代理店が、契約者の代理人として相手保険会社と交渉するのは、非弁行為として許されないの?



昭和24年に制定された弁護士法によれば、
@弁護士でない者が
A法律事件に関する法律事務(代理行為等)の取り扱いを
B「報酬を得る」目的で
C業として行う
ことを禁じている(72条)。違反すれば、2年以下の懲役又は300万円以下の罰金となる(77条)。

実務上、契約者が無過失主張をする事故においては、加入保険会社は、相手保険会社との示談交渉はしてくれません。保険会社の本来の仕事は、契約者の相手方に対する過失責任分を交渉して決め保険金を支払うことにあるのですから、契約者が、相手方に対する過失責任をいっさい認めない無過失主張事故においては、介入の余地がないということになるからです。

こんなときは、当然のごとく、担当代理店に相談にきますね。そのとき、契約者の支払う保険料の手数料だけで生計を立てている専業プロ代理店が、「代理人として無過失交渉を相手保険会社とすることは、弁護士法72条で禁止されている非弁行為になりますからできません。」などとのたまわれば、その代理店の存在価値はなく、契約者は事故の時使い物にならない代理店として当然逃げていきますわネ。

でも、この代理店の言うように、代理店が契約者の代理人として、相手保険会社と交渉することは、本当に弁護士法に違反するの、といった問題に、正面から取り組んだ業界関係者の存在を私はいまだ知りませんし、これに関する書物の存在すらもいまだ確認したことはありません。

ためしに、インタ-ネットで、「弁護士法72条・交通事故・損害保険代理店・非弁活動」のキ-ワ-ドを入れて調べてみました。かろうじて、これに関して触れているペ-ジがありました。ほんの少しではあるけれど。

「保険料(対価)を貰っている契約により他人(契約者)の法律行為(示談行為)を代行することは、実は弁護士法第72条に抵触する違法行為なのだが(非弁活動の禁止)、被害者から直接保険会社に対する直接請求権を認める事(これで保険会社が事故の当事者としての一面を持つ事になる)、被害者が保険会社を交渉窓口として認める事、等の条件で、損害保険業界と弁護士業界との間で手打ちを行い、保険会社社員が契約者の代わりに示談代行を行うことが法律上問題のない事になっているのである」(損害保険会社社員三谷氏のホ-ムぺ-ジ・stock9704bより)。

このホ-ムペ-ジの作成者、なんの問題点も示さずにサラリと言ってのけていますが、事はそう簡単なものではないのです。

私の知る限り、保険業界関係者において、この弁護士法72条の「非弁行為」を代理店の代理行為との関連において法律的見地から論理的に解明した者はいないんじゃないのかな。
「非弁行為」という言葉だけは業界において独り歩きしてはいるけれど…。

代理店の契約者に代わっての代理行為は、本当に72条違反の非弁行為となるのか。みんな曖昧のうちに、保険会社がダメだといっているから、たぶん代理行為は非弁行為となるんじゃないのかな、というレベルにとどまっている、というのが実態です。

代理店の代理行為を検討するにあたっての72条の大きなポイントは、「報酬を得る目的」が代理店にあったかどうかという点です。

この目的がない代理行為はなんら処罰の対象とはならない適法行為ということになるからです。奥さんに代わって旦那さんが代理人として相手方と交渉するなんていうのは、何の問題もない適法行為なのです。

72条は目的犯です(犯罪の構成要件上<筆者注:犯罪定型上>、故意のほかに一定の目的の存在を必要とする犯罪・法律学小辞典より)。

だとすると、72条違反が成立するためには、行為のとき(代理行為)、この主観的な目的が行為者(代理店)にあったことが必要なわけです。

これを刑法理論では「主観的違法要素」というこむずかしい言葉を使いますが、要するに、行為の違法性に影響を与える行為者の内部的・心理的要素を主観的違法要素と呼ぶわけですね。
そして、この主観的違法要素である「報酬を得る目的」は、あくまでも、代理行為に着手時(相手保険会社に契約者の代理人として交渉することを告げたとき・その旨をFAXで送付したとき等)から、代理行為の完了時までに存在したことが必要とされるわけです。

となると、契約者に対するサ-ビスの一環として代理行為をする場合、すなわち代理行為の対価(報酬)を得る目的など微塵も存在しない代理店の代理行為は、報酬を得る目的は存在しないから72条違反とはならないのではないのか、という疑問が当然に生じてくるわけです。

たしかに、代理店は、契約者の支払った保険料の中から代理店手数料(対価)をいただいているが、これはあくまでも、保険締結手数料であって、締結時契約者との間に、いざというときの代理行為もこの手数料の中に含まれるなどという契約はしていないわけですからね。

こう考えてくると、「報酬を得る目的」という弁護士法72条の文言の解釈が、とても重要になってくるわけです.
どのような場合に、代理店にこの目的があったといえるのか。確定的なことはいえませんが、代理店が契約者の代理行為をしたことを弁護士法違反として摘発され処罰されたことは過去にないのではないのかな。
あれば当然判例が存在するわけだから。もちろん、代理行為の見返りとして金銭等を貰っていれば別ですが。

「報酬を得る目的があった」と認定されるのはどのような場合であるのか。もっと具体的にいえば、代理店が代理行為をする際に、この目的があったと言えるのはどのような場合をいうのであるのかということです。
この一番大事なところが、明らかになっていないんですね。

勿論のこと、代理行為の際に金銭等の授受があった場合を除いての話ですが。この授受の事実があれば、私は報酬を貰うつもりはまったくなかったと弁解しても、「報酬を得る目的があった」と認定されることは間違いありません。行為者の内心のことであっても、外部的事実に基づいて判断するのは当然のことですから。

以上述べてきたように、弁護士法72条の規定によれば、客観的な代理行為の存在とその認識(故意)があるだけでは処罰されず、代理行為者に「報酬を得る目的」があることによってはじめて違法な行為となるわけですが、
この法論理的思考から代理店の代理行為を論じた論者が保険業界関係者に見当たらないというのも、不思議な話だと思われます。多くの代理店は、どのように考えているのかな。

代理行為着手の際(ないしはその途中)に存在しなければならない「報酬を得る目的」の存在を厳格に解さずに、処罰目的のために、なし崩し的にその存在を拡大していくことは、罪刑法定主義
    行為のときに、その行為を犯罪とし、刑罰を科する旨を定めた成文の法律がなければ、
    その行為を処罰することはで きないとする原則(法律学小辞典より)
に反することになるわけですが、この点についての認識すらも問題にするレベルにはいまだ到達していない。これが現実です。

たとえば、契約者から依頼を受けた無過失主張事故を相手保険会社と交渉した結果、90:0で話がついた。後日、契約者から感謝の気持ちとして差し出されたビ-ル券(1万円相当)を受け取った。
これは確かに代理行為の対価ではあるが、代理行為着手の際又はその途中にその存在を要求される「報酬(対価)を得る目的」の「対価」として評価されうるのか。このへんのところの議論はいまだ煮詰まっていないんですね。

ちなみに、国内損害保険会社(24社)を束ねている「日本損害保険協会」に対し、弁護士法72条と代理店の代理行為に関する統一見解を持っているかどうか確認しましたが、答えはノ-でした。

社団法人であるこの協会のホ-ムペ-ジによれば、主な事業内容の一つとして、「損害保険業界に関する種々の課題についての業界を代表する意見の開陳」をあげていますが、この損害保険業界を代表する立場の団体が、実務上よく見受けられる代理店の代理行為に関するなんらの統一見解を持ち合わせていない。これも考えてみたら不思議な話だと私は思います。

また、「損害保険の普及と保険契約者の利益保護を図るため、損害保険代理店の資質を向上させることにより、その業務の正常な運営を行うことを確保し、併せて損害保険事業の健全な発展に寄与することを目的」とする
「日本損害保険代理業協会」に、同様の照会をしたところ、次のような回答が帰ってきました。

「ケ-ス・バイ・ケ-スで判断しなければならないと、思われます。当協会も『損保協会』と同様に統一見解はありません。知り合いの弁護士、または保険会社に見解を求めるのが早道と思われます。」

この協会も、この問題に対してはまったくの他人事。契約者の利益保護のため、保険代理店業務の正常な運営を確保するために存在する団体としては、あまりにも問題意識がなさすぎるのではないかと私には思えてなりません。

では、実務家の考えはどうでしょうか。ある国内損害保険会社事故担当者の意見はこうです。

あくまでも個人的な見解と断りながらも、「契約者の代わりに代理店が交渉窓口になってもらったほうが、示談解決の早道となるので、基本的には保険会社としては都合がよい。だから、代理店の代理行為を排除する理由はないのではないか。弁護士法72条以前の問題として、実務的には代理店を交渉窓口とする示談交渉は日常的によく行われている現象である」。

私は、代理店の無償サ-ビス代理行為は弁護士法72条に抵触しない適法行為であると考えていますが、今後、さらに、調査・研究を行う過程において、判明したことは随時このペ-ジで紹介していきたいと思っています。

この弁護士法72条の問題。全体的な見地から検討したとき、さまざまな問題が横たわっていることが分かります。

西田研志弁護士は、ご自身のホ-ムぺ-ジの中で次のように述べています。
「本条は、弁護士の法律業務の独占を定めるものですが、全く実情に合っていません。この独占的既得権にあぐらをかいて、弁護士は国民のニ-ズに合った業務の革新を怠ってきたのです。弁護士も他の専門職と競争をさせてサ-ビスの質を高めるために、本条但し書きに、『この法律に別段の定めがある場合は、この限りではない。』とあるのを、『但し、法律に別段の定めがある場合には、この限りではない。』に改めるべきです。」

また、河野順一氏(社会保険労務士・行政書士その他多数の肩書きあり)は、その著書「司法の病巣弁護士法72条を切る」(花伝社刊)の中で次のように述べている。

「弁護士法第72条によって非弁護士の訴訟代理等が禁止されているのは、国民を保護するためであった。当時(筆者注:昭和24年制定時)は一般国民が訴訟に関与することも現代ほど多くはなかったし、実際に事件屋の暗躍が深刻な問題でもあったため、代理人選任の利便性よりも代理人規制による国民の保護が優先されたことは当然であろう。しかしながら、同条の歴史的役割が終わった現在となっては、むしろ国民の利便性を犠牲にして弁護士の既得権益を保護する形になってしまっている。」

また、上に紹介した西田弁護士は、次のような本質的問題点をも指摘しています。 

「日本の弁護士は小規模事件や金にならない困難な事件は受任しない傾向にあります。それは、零細事務所で何でも自分一人で処理しなければならない立場上、小規模事件や手間のかかる事件を受任するのは事務所経営を危うくしかねないからです。結局そのような事件は断らざるを得なくなります。そのようなことから、小さい事件や金にならない事件は弁護士が相手にしないということが社会常識化しています。」(同ホ-ムペ-ジ)

この構造上の問題等を解消するために、
平成15年に法改正が行われ、同年7月末から司法書士が弁護士と同様に簡易裁判所管轄民事事件に限ってではあるが法定代理権が与えられ法廷に立てるようになった。
また、法廷外の簡裁管轄事件についても、代理人として示談交渉することも認められることとなったので、特に交通事故との関連性からにわかに注目される職業となったと私は見ているのです。

交通事故における示談交渉・小額訴訟等の関連において今後司法書士の活動がどのように表面化してくるのか、まだはっきりとしたものは見えてきませんが、いずれにしても、注目すべき職業となったことには間違いありません。


参考文献

◆「条解弁護士法」(日本弁護士連合会調査室編著)(弘文堂刊)

「本条(72条)の取締の対象となるには、報酬を得る目的のあることが必要である。従って、本条違反の罪は、目的犯の性格を有するものである。…(筆者中略・以下同)報酬を得る目的がなければ本条違反の罪は成立しないから、無料で奉仕する場合、大学の法学部等で教授、学生が無料法律相談を実施する場合、全く報酬に関係なく法律上の助言や指導を行う場合等は、本条違反にならない。」

「報酬を受けるについては、必ずしも事前に報酬支払いの特約をした場合に限られず、法律事務を処理するにあたり、事件の途中あるいは解決後に依頼者が謝礼を持参するのが通例であることを知り、これを予期していた場合でも、報酬を得る目的があるというを妨げない(東京高判昭和50・1・21、名古屋地判昭和47・2・10…)」

「報酬を得る主観的な目的があれば足りるから、現実に報酬を得たことによって本条違反の罪が成立するものではないことはもちろんである(東京高判昭和50・8・5…)」

「報酬は、法律事務を取り扱うこと…と対価関係に立っていることが必要であり…直接的、間接的を問わず、この対価関係がないときは、本条違反の罪は成立しないものと解される。けだし、『報酬』という概念は、一般に、一定の役務の対価として与えられる反対給付をいうものであって、対価的関係が当然の前提となっているものと解されるし、この要件を不要とすると、処罰の範囲が無限定になってしまうからである。従って、社交的儀礼の範囲内にあるとみられる季節の贈答等は、一般に報酬とはいえないであろう。ただし、贈答が、対価的関係をもつ場合には、報酬となることはもちろんである。

…この関係で問題となるのは、一定の入会金や会費を支払って会員となった者には、その他のサ-ビスと併せて、無料で法律相談に応ずるとしたり、弁護士を無料で紹介するといった組織を作った場合、当該組織を作った者に『報酬を得る目的』があるといい得るか、である。
この場合には、入会金、会費と法律相談、弁護士紹介との間に対価的関係があるかを、運営形態等をもとにして判断しなければならないが、入会金、会費が法律相談等に対する直接的な対価的関係に立たないとしても、間接的な対価的関係(会費等を支払った者のみに対して法律相談等を行うものであるから、そこには関連性がある)は認められる場合が多いであろうから、入会者勧誘や営業活動の一環とは全く認められない純粋のサ-ビスといったものでない限り、『報酬を得る目的』があるものと認定されるであろう。」(522頁)



コメント

この解説を素直に読めば契約者が支払った保険料の中から代理店手数料をもらっている代理店は、手数料と示談代理行為との間には、間接的な対価的関係が存在することになる。
従って、代理店の示談代理行為は「報酬を得る目的」が存在することになり、弁護士法72条違反の非弁行為となる。こう解釈されることになると思いますね。


確かに、手数料は、示談代理行為のためにもらうわけではないから、当然に直接的な対価関係にないことは明らかであるが、間接的な対価関係の存在をもって、直ちに「報酬を得る目的」があったと認定してよいのであろうか。ここが問題なんですね。

間接的対価関係あり即報酬を得る目的あり、と認定するするのであれば、「報酬を得る目的」という主観的違法要素の存在はなきに等しいものとなり、処罰される行為の範囲は不当に拡大され、罪刑法定主義に反することになるのではないのか。主観的違法要素は、実行行為時(代理行為時)に存在しなければならないとする刑法理論との整合性が著しく損なわれることになるのではないのか。

そして、もっとも重要なことは、この「条解弁護士法」にも紹介されているように、
72条において非弁護士の法律事務取り扱いを反社会的犯罪行為として禁止した立法趣旨が、弁護士資格のない者が、自らの利益のためにみだりに他人の法律事件に介入することを業とすることを放置するときは、当事者その他の関係者の利益を損ね、法律生活の公正円滑な営みを妨げ、ひいては法律秩序を害することになるので、これを防止するためのもの(最判昭和46年7月14日)であることを考えたとき、
契約者の利益擁護のためになんらの対価を要求することなく行う代理店の代理行為は、立法趣旨の見地から見てなんら処罰に値する行為とは言えず、適法行為というべきものではないのかということです。

つまり、立法趣旨から代理店の代理行為の犯罪行為性を否定する刑法理論として、判例の中にもみられ
「可罰的違法性論」(刑罰法規の構成要件に該当する形式・外観を呈する行為についてその行為が当該構成要件が予想する可罰的程度の実質的違法性を欠くということを根拠にその構成要件該当性を否定すべき場合を肯定する理論」
(安西温・刑法総論<実務刑事法1>)を使うわけです。


要するに、立法趣旨からみて、代理店の代理行為は、弁護士法72条に規定する非弁行為という犯罪定型(構成要件)に該当するかのように見えるが、刑罰権の行使に値する程度の違法性を欠くがゆえに構成要件に該当しない適法行為であるとするわけです。




◆経営コンサルタントをはじめ各種コンサルタント業務を、そして各種アドバイサーの育成を生業としている方からご意見をいただきましたので、ご紹介しておきたいと思います。


2−11「代理店が、契約者の代理人として相手保険会社と交渉するのは、非弁行為として許されないの?」
を拝見させていただきました。
まず、代理店の親でもある保険会社は、代理店のこのような行為を許していません。
相手保険会社は、例え契約者が同席の元であっても、代理店が交渉していると解れば殆どのケースで代理店の保険会社にクレームを入れてきます。
ここで理解できると思いますが、
協会や保険会社が、このことについて答えないのは当然の事です。
監督責任が問われるからです。
「その様なことはしていない。」という大前提があるからです。
していないことには答えられないのです。

そもそも代理店とは何か・・・
それは、保険会社に成り代わり、保険の募集を代理で行うところです。
ここで、お気づきになることがありませんか?
代理店が代理人行為を行うことは、全て営利目的となるのです。
契約の為、契約継続の為等々になるのです。
無償の行為などと声高に言っても、法的に通りません。
なぜなら「サービス」という名の営利行動だからです。
(2010年12月10日・いただいたメ-ルをご同意を得て原文のままご紹介)


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