W a t e r   B i r t h





水中出産との出会い



 
  私はずっと 分娩台の上でいろいろ管理されながら 
 「ほらもっといきまなきゃ駄目でしょ!!」 なんて言われながらする出産をあたりまえに
 思ってきました。
 疑問も否定も肯定も・・・なにも考える事も無く、ごく自然にそういうものだと思っていました。

    アクティブバース 生ませてもらうのではなく 自分で産む

  そんな出産が本当は一番自然な出産なんだ ・・・そんな事に気付かせてくれたのが
 水中出産でした。


                                                             
                                               


 水中出産との出会いは まだ結婚前の時でした。
 いつもの様に二人で食事をして別れ 家に帰りテレビをつけたところ、 確かテレビ朝日だった
 と思いますが ”いろんな出産” みたいな特集の番組をやっていました。
 
  いろんな出産方法がある中、何故ゆえに水中出産に興味を持ったかと言うと・・・。
 実は私 とても怖がりで 痛がりなのです。
 
 ”水中出産では痛みが和らぐ” そんな良い事聞いたら もう耳がダンボ
 
  見ていたら、 出産用のプールに御主人も一緒に入って 妊婦さんが寄りかかったり
 しがみついたりしているではありませんか。
 「ひとりで産むの怖い」そう思っていた私。
 これは立会い出産で ”ただ見ているだけ”ではなく一緒に産んでいる感じ・・・。
 
 ひとりじゃない・痛みが和らぐ・・・もうこれしかないでしょう!!

                                            
                                               

 そんな不謹慎な理由で 私は水中出産する事に決めたのでした。
また 番組の中で水中出産のできる産婦人科として ”杉並区豊島産婦人科”と
テロップが出ていたのも 数年後妊娠した時に行動に移せたことのひとつでしょう。





 待ちに待った妊娠が 明らかになった時 さっそく豊島産婦人科に電話しました。
住所など確認し 通院が始まりました。

当時は 水中出産する人は 日本周産期環境研究所(JPE) の主催する
ワークショップに参加することを義務付けられていたので 私も夫と共
に出席し
勉強しました。
  
ワークショップでは 水中出産の事だけにとどまらず、お産など広い意味での勉強が
できました。



                                   
                                      
  
 その頃 妊娠がうれしくて 楽しくてたまらない私は いろんなお産の本を読みあさりました。
 読んだ本やワークショップのおかげで 
    
  お産は痛いけれど楽しい事 
  産ませてもらうのではなく 自分で産もうと思い
         妊娠中から身体などコントロールしなくてはいけない事 
        
    それから なによりも大事なのは 
 
  お産って自然な事なんだ 特別な事じゃないんだ 
  
  病気などと違い自分の身体に聞きながらいけば特別なケースを除いて
                               自然にしていれば大丈夫なんだ
  
  お母さんには産む力が、赤ちゃんには産まれてくる力がちゃんとあるのだから
                          特別な介助や医療行為などいらないんだ” 
 
                                etc  いろんな事を教えてもらいました。

      
          
                           

         
                                                            
そして 妊娠前とは出産に対して180度意識が変わった私は 長女を
 出産した のでした。








  優季出産(初めての水中出産)        

    11月1日が出産予定日だというのに 優季はお腹の上のほうにまだいて 一向に出てくる気配がありません。
   普通は10ヶ月目にはいると 胎動が少しおさまるとか・・・。
   ところが お腹の中で暴れまくって 「 母体内暴力だ!! 」 といつも言うくらいとても元気で、
   お腹の中が気に入っているのかちっとも出てきませんでした。

   それにやはり10ヶ月を過ぎると 子供の成長が止まるはずなのに これもまた違い
   どんどん大きくなっていったのでした。先生がまた大きくなってるとびっくりしていました。

    私の骨盤が狭いのに 優季の頭が大きいのでレントゲンで調べてもらう事になりました。
   結果は優季の頭の勝ち! 

     もしかしたら帝王切開になるかもしれないと言われました。


                             
    11月9日 あさ5:30頃。
   その日は夫が外来の日で 早朝から診察券を出しに行くので一緒に出かけようと家を出たとたん、チョロチョロ・・・。
   破水してしまいました。

   とりあえず診察していただき、抗生剤をもらい自宅待機となりました。
   
   夜 だんだんと陣痛が強くなってきて、夜中に車で病院へ行きました。
   着いてすぐ診察を受けると 、まだまだ産まれないとのこと。
   でもなんだか落着かないし とりあえずそのまま入院させてもらいました。

    初めての陣痛・・・身の置き所が無くて そして痛くて、我慢するには「痛い」と声を出しているのが一番楽で 
   ついつい恥ずかしさも忘れ「痛い」を連発していました。
   様子を見にきた看護婦さんには「誰ですか大声を出しているのは。 あなただけですよ。
   みんな笑ってお産してるんだから」と怒られてしまいました。
   内心「そんなはずある訳ないでしょ」とむっとしながらも 大声を出していたのはまずいと反省し 
   先生に「あなたは痛みを逃しているだけじゃ赤ちゃんが下りてこないから
   いきみなさい」と言われたので声の変わりにいきみも無いのにいきんで過ごしました。


                                          

     陣痛の波にのり いきんでいるうちに陣痛そのものは耐えられるようになりました。
   でもその後にくる腰の痛みはとても我慢できず、夫に腰を押してもらいました。
   夫もまだ身体が治っていないのに一生懸命マッサージしたのできつかったと言ってました。
   指が疲労骨折するんじゃないかと思ったくらいだそうです。
   結局狭い骨盤の中に無理に優季を入れているのですから 腰が痛くなるのも当然ですよね。

    でも今考えてみると 不思議なもので自然の痛みって耐えられるんですよね。
   自分の身体から出てくる痛みだから 大丈夫なんですね。(病気じゃないし)
   私 陣痛の痛みより 内診の痛みのほうが耐えられませんでした。

   出産のぎりぎりまで 帝王切開になるかどうかの心配がありましたが、なんとか先生のOKがでて
   出産用のプールに入りました。
   後で聞いたところによると、70%の確立で帝王切開になるだろうと となりの部屋には手術をする為に助っ人の先生が
   スタンバイしていたという事です。


                                   
                                   

     プールの中に入ると 外の世界と遮断され、自分の世界にひたれました。
    気持ちが落着き、 安心して 子供を産む事に集中できました。


        明るすぎる照明も無く 無機質な機械も無く 不必要な医療行為も無く
       必要最小限の人だけがいて そして 自分の動きたい様に自由に振舞うことができました。

      
    実際入るまでは夫に一緒に入って欲しいと思っていたのに、いざ入ってしまうと逆で一人のほうがいいと思いました。
    夫と入ると甘えが出てしまって 主体的になりにくい様です 私の場合。
   ”結局産むのは私なんだ”と感じたら 夫には くっついているよりも 離れて邪魔をしない様にサポートしてくれるのが
   一番いい関係の様に思いました。

     自分の身体に気持ちを集中させると 優季が生まれようとしているのがわかりました。
    頭のてっぺんが見え始め ちょっと触ったりもしました。うん・・・頑張れ 頑張れ! 
    頭が大きいせいか なかなか出てこない優季。
   「出ないと鉗子で引っ張ったりしなくてはいけない」という先生の声を聞いて 
   ここまで頑張ったのに引っ張られてはたまらないと必死になった私でした。 
   
   最後のいきみだ・・・と思いきや、頭が出ただけで肩で止まってしまいました。
   暫くそのままでいましたが 本当に最後のいきみが来て する〜っと優季が出てきました。 
   プールから上がった優季の産声はオギャア−ではなく  「いたい」でした。
   泣き声が ほんとに痛いに聞こえたのです。
    
    優季の頭はびっくりするほど細長くなっていました。いかにも狭いところを出てきたんだぞ!!と言っているみたいでした。
   思わず「ゆうき 頑張ったね」と声をかけていました。

   先生から優季を受け取り 「アッ 女の子だ やっぱり・・・」とうれしい私でした。
   (このとき何も考えず先生に受け止めてもらったことは、後々悔いが残りました)



                                       
                                           

    臍の緒は夫が切ってくれました。
   初めてのオムツ換えも夫がやりました。何もわからず初めてで怖いと思うこともあるはずなのに 夫は何でも積極的にやって   くれました。それは すごいなあと感心しました。

    今でもいいお父さんであり いい夫です。



    平成5年11月10日 午後1時37分 誕生

          体重  3400g
          身長  50.0cm
          胸囲  33.0cm
          頭囲  33.0cm


  結構しっかり育ってから生まれた優季は その日から余裕の顔で頭の向きを変えたりおっぱいも苦労なく飲んでくれました。
                                      







水中出産について


  発端は旧ソ連のエリート養成理論。 1960年代から水が人間や動物に与える影響を研究し、
 各種の実験を重ね、水が持つ浮力、無重力の状態が生物にきわめて良い影響を与えると
 考えた。  (特に脳の発達と体の成長に大きな役割を果たす)
 できるだけ早い時期から水と接触し共存することが必要という考えから、人間の誕生の瞬間、
 つまり分娩時に水の中で産めばいいのでは との結論を出した。
  普通の分娩台のお産では産まれる瞬間、赤ちゃんは重力の影響をまともに受けてしまうが、
 水の中ではそれがなく、脳に好影響を与えるというのだ。
 さらに出産後も、間を置かず、生後すぐにでも水中トレーニングをしていくと、頭脳の発達は
 もちろん、肉体的にも精神的にも急速に成長するという持論だ。


                                                              

 旧ソ連での水中出産の試みは北欧諸国を経てフランスに渡っていき、
旧ソ連が、どちらかというと英才教育的な趣があるのに対し、フランスなど西欧諸国では
子供の教育というより母と子に自然で、無理の無い楽なお産という側面が
重視されている。

 1970年代半ば フランスの産科医 フレデリック・ルボワイエは『暴力なき出産』を
著し、新生児が非常に感じやすい存在なのに、産科医療者たちは彼らに一種の暴力を
ふるっていると語った。
そのルボワイエの影響を受けたといわれるのが、ミッシェル・オダン教授。
オダンは新生児に対する暴力に非を唱えるだけでなく、母親の心と体を重視し 大切に
するお産を訴えた。
具体的には、女性のお産を医療者の手から 産婦自身の手に、彼女達が本来持っている
力に委ねようという発想だ。
お産の過程で異常な事態にならない限り できるだけ医療の介入を避けるという姿勢、
お産をするのは産婦自身 医療者に産ませてもらうのではなく 自らが主体的に
産むという立場から 自分にとっての良いお産を目指すアクティブバースを行った。

 オダンによる水中出産は 意図的ではなく陣痛の痛みを逃す為お湯に入った産婦が
気持ち良くてお湯から出られず最終的にお湯の中で産んだということで
水中出産というスタイルが確立された。

 以後 水中出産の有効性が周辺諸国にも伝播されて定着された。






水中で出産するメリット


 何といっても お湯に入ることで痛みが和らぐというのが一番でしょう。
私は特に
拓和の時に実感しました。本当にスーッと楽になるのがわかりました。

  次は 落着くという事でしょうか。
お風呂の湯船に浸かった時 思わず声が出るくらい気持ちが良くて落着く経験が
あると思います。
プールに入ると 本当にとっても落着いて集中できるんですよ。
それから・・・
体が浮いて軽くなるので 自由に好きな様に体を動かす事が出来ます。

お湯で会陰が柔らかくなって 良く伸び 切れにくくなったりもするそうです。

 羊水に浸かっていた赤ちゃんも 急に重力のあるところに出てくるよりは
お湯の中に出て・・・ ワンクッションあったほうがショックが少ないのでは
と言う説もあり 私もそうなんじゃないかなと思います。





最後にひとこと


 水中出産=アクティブバースではありません。

  プールに入っても 助産婦さんに産ませてもらうのならただプールに入って
出産したにすぎません。

産む方法はどんな形だっていい
あくまでも ”自分で産む”という姿勢がだいじだと私は思います。
私は楽だから水中で生み落としましたが、途中で上がって産んだっていいと思うの
です。
   
 水中出産をやっている病院・産院はいろいろありますが
その方法もさまざまです。

 自分はどんなお産がしたいのか まずそれをちゃんと考え
そのうえで 自分にあった病院・産院を選んでください。 


   これから出産するみなさん
      ステキなお産をしてくださいね!! 



私が読んだ本の紹介


  
橋本知亜季・著
自然に産みたい
    5人の子供を自宅出産した記録    


 発行所・ 地湧社

              
出産関係の本で私が一番気に入った本です。
この本を読んで 出産は自然の事なんだ と力づけられました。
とても感動するし、考えさせられもするし、なにかが心の中に芽生える
そんな本です。 ぜひ読んで欲しい一冊です。



        長女
果遊ちゃんを東京の都営住宅にて出産。
立会人のお友達と 介助する割烹着姿の御主人。
ラマーズ法の呼吸をやってみるがピンとこない、
「この図は、ラマーズ法マニュアルに私のこころと
身体を合わせている。このマニュアルにおさまる
自分を探している。本末転倒の図だ
と瞬間的にそう思い、身体とこころを即方向転換させ
身体のままに、こころのままに、なにも考えないでいたら
一番楽な呼吸と姿勢をしていた・・・そして誕生。



        長男
樹生馬クンを福島県の山奥にある廃屋にて出産。
御主人が仕事で留守の時、果遊ちゃんを立会人に
ひとりで出産する。ひとりで決めた命がけの覚悟。
神様仏様、ご先祖様、そしてあらゆる人たち、物たちに
向けて祈った・・・ こころの中から沸いてくる祈り。


        次女
明朱花ちゃん
山暮らしも本格的になり畑仕事をしながら新しい土地
での開墾と家造りを始めた。そんななか きゃしゃで
甘えでいっぱいだった身体と精神はかなりたくましくなった。
妊娠しているということに特別意識が行かない生活だった。
みんなでゆっくり静かなお産をしようと思っていたら
ハプニングか・・・子供達はおばあちゃんに連れられて
散歩に行ってしまった。
ご主人と二人になってしまったが さあ!! と
かまえていたところに 子供がひきつけを起こしたと
知人が飛び込んでくる。もう出産までぎりぎりのところ・・・
幸い子供の意識が戻り 御主人が戻ってきたら
この時を待ってでもいたかのように 出産が始まった。


        三女
朋果ちゃん
田舎で暮らすのはのどかな平和な日々のためと もうひとつ
大きな目的<食による修行の生活をする>があった。
このころ 重病の人たちを迎え入れ 生活丸ごと病人と
ともに暮らし 日々刻々の身体の変化に合わせて
毎日の食事<食箋>を用意する療養をしていた。
”死”と向き合わなければならない時もあり
肉体的に疲れ 精神的にもしんどい頃の出産で
この時を乗り越えたおなかの赤ちゃんの生命力がありがたく
親が作った過酷な状況を受け止めてくれた子に感謝し
涙でほめた。
予定日より20日はやく出産になった。
陣痛の波に身を任せ 波を怖がらず抵抗せず・・・
全身の細胞からすーっと力が抜けていく。
雲の上にいるような気持ちを味わった。自分と外界との
隔たりを作っている肉体の皮膚が溶けてしまったような
感覚。無限宇宙を感じていた。

        次男
卓道クン
五人目の子供を身ごもって「陽に当たり、風に吹かれ、
大地に寝っころがって、ゆっくり過ごしたい。」と
家族だけの生活にもどり ゆるやかな時間が流れるように
なった。
8月末、夏のスケジュールが終わり、全員そろったところで
ほっと一息、楽しい出産を迎えたい・・・というのは理想で
現実は 一番下の朋果ちゃんを残し全員が留守。
そして出産はたぶん一週間以内・・・。
話し出せないまま時間は過ぎ、みんなは出発してしまった。
出産後も日常生活は続くので、動物の世話・朋果ちゃんの
数日間の食事の事なども含め いろんな準備をする。
具体的な段取りは慣れても、いのちに対する緊張は、
経験と関係なく一回ごとに新しい。子宮の収縮が5分間隔
になってきた頃には、いやがうえにも緊張が高まってくる。

フーッと深呼吸。もういい・・・。まかせよう。
私の本能と、赤ちゃんの力と、
自然の流れにすべてをまかせよう。
宇宙の意志に従おう・・・。


左に赤ちゃん、右に朋果ちゃん、三人で頭を並べて横になった。
赤ちゃんの寝息がすぐそばに聞こえる。小さないのちのぬくもり
を感じる。不思議な充実と興奮を感じた。あらゆるものに
感謝していた。言葉や理屈ではない世界 おだやかなやさしさ
以外になにも存在しない透明で平和な世界にいた。


   
 「自然に産みたい」と願って取り組み始め涌き出てきた不安と向き合った結果、
それまでの”自然であることは良い事、そして良い結果をもたらすもの”という
単純な自然崇拝の発想が壊れた。
”自然であっても悪い結果があるかもしれないし、またあってもいいではないか”
と発想できるようになった。
自然であること、自然でいることは、単純安直なものではなく、手放しにせず
やることはやる。そのうえでの結果は、大きな流れ(自然)にまかせるという自然観
に変化していった。

 お産の常識のひとつに”赤ちゃんは、母親が全力を振りしぼっていきみ産み出す”と
なっているが、「赤ちゃんは産むものではなくて、自らの意志と力で生まれてくるもの」
だと思えるようになり2人目からは最後の瞬間までいきまなかった。
いきまないかわりに できるだけ力を抜き、リラックスする様に心掛けた。
その結果 赤ちゃん自身が自分の力で産道を押し広げて出てきた。
出産は 生まれてくるいのちと、その入れ物である子宮と、そして宇宙のエネルギーと
その三者の共同作業だと思う。
5人の子供達が自らの誕生を通して教えてくれたことは、結局 いのちと自然の流れを
信頼すること、そしてそれを味わうことの心地よさだった






     山内孝道・著
 らくらくうれしく 水中出産 
     片桐助産院の現場から

      発行所・農文協


『 水中出産について 』で書かせていただいた歴史的なことから、医師が答える
Q&A、水中出産のプロセス、片桐助産院での水中出産の様子など・・・ 
写真入りで紹介したり 体験された方々のお話などが載っています。
私がお世話になった 高田恵美さん(現.佐藤さん)が、3人のお子さんを出産された時
のお話なども興味深いです。(当時は水中出産する人はほとんどいませんでした)

水中出産できる病院も紹介されています。





             吉村 正・著
 お産って 自然でなくっちゃね 
           ある産科医の真実の提言

              発行所・農文協


 JR.岡崎駅の近くにある吉村病院。
妊婦さんが薪割りをしてご飯を炊いたり、つるべで水を汲んだり、
雑巾がけをしたり・・・。昔の暮らしのようにまめに働くのが安産の秘訣と、
病院の庭に作られた古屋に 妊婦さんたちが楽しく通う日々です。

 そんな吉村先生が医者としての立場から いまのお産を見て思うことや
安全で 自然で 感動的なお産をする為に役に立てれば、とお書きになられた本です。





ミッシェル オダン・著
 バース・リボーン 
よみがえる出産

発行所・現代書館


 オダン博士は、女性が自分のやり方でお産ができるような舞台づくりをしてくれて
います。叫び声を上げたくなったら、叫べばいい。何をしてもいいのです。
部屋を暗くしても、上の子たちをお産に立ち合わせても、歩き回っても、
プールの温水につかっても、みんなオーケーです。
博士は、産婦をあくまで主役と考えています。出産をやり遂げるのは、彼女自身だから
です。赤ちゃんをマッサージするのも母親。沐浴も自分の脚の間に置かれたベビーバス
で、父親といっしょに行います。ピティビエ病院では、出産に参加する人は誰でも、
母親を助け奉仕するためにいると考えています。(   序論より   

 本書では いろいろな人の体験談やそれに対するオダン氏の考えなどが書かれていて
出産というものをあらためて見つめなおしてしまいました。
一度 お読みになることをお勧めします。