花柄
花柄
明け方、花柄のタオルケットにくるまって
『パリ、テキサス』を観ていた
緑茶を飲み、パナップをなめながら
別れた妻に会いにいく物語だった
私には喪失しても捜したい人間などいなかった
私は、私を捜してくれる人間を捜していた
少し寝た午後、女王様のいる風俗へむかった
女王様は私の乳首をつねり上げて、
「おまえ、こうされるのが好きなんでしょ?」
ちょっと待ってくれ、好きって確認されたくないんだ
私をいじめるのが好きなのはあくまでも君側で、
こっちは厭々ながら陵辱されていたいのだから
残りの時間、女王様は私を責め続けたが
身体中にべたべたとバーコードリーダーを
押し当てられている気分だった
店を出ると眩暈がし、視界がぐつぐつ煮えた
蜜のような夕陽が、道路に溜まって膨らんでいる
ビルがねじれて伸縮し車が音符のように弾む
ムカデに似た火炎、あるいは、火炎に似たムカデが、
沈む太陽の下辺りをすばしっこく掠めていった
陽が暮れても、ガムを踏んだみたいにねちねち外を歩き続けた
いつしか、私は見知らぬ住宅街に迷い込んでいた
更地の駐車場から、マンションの裏側が見える
二階の部屋ではタンクトップとホットパンツの女が
にたつきながらパソコンのディスプレイを凝視していた
ベランダには数本のブラがイカの干物のように干してある
私は彼女とブラを交互に見つめ、彼女の性生活などを想像した
無邪気にキーボードを打っている姿が微笑ましい
私はあらん限りのドスケベな気持ちで、その身体中を眺め回した
ふと、彼女は私のメルトモなのではないかと思った
ネットの掲示板で知り合った、自称二十歳の女だ
ちなみに、私はレトロゲーム好きの大学生と詐称している
試しに、彼女にメールを打ってみた
≪暇です。『マイティボンジャック』のジャンプ力がほしい≫
タンクトップの女は無反応だ、メルトモからはすぐに返信
≪こっちも暇。『ボンバーマン』の爆弾がいいな≫
続けて打ち返した
≪ハドソンと言えば桃鉄。ぼくと勝負してみる?≫
≪負けます。そだ、小技集のとこに桃鉄の追記アリ≫
≪桃鉄は運。趣味合うし、一度君と会ってみたいかも≫
少し間が空いてメールがきた
≪スマン、他のメンバーとどぞ。今、魔界村プレイ中≫
≪冗談だよ、えのっぴ・どぅ。後で魔界の攻略法送りますね≫
二階に目を戻すと、一瞬、彼女の腋毛が見えた気がした
あそこにいる女が、今誰よりも親密だと感じた
「おいっおまえ! おれはおまえのこと知ってるぞ
どんな下着つけてるかもお見通しだ
友達でも知らない秘密だろ、もう抱いたも同じだな」
女は椅子から転げ落ちそうなほど驚き、「マジ殺す」と呟いた
ベランダに飛び出しながら、また「マジ殺す」
ブラを部屋の中に放り込む時も「マジ殺す」
そして、ガラス戸が強烈に閉められ、部屋はカーテンで隠された
可愛らしい花柄のカーテンだった
私は足早にその場を立ち去った
何故か脚が震えていて、うまく歩くことができなかった
今日はもう家に帰った方が良さそうだ
睡眠薬を飲んでぐっすり眠ることにしよう、
私には不似合いな柄のタオルケットを、きつく抱きしめて。