保険会社の行う事故対応上の問題点




谷 州展


日常茶飯事に大量に発生する事故。これらの事故をてきぱきとこなしていく保険会社の事故処理担当者。みなさんはきっと高度の専門知識を身につけた事故関連法律専門集団というイメ-ジをもたれているのではないでしょうか。

しかし、実態は、損害保険各社の事故処理担当者は法律の専門集団ではなく、逆説的な言い方をすれば、あえて法律の素人集団でなければならない存在なのです。

この事を理解することは、契約者側にとってきわめて重要なことなのですが、では何故事故担当者はあえて法律の素人集団でなければならないのでしょうか。


まず、損害保険会社が社会的に果たさなければならない責任とはいったいなにか、ということから話を進めていくことにしましょう。
保険会社は日常茶飯事に発生する大量の事故において、契約者が相手に与えた損害のうち、契約者が法的に負担しなければならない過失責任割合分をできるだけ速やかに判断して保険金を支払うという社会的使命を負っているのです。

つまり、保険会社は大量に発生する事故の迅速・簡易処理による保険金の速やかな支払いという使命を課せられた存在なのです。

この迅速・簡易処理という目的達成のために、保険会社はどのような手法をとっているのでしょうか。
現実に発生した事故は一つとして同じ内容のものはありませんが、この現実に発生した具体的・個性ある事故を類型化した事故形態パタ-ンとして抽象化して捉え、その事故形態パタ-ンとその過失割合が記載されたマニュアル本に機械的に当てはめていく作業をするのです。

このマニュアル本を『判例タイムズ』(通称名)(正式名は「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」)といい、この本があるからこそ、各保険会社は同じ土俵に上がって互いの過失責任割合について話し合いができ、その結果、事故の「迅速・簡易処理」が可能となるのです。

この『判例タイムズ』という聞きなれない業界本について、もう少し詳しい説明をしておきましょう。
この本に関しては、自由国民社から出版された「交通事故の法律知識」の中で次のような説明がなされています。

「過去の類型的な事故の裁判例をとりあげ詳細に検討し、分析した結果、東京地方裁判所の民事交通部の倉田、福永両判事によって昭和44年1月、自動車事故の過失割合の認定基準表が作成発表され、過失割合の定型化の試みが提案されました。大変勇気のある労作で、この試案により、その後、交通事故の紛争の早期解決に役立ちました。その後、昭和46年12月1日施行の道路交通法の大幅改正を踏まえ、昭和49年4月、……の三裁判官の共同研究によって、民事交通訴訟における過失相殺率等の認定基準が発表されました。これは、倉田基準案の欠陥を補い、新しい道交法をにらみ、その後の判例を検討した上での労作で、詳細に事故類型を分けて、表を添付し見やすくしたものです。」(1995年7月1日発行版142頁)

この昭和49年(1974年)に発表されたものに何度かの改定が行われ、最新版は2004年12月10日発行されたものとなっており、事故担当者や多くの代理店の必携本となっているわけです。以上の説明内容等から、この判例タイムズについて、しっかりと押さえておかなければならないことは、以下の点です。

@「判例タイムズ社」という、一営利出版会社の出版物であり
A過去の交通事故裁判でなされた過失割合に関する数多くの判決結果の大きな流れ・傾向を参考にして事故形態ごとに過失割合を取りまとめた、東京地方裁判所民事第27部の裁判官らが中心となって構成された「東京地裁民事交通訴訟研究会」という任意の団体が作成した認定基準を誌面化した民間出版物であり、判例そのものではない。従ってなんら法的拘束力を持つ書物ではない。
Bそしてここが最も重要なところなのですが、基本的には、双方運転者に道交法違反 が存在する(したがって過失あり)という大前提のもとに双方運転者の基本的過失割合を記載した書物であるということです。

このBの認識が最も重要であるにもかかわらず、保険会社事故担当者がこの点についての認識が希薄であるところに大きな問題が隠されているのです。

ここまでをまとめますと、保険会社にとって、大量発生する事故の迅速・簡易処理のためには、『判例タイムズ』当てはめ作業は不可欠のものであるということです。


そして、現実の事故をタイムズ当てはめ作業に持ち込むということは、具体的・個性ある事故を抽象化・類型化した事故として捉えることを意味するということです。
そうしてこのタイムズ当てはめ行為は、たしかに保険会社の目的にかなうことにはなるが、事故当事者にとっては、一つとして同じ内容のものはない現実の個性ある事故を、抽象化・類型化された没個性的事故として保険会社に取り扱われるというデメリットが生ずるという、保険会社と契約者とは互いに相反する位置関係にあるということをまず押さえておかなければならないのです。

ですから、事故受付をしたあなたの担当代理店が、このことに気づくことなく保険会社事故担当者に事故処理を全面的に引き継ぐということは、現実の個性ある具体的な事故を抽象化・類型化した事故形態パタ-ンに当てはめての処理、つまりは判例タイムズへの機械的当てはめ作業による処理をあなた自身が結果として了承したものとみなされるということです。


重要なのは、このタイムズへの機械的当てはめ行為がいかなる問題点を含んでいるのかということです。
このことについて正面から取り組んだ業界関係者の存在をいまだ私は知りません。

結論から言うと、この機械的当てはめ行為によって現実には過失の存在しない一方の当事者にも賠償義務を課しているのではないか、ということです。
賠償義務の存在しない者に対する賠償の強要は、憲法の規定する基本的人権の一つである「私有財産権の保障」(29条)を侵害する重大な違法行為であるだけにことは重大です。

私たちは、日常生活においていろいろな人たちと接触をします。その際、不幸にして自分の行為によって他人に損害を与える結果となっても、自分の行為に故意・過失がなければ、たとえ道義的にはどんなに非難されようとも、法律的にはその損害を賠償する義務を負うことはないのです。

このことが私たちが日常生活を行っていく上においての大原則なのです。この原則のことを学者は自己責任の原則と呼んでいますが、この原則があるからこそ私たちは安心して暮らせるのであり、民法709条がこの原則を明確に規定しています。「故意又は過失に因りて他人の権利を侵害したる者は之に因りて生じたる損害を賠償する責に任ず」。

故意(自分の明確な意思)によって他人に損害を与えた。この場合は誰が考えてもその損害を賠償しなければならないというのは明らかであり、小学生にも分かる法律以前の問題だといっていいでしょう。

問題は過失行為です。いかなる場合に私たちの行った行為が過失ありとされ、他人に与えた損害を賠償しなければならなくなるのでしょうか。過失がなければ損害を賠償する義務はないのですから、これはとても重要な問題だということになりますね。

あることを注意して行動すべきだったのにその注意を怠った。そのために他人に損害を与えたと認定されたときに、私たちの行った行為に過失ありとされるのです。

                 
過失行為=注意義務違反行為


ここまでは理解していただけたと思いますが、
問題は、私たちの行った行為が注意義務違反となるかどうかを、どのような客観的物差しを用いて判断するのか、ということです(最終判断権者は裁判官)。ここからが、いわゆる過失の本質についての領域であり、保険会社事故担当者や代理店の多くが十分に理解しているとはいい難い領域でもあるのです。

過失行為、すなわち注意義務違反行為かどうかは、
ある結果(損害)発生を予見すべき義務があったにもかかわらずこれを不注意で果たさず、予見義務を果たしていれば当然に生じたであろう結果発生回避行為義務をも、不注意で怠ったために結果(損害)が発生した、と言えるかどうかで、

つまり、@予見義務A回避義務の双方に違反したときに客観的注意義務違反(客観的というのは、行為者自身の能力を基準にして判断するのではなく、一般通常人を基準にして判断するという意味です)があり、過失ありと判断されるわけです。

義務は可能性の存在が前提になければならず、可能であってはじめて行為者に義務を課すことができるわけですから、自動車事故において過失行為があったかどうかは、つぎの4つのすべてが肯定されるかどうかによって決せられるということになります。

すなわち、@事故発生を予見することが可能であったAだから、事故発生を予見する義務があったBこの予見義務にもとづいて、事故発生を回避することが可能であったCだから、事故回避措置をとるべき義務があった。

難しいことは省いて、ここで現実の事故を想定してみてください。現実の事故において一方の当事者にとって事故回避不可抗力・事故回避不可能な事故は数多く発生します。

その具体的な例を実際に発生した事故事例から紹介してみることにしましょう
A子さんは、朝の通勤時、軽自動車を運転して片側一車線(幅員3メ-トル)の道路を時速40キロメ-トルで走行していました。ある丁字路交差点にさしかかった際、対面する信号機の色が青色だったのでそのままの速度で通過しようとしたところ、左方交差路地から乗用車がいきなり左折侵入してきて衝突する交通事故が発生しました。

路地から進入してきた乗用車側には、歩行者用の押しボタン式信号機があるのみでしたので、乗用車からみれば、進行が規制される対面信号機がないということになり、事故の発生した当該交差点は、信号機により交通整理が行われていない交差点ということになります。そうすると、この事故は、判例タイムズに掲載されている事故類型95図が機械的に適用される結果、A子さんにも10%の過失責任が発生することになるのです。

相手車は影も形もない状態からのいきなりの飛び出しです。一方のA子さんにとっては、青色信号に従っての交差点通過時の降って湧いたような突然の事故。A子さんの立場になって考えてみてください。
もし、相手車が車の頭を少しでも出し、A子さんから容易に視認できるような状態で待機停車していたのであれば、A子さんも用心して減速なり少しは注意したに違いありませんが、そのような状況下にはまったくない突然の飛び出しです。相手は、ミラ-でA子さんの車を確認しただけの距離感の判断を誤った挙句の飛び出し事故だったのです。

この事故の連絡を受けた双方保険会社の事故担当者は、日常的に行っている「判例タイムズ」の機械的当てはめ行為に何の違和感・問題意識を持つこともなく95図を適用して10対90の過失割合を機械的に導き出してきたというわけです。これが、加入保険会社事故担当者が相手保険会社事故担当者と行っている「事故交渉」なるものの実態なのです。はたして、これが「事故交渉」といえるのかということです。
A子さんの立場になってよく考えてみてください。「交渉の結果、あなたにも10%の過失責任があることが判明しました」。こう説明されてあなたは納得できますか?おそらく、納得するドライバ-は一人としていないに違いありません。にもかかわらず、この矛盾に満ちた事故解決が保険実務の世界では何の違和感もなく当たり前のごとく日常的に行われているのです。


お互い動いていたからお互いに過失ありなどというのは、法的分析能力を持たないしょせん素人の思いつきの発想でしかないのです。
つまり、上記Bが否定される事故です。事故回避が不可能であれば、Cも否定され過失責任なしとなるはずです。しかし、保険会社の実際の事故処理は、現実に発生したすべての事故をはじめから双方に過失ありとの前提に立って設定された判例タイムズの事故類型に機械的に当てはめて過失割合を決定していくため、Bが否定される無過失事故に対しても過失責任を負わせる矛盾を結果として生じさせているのです。

以上からお分かりのとおり、あなたの担当代理店にチェック能力、つまり判例タイムズ当てはめ行為を肯定するかどうかの判断能力がなく、受け付けたすべての事故をなんらの問題意識を持たず保険会社事故担当者にゆだねるということは、実質的な無過失事故をタイムズへの機械的当てはめ行為を通して有過失事故として取り扱われることを、結果としてあなた自身が肯定したことを意味することになるのです。

もっとも、明らかに双方に過失ありとされる事故(事故回避可能であった事故)については、原則として会社事故担当者に任せたほうが、保険金の早期支払いが可能となるというメリットが生ずるということになります。

以上の考え方に立てば、お客様の利益を護る本当の意味での代理店は、次のような方法をとらなければならないはずです。
事故状況から判断して契約者側にも過失責任があり、保険使用がやむをえない事故に関しては、保険金の速やかな支払いという見地から保険会社の事故担当者に一任するが、実質的無過失事故と判断されるものについては、タイムズへの機械的当てはめ行為を拒否し、原則に立ち返って民法709条の過失なしとの主張(事故回避不可能よって事故回避注意義務なしという主張)をして相手保険会社と交渉をするか、タイムズの各種修正要素採用を要求した結果としての0対100を相手保険会社と交渉する。
 

長々と述べてきましたが、保険会社事故担当者はあえて法律素人集団でなければならないという意味。もう大体お分かりになったことでしょう。
タイムズへの機械的当てはめ作業において、法律というフィルタ-を導入することは当てはめ作業の阻害要因となり、迅速・簡易処理という保険会社の目的が達せられないという結果を招くことになるからです。

保険会社事故担当者の法的無知は、単なる勉強不足という非難次元のものではないということをしっかりと認識しておくことが必要なのです。

なお、先ほどから何度もくり返している「タイムズへの機械的当てはめ作業」という表現。この表現に対して保険会社事故担当者から次のような反論が出てきそうですね。

タイムズは確かに現実の具体的事故を抽象化・類型化した事故として扱うのが基本ではあるが、各事故態様ごとに、現実に発生した具体的事故に柔軟に対応するため過失割合の加算・減算要素として、各種の「過失割合修正要素」が設定されているではないか。

そうですね。タイムズの筆者も現実の具体的に事故に柔軟に対応するため、この修正要素を活用するよう注意を喚起していますね。

しかし、実際の事故示談交渉においては、修正要素は柔軟に運用されているとはいえず、なによりも致命的なことは、タイムズ記載の各種修正要素の具体的な解釈についてタイムズに詳細な記載がない結果各社共通の認識ができておらず、各保険会社事故担当者の恣意的判断が日常的に行われており、各担当者の自社に有利な判断が一方的になされているというのが現実の姿なのです。(このことは、「事故の現場から」で示した保険会社事故担当者とのやり取りを参照してください)

では、どのような手法を用いて
100ゼロ主張を相手に認めさせるのか。あるいは、実質、100ゼロをかち取るのか。事故当事者・代理店にとっても大きな課題ですが、ここでは、キ-ワ-ド「実利」・「名より実にありとだけ答えておくことにします。

訴訟…?車の修理を業者に依頼していれば、業者は裁判の結審まで悠長に修理代を待ってはくれません。相手保険会社も示談が成立するまでは、修理費はびた一文支払いません。仕方がないから、車両保険を使い保険で修理費を支払う?この選択もできないでしょう。保険で支払えばあなたは損害が回復されたことになり、相手に対する損害賠償請求権は消滅し事故当事者性を失うことになるからです。(相手に対する損害賠償請求権は、保険金を支払った保険会社が代位取得することになる)
結局、無過失主張を貫くためには、修理費はいったん自己払いの方法しか残されていないことになります。それがいやだったら、10対90、あるいは、20対80で
妥協して保険で決着をつける。多くの無過失主張当事者がこの妥協的選択をせざるを得ないのが、まぎれもない現実の姿なのです。

このように、現実の事故解決において当事者は、早期解決のため保険会社と妥協するか、あくまで無過失を主張するのかの二者択一を迫られ、前者を選択して泣き寝入りし、無過失で賠償義務はないにもかかわらず、実際には存在しない自己の過失分を相手に賠償するという、明らかに矛盾した解決方法をとらざるをえない事故当事者が圧倒的に多いのが現実の姿だということです。

判例タイムズへの機械的当てはめ行為による保険会社の保険金支払いという手法が、多くの矛盾を含んでいるにもかかわらずいまなお有効な手法として存続し続けることができるのは、とり合えず自己払いをしなければならないという重い負担が無過失主張側に課せられているためのやむをえない妥協があることも大きな要因の一つになっていることを看過してはならないと思います。

実際の事故において、保険会社から無過失を勝ち取るためには非常に多くのエネルギ-を要します。
代理店の存在しない通販型自動車保険・事故解決能力のない代理店が介在する自動車保険等では、無過失主張交渉はかなりの困難を伴う作業となるはずです。
なぜなら、契約者の無過失主張事故については、保険会社は示談交渉サ-ビスを行うことができないため(契約者の過失責任分を相手と交渉して支払うのが保険会社の仕事)、契約者はまさしく孤独の戦いを強いられることになるからです。

事故状況・事故現場を詳細に検討した結果、契約者の無過失事故と確信した以上、契約者の権利を護り、無過失ゆえに無賠償という当然のことを当然のごとくかち取ることのお手伝いができるのは、過失の本質等を根底に据えた事故分析に基づいての事故交渉ができる(契約者側の使者として)代理店のみであり、このような代理店であってこそ、はじめて職業人としての高度の専門性を身につけた真のプロ代理店と言えるのではないかと私は考えているのです。
(平成15.5.2 )




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