2005年12月21日…ブログの集い&大谷徹奘さんの法話会に参加して…その1
21日(水)仙台141の5階エルパークにおいて、13時00分〜14時45分頃まで、大谷徹奘さんのお話を聞くことが出来ました。
我々楽天広場のメンバーは、一番、前の席に座りました。
参加者は、
かおり先生さん、
ゆとりをさん、
あおねさん、
自信力向上コーチさん、
sumie'sさん、
私=タカノエイサク
ジェリー48さん、
です。
家庭生活や子育てについて改めて考えさせられる内容だと思います。
2005年(平成17年)12月18日のコーチングと同様、自分の頭の中を整理する良き機会だと思いました。
K先生は本気で子供を指導している。
子供に対する愛情が欠乏することは怖い。
引きこもりはそれが原因している、ということです。
それを改善するためには、
家の中で、その子供の存在を認めてあげる、
要するに撫でてやる。同じ目線でお話し合いをすることが大事。
般若心経の解説によると、
○○行目の掲諦(ぎゃーてい)
は意味が分からなくても、それを唱えるだけで、救われる、という事のようです。
般若心経はインドで考えられたものだが、それを中国の漢字に訳したようですね。それが、日本にも伝わってきたようです。
意訳とは、意味を訳す、ということで、
そこから音だけをとるのは、音写というようです。
般若心経の一つ一つの意味を翻訳すると、そこからの枠に限定されて、本来の意味が失われるので、「音写」が必要と言うことですね。
私も、今日、般若心経を読んでいて、モヤモヤがなくなり、気持ちがスッキリしたような気分でした。元気100倍、勇気100倍という感じです。
「Large」は大きい、という意味ですが、「羅慈」という言葉も音写したようです。
「音写」とは本来の意味を保つために必要との事でした。
日本人は墓参りや初詣に行くのに仏教に関する認識がないようですが、
「仏教」という言葉は明治時代から一般に広まってきた、とのことです。
江戸時代は「仏法」と言ったそうですね。
「仏法」を「仏の教え」と読んだようです。
観自在というのは、見ることが自由自在、自分のありようが分かる、ということですね。
自分の目や顔は見えないが、一生懸命修行をすれば自分が見えてくる。
自分に自分を見させる。
無意識のうちに人の批判をしたりするが、自分の事は見えにくい。
例えば、偽装をやる人を批判するとしても、自分が同じような立場になったら、どのような行動をとるのか、その場にならないと分からない、ということを自覚することが大事だと思いました。
たまたま、私たちは、そのような立場に置かれた体験がないので、人の事を見て、簡単に批判したり、けなしたりするが、いざ、自分がその立場におかれると、自分もそのようなことをする可能性がある、ということを自覚しなければならないと思いました。
大谷和尚さんのお話を聞いていて、まるで、自分の心の中を指摘されているような印象を受けました。
なるほど、と思ったのです。共感できたのです。全く、違和感がないのです。目と目が合ったりしたので、尚更、そのように感じたのかもしれません。
不思議な事ですね。
9月20日にも大谷和尚さんのお話を聞いたが、その時と比べて更に洗練されて居るなあ、と思いました。磨きがかかったと言っても良いでしょう。
○人の事を批判することが得意なのに、自分の事は分からない。
○完璧な人はいない、
○人の事は完璧に見える。
要するに人から言われると、嘘のことまで真に受けてしまうことは誰でも有ると思います。
まあ、普段、誰でも、そう言うところは有るのではないかと思います。
人間、誰でも弱さを抱えているものです。
その弱さを素直に自覚できる人間が、本当に強い人であると思われます。
大谷和尚さんは、そのような事を平易に、簡潔に、誰にでも、納得できるような形でお話しして下さっています。
一見、明るいように見えるような人でも、悩みがある、ということを理解すると、人の事を羨ましいと思ったりすることがなくなる、ということも言っていました。嫉妬する心が無くなるだけで、どれだけ、気が軽くなるか、と思いました。
人間は誰でも、どれだけ嘘をついているのか、分からないですし、自分を見つめることがないと、結局は、苦しむことになります。
照見=自分を見ながら、自分の心を見る、ということです。
人間は、誰でも嘘を付く、我が強い、自分勝手なところがある、ということですが、そのことよりも、それを自覚できない事が一番、怖いようです。
この私にも当てはまることだと思いました。
私は、以前、何か、自分にとって良くない事があると、人のせいにしたり、人に対して腹を立てたり、些細な事で悔やんだりしたが、それは、自分の良くないところが分からなかったり、感謝の気持ちが足りなかったからだと今でも思います。
過去の自分を振り返ると恥ずかしくなることがありますが、
それが自覚することが出来ただけで、大きな収穫だったかなあ、と思います。
どうすれば苦しまなくなるか、についても、詳しく解説していました。
世の中の変化の事についても、言っていました。
世の中は常に変化をしているし、自分も変化しているものです。
それを
水が去っていく姿
水が流れる姿に例えていました。
川を見ると、目の前の水は永遠に戻ってこない、
と言ったが、大変、良い例えだと思いました。
「我」が強い、ということは、
好き、嫌い、というのがハッキリしている、人の意見は正しいが、その人の事が嫌い、自分では正しいと思っても、間違っている事がある、
ということです。
例えば、自分が間違っていて、相手にそれを指摘されると、それが正しいと分かっていても、どうしても、我を張っていることは誰でもあるのではないかと、思います。でも、それに気付くことが大事、ということですね。
人間、我が強いと病気になる、ということですが、私も、以前、学生時代、嫉妬したり、自分が悪いくせに人の事を恨んだり、人のせいにしたりすることがありました。それで、体の調子が悪くなったり、頭が痛くなったりしたものです。過去の事を振り返って、それを思い出しても、赤面してしまう程です。
ある面で、「我」が強い、というのは鳥インフルエンザよりも怖い、ということもおっしゃっていました。
それは「我」が強い病気というのは、気付かない事が多いからです。
自覚症状が無い、と言って、よいと思います。
更に人間、我が強いと愚か者になる、ということですけど、本当だと思いました。
人間、皆、孤独だが、孤立するのはいけない、というが、
なるほどですね。
私も、このように生きていて、孤独を感じることがあります。
例えば友達同士、色々とお話し合いをしたり、明るく振る舞ったりしても、その場を離れると、人間は、一人なのですね。
飲み会に行ってお互いにふざけあったり、憂さ晴らしをしても同じです。
分かれてしまえば、孤独なのです。
人間は死ぬときも一人、と言われますが、私を含めて、普段、そのことを自覚することは少ないのではないでしょうか。
しかし、孤独であっても、孤立することはいけない、と言っていました。
孤立とは「我」が強すぎて、相手の事を全く、受け入れない、ということですね。
「我」が強いとしても、それを自覚すれば良いわけです。
人間は誰でも嘘を付くことがあるものです。
でも、そのことに気付くことが大事だ、ということも、
おっしゃっていました。
自己主張すると、相手から自己主張されて帰ってくる。
これは私が、だいぶ前に体験している事です。
相手に反発心を抱くと、必ず相手から、反発されて帰ってきます。
ブーメラン効果とも言えるでしょうね。
「我」が強いまま人とお話し合いをすると、相手の事を受け入れていない状態なので、反発心を抱かれ、人間関係もギクシャクするようです。
そこで、大事なのは自分との対話をすること、足りないのは自分ということを自覚して、自分の心の中に相手の入る余地を許すようになると、自然と苦しみはなくなる、ということです。
人間は時と場合によって変化する、
嬉しいコメント。
Re:2005年12月21日…ブログの集いに参加して…その1(12/22) sumie’sさん
昨日はお世話になりました。
途中で帰ってしまい、設定して下さっているゆとりをさん、かおり先生に申し訳なかったです。
また大谷和尚さんと個人的にお話できるチャンスを逃がしてしまい、後悔しています。
あの後、何分ぐらい和尚さんと会話が出来たのかしら?
どんなお話の内容だったのかしら?
と、思ったりしています。
今日のタカノエイサクさんの日記の内容が素晴しいです。
昨日のお話を詳細にまとめて下さっています。
これは、保存版ですね♪
再度読みながら、そして、あの場を思いだしながら自分つくりの参考書にさせて頂きます。
ありがとうございました。(Dec 22, 2005 10:53:29 AM)
こんばんは。 タカノエイサクさん
sumie’sさん
>昨日はお世話になりました。
>途中で帰ってしまい、>
>設定して下さっているゆとりをさん、
>かおり先生に申し訳なかったです。
又の機会にお互いにお話し合いをしましょう。
>また大谷和尚さんと個人的にお話できる
>チャンスを逃がしてしまい、後悔しています。
又、機会があると思いますよ。
諦めずにいれば絶対に実現すると思います。
>あの後、何分ぐらい和尚さんと会話が
>出来たのかしら?
午後3時から約1時間30分ぐらいだったと思います。
>どんなお話の内容だったのかしら?
>と、思ったりしています。
例えば、最近、テレビなどであらゆる人の不祥事が相次いでおり、色々と批判されていますが、もしも、自分がそのような立場に置かれたら、自分だったら、正しい考えを維持できるのか、正しい行いをすることが出来るのか、改めて、自分と対話をした方が良い、ということをおっしゃっていました。
大谷和尚さんとのお話し合いのことについての感想は又、思い出したら、即、アップしようと思います。
>今日のタカノエイサクさんの日記の内容が
>素晴しいです。
そう言って頂けると凄く嬉しいです。
>昨日のお話を詳細にまとめて下さっています。
>これは、保存版ですね♪
ありがとうございます。
>再度読みながら、そして、
>あの場を思いだしながら自分つくりの
>参考書にさせて頂きます。
>ありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。
昨日は、大谷和尚さんのお話を出来るだけ、漏れることなく必死でメモをしたのです。
それが良かったと思います。
思い出すことが出来ました。
今度、お話を聞くとき、録音機を持参しようと思います。
(Dec 22, 2005 08:12:15 PM)
訂正します。 タカノエイサクさん
sumie'sさん、
先ほど、大谷和尚さんとお話し合いをしていたのが1時間30分ぐらいと言いましたが、1時間の間違いでした。
大体、15時から16時頃まで、大谷和尚さんとお話をし、大谷和尚さんが居なくなった後は、皆さんで輪を囲んでお話をしていたのです。
それが16時40分ぐらいまでだったかな。(^。=)
私は時計を持っていなかったので、時間の感覚が希薄になっていたのです。時計のバンドが壊れたもので。(笑)
(Dec 22, 2005 08:42:39 PM)
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