慈隆寺元住職長町任道はどなたの辞令を受け取って赴任されたのでしょうか?


知恵ノート:日顕上人の法主としての地位を否定できない正信会僧侶A 元慈隆寺住職 長町任道より


慈隆寺は徳島県板野郡北島町中村字中内22-1に所在する日蓮正宗寺院です。
昭和50年(1975年)5月21日に日蓮正宗第66世法主日達上人大導師のもと落慶入仏式が執り行われ宗教活動が開始されました。初代住職は故・川瀬慈証師であり昭和55年(1980年)には川瀬師により寺域を全面改装されています。
同年7月に川瀬師は沖縄・光明寺に転任され第2代住職として長町任道が日蓮正宗第67世法主日顕上人の辞令により任命されました
しかし長町は昭和57年(1982年)9月16日に第67世法主日顕上人の法主としての地位を否定したため、日蓮正宗の宗制宗規に違背したことにより破門されたが、現在も慈隆寺を不法占拠しています。
慈隆寺の住職は鳴門市にある妙眼寺の御住職様が兼務しています。登記簿には代表役員(住職)として妙眼寺の御住職様が登記されています。
長町を慈隆寺住職に任命したのは任命したのは長町が「エセ法主」としている日顕上人であり、長町は彼の言うところの「エセ法主」から任命状を受け取っている以上自分が「エセ住職」であると宣言しているのと同じであり、日蓮正宗慈隆寺に蟠踞(ばんきょ)していること自体が異常行為をしていることになります
正信会の輩は自分たちが正しいといいながらやっていることは非常識なのです。
長町任道は日蓮正宗慈隆寺を1日も早く返還し、自分で寺院を建ててそこで正信会活動をすべきです。
慈隆寺の重宝御本尊様を返還することは当然のことです。
慈隆寺は日蓮正宗に包括される末寺である以上、不法占拠者長町任道が死亡すれば慈隆寺は日蓮正宗に返還されます。
返還されるということは長町任道や正信会のものではないことがハッキリしているのです。


慈隆寺の登記簿