「 」で示したものは『花火車』収録作を、( )で示したものは『錦吾捕物帖 物言ふ人形』収録作を示す。『物言ふ人形』は、主人公の名前が違うため稲妻左近シリーズとは呼べないが、それ以外の要素は共通しているようだ。そのため、同書も稲妻左近ものとする人もいるそうだし、ここに示すように、稲妻左近ものに改稿されたものもある訳だ。
また、二重線以降は、国会図書館の書誌データで確認可能な稲妻左近ものになる。存在が確認できるのに、これらが捕物出版のシリーズに収録されなかった理由と思われるものを書き添えるためのものになる。
なお、戦前の著書である「花火車」に収録された全作品は、戦後に、何らかの形で改稿されている。そのことを明示するために、備考に注釈を入れてみた。改稿されたあとのものも明示してあるので、参考にして欲しい。なお、これを見ると、『大江戸謎草紙』という本がどのようなものなのか、疑問も生じてくるのだが、考察する材料も少ないので、ここでは触れない。
そういった意味では、特に目新しいものはないと思われるが、どうだろうか。
(以下、捕物出版の方とのやりとりに触れる部分については、「捕物出版殿」と表記する)
ここで、触れておきたかったのが、《埼玉新聞》に連載された作品群である。この連載情報は、私が捕物出版殿に伝えたものになる。既知のものかも知れないが、書誌情報が明記された文章を読んだことがないので、一般的に知られているものではなかったのかも知れない(連絡した際は、捕物出版殿も把握していなかったようだ)。せっかく、稲妻左近ものが書籍の形にまとまるのであれば、これらにも日の目を見せてあげたい、と思ったのは確かだった。
とはいえ、同紙に掲載された作品には、私が調べられただけでも、戦前の著書に収録されているものと同題の作品がいくつかある。戦後の新聞連載に、戦前の作品を再録するなんてことをしていたのか、と半ば疑心暗鬼の思いでもいた(戦前の著書を入手していないので、比較が出来なかったのだ)。いくら一地方紙への掲載であっても、新聞に連載する以上、再録でお茶を濁すことはしないだろうに、という気もしていたのである。
この思いは、捕物出版殿の返信である程度解決する。埼玉新聞掲載のものは、戦前の作品に加筆されており、内容に大きな違いはないが、読みやすくなっているようだ――ということだったのだ。おまけに、戦前の作品以外でも、戦後に発表され、単行本に収録されていないものを加筆収録しているものもいくつかある、という報告を受ける。つまり、既発表だが、気に入らない個所があり、加筆をする場として、埼玉新聞での連載の機会を利用した、と思われるのだ。
さすがに、同じことを今やると問題になりそうだが、戦争から大きく間も空いておらず、新聞のページもまだ十分ではない時期だった(当時の埼玉新聞は、2ページ〜4ページだったはず)から、こんなことも可能だったのかも知れない。
(その後、確認が進められた結果、最終話である「隠密秘図」以外については、先行作品の存在が特定されている。この作品だけがオリジナルとも思えないので、先行作品があった可能性が高そうだが……)
次いで気になるのは、これらの作品が埼玉新聞だけに掲載されたものかどうか、ということだが――。これはさすがに確認しきれていない。他の地方紙にも載った可能性は否定しきれなかった。上に書いたように、改稿が前提であるなら、広く全国の地方紙に載る形態を選んだとも思いにくいが、当時の新聞小説事情(特に地方紙の)が分からないので、何とも云い難いのだ。
ただ、単純に比較はできないけれど、他の地方紙にも載っていることは確認している。これが、リスト中に書き加えている《神奈川新聞》である。ただ、埼玉新聞とは違い、同紙への掲載は週一回だった。つまり、毎日載る新聞小説としてではなく、週末の特別読物として載ったのである(つまり、埼玉新聞の5日分程度が、1日にまとめて掲載される形だ)。この関係か、「杵屋お力」は(埼玉新聞に休載された日が多かったこともあり)連載終了は神奈川新聞の方が早くなってしまっているのが目立つところだ。埼玉と神奈川という地域的な事情もあるから、神奈川新聞が埼玉新聞から転載させてもらった、といった事情も十分にありそうだが、こればかりは推測の域を出ない。いずれにしても、神奈川新聞への掲載は3作で終わっているのは間違いない(これ以降は、神奈川新聞のこのコーナーには、独自の掌編作品が掲載されるようになる――その一つが、捕物出版既刊の“浜野晋三シリーズ”になる――。つまりは、神奈川新聞で週末の読物コーナーを始めるにあたり、本格スタートさせるまでの時間かせぎに、埼玉新聞の連載小説を借りた、という可能性も疑ってしまうのである)から、この掲載を同じラインで扱うのは難しいだろう。
こういった訳で、書誌的にもいろいろ興味の残るシリーズだが、まずは捕物帖作品としての評価を期待したいところだ。入手が容易になった今、改めて注目したいものである。
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戸田和光