「頑張れ真加田ママ! (Ver1.0)」

 

 詩季はキッチンに立っていた。天才プログラマーとして一世を風靡したのも、もう昔の話。今では一児の母。実際子供を産んでから彼女の人生は、大きく変わった。もちろん今でも天才プログラマーだ。研究所の所員たちに様々な指示を的確にあたえている。変わったのは・・・そう、内面だった。

「ママ お風呂に入ってくるね。」道琉の透き通った声がキッチンまで届く。

「ちゃんと百まで数えるのよ。」

 今日は娘の7回目の誕生日、とびきりのごちそうを作って上げよう。軽快な包丁さばきがこだまする。パイナップルののったハンバーグにチーズオムレツ、そして手羽先カレー。どれも道琉の大好物だ。午前中いっぱいかけて作ったケーキもある。二人だけのささやかな誕生パーティー。ローソクは、7本。

7は、孤独。

なんと皮肉な数字だろう。彼女の思考は、過去を向いていた。今まで道琉は、彼女一人で育ててきた。特別な環境のせいで学校にもいかせてやれない。ずっと寂しい思いをしているのではないだろうか。この7年間ずっと思ってきたことだった。母と二人だけの世界で娘は、本当に幸せなのだろうか・・・。

 それにしても遅い。道琉がお風呂からなかなか戻ってこない。その刹那、詩季の頭に電撃がはしった。コンロの火を止め、足早にバスルームに向かう。得体の知れない不安感に見回れていた。呼吸を整え、意を決してバスルームのドアを開けた。

 彼女は、一瞬なにがおきているのか分からなかった。娘が・・・道琉が浴槽でぐったりとして倒れている。浴槽から出ている右手も力無く垂れ下がり、長い髪の毛は水面で揺れていた。いそいで娘のそばに向かい抱きかかえてあげる。

「え・・ふ・・・」力のない声で何かを伝えようとしているようだ。目はうつろで、肌は、真っ赤だった。

「道琉?! しっかりしなさい。」

 まだ息がある。詩季は、内心安堵の息をもらすと共に娘をこんな目にあわせた人物に憎悪の念を抱かないではいられなかった。彼女の明晰な頭脳が計算を開始する。しかし、答えは出なかった。ここには誰も入れないはずである。唯一ある出入り口は、あの黄色い扉。料理に夢中になっている時だったのだろうか。

 道琉がまだ何かをつぶやいている。

「・・・FE、FF・・・・100。」

 嗚呼なんということだろう。詩季は全てを理解した。自責の念でいっぱいだった。彼女の目には、泪をいっぱいにためていた。

「ごめん。 ごめんね、道琉。」

「十進法、まだ教えてなかったわね。」

 TO BE CONTINUED       

#サブタイトルは、「すべてがFになる前」

戻る