白蓮院の返還


宗務広報 923号 平成14年12月9日

白蓮院(東京都江戸川区)、宗門へ復帰

本日、これまでいわゆる正信会僧侶により不法占拠されていた白蓮院(東京都江戸川区)が20年ぶりに宗門に返還されました。
これは、同教会元主管・古谷得純が、御法主日顕上人に対し奉り、本宗の教義及び信仰の根幹である血脈相承を否定して管長を誹毀讒謗したことを猛省し、
深くお詫び申し上げたうえ、返還に及んだものです。
同人は、昭和57年2月5日付の擯斥処分が有効であって、現在は白蓮院主管の地位にないことを認め、秋元広学渉外部長の立ち会いの下、
兼務主管・梶原慈文師に同教会およびその財産一切を引渡しました。
なお、本日付で新たに夏井育道師が主管に任命され赴任しました。今後、同師が白蓮院主管として職務を執行してまいります。    
以上


その後の経過


古谷得純御尊師は、その後赦されて東京第一布教区に所属する無任所教師として余生を送っていたが、平成27年(2015年)5月7日に死去した。


東京都江戸川区の白蓮院復帰奉告法要(大白法 平成15年1月16日号)


平成14年12月23日、東京都江戸川区の白蓮院において、復帰奉告法要並びに第3代主管・夏井育道御尊師の入院式が厳粛に奉修された。
白蓮院は、江戸時代末期、天保年間の砂村問答に由来し、明治時代に入り、その流れを汲む信徒の家を間借りして「砂村問答法華本門道場」と称した。
その後初代主管・観法院日健贈上人が赴任され講中は発展したが、戦災で道場を焼失。
戦後に復員された観法院日健贈上人を中心に復興を図り、時の御法主日昇上人より「白蓮院」との名前を戴き文京区に道場を再興。
昭和41年に現在の江戸川の地に本堂・庫裏が新築された。
観法院日健贈上人御遷化後、昭和52年路線で学会の教義逸脱の嵐が吹き荒れるなか、自称正信会の者によって白蓮院は不法に占拠され、その後20年の長きにわたり日蓮正宗を離れていた。
また白蓮院支部の法華講員はこの間、千葉県市川市の弾正寺預かりとなり、弾正寺住職・梶原慈文御尊師のもと、協力し合って信行に励んできた。
そしてこのたび、初代主管・観法院日健贈上人の第27回忌に当たる平成14年11月27日、「前非を悔いて宗門側に返還申し上げたい」との申し出があったことにより、宗門に復帰となった。
法要並びに入院式には、総監・藤本日潤御尊能化、高野日海御尊能化、庶務部長・早瀬日如御尊能化、菅野日龍御尊能化、東京第一布教区宗務支院長・光久日康御尊能化、同副支院長・鈴木譲信御尊師をはじめ布教区内外の御僧侶方が御出席。
また、東京第一地方部より佐々木宣英地方部長、柳沢智晴同副地方部長。さらに東京第一布教区内の支部代表信徒135名、また白蓮院の丹羽弘総代をはじめ白蓮院信徒多数が参列した。
入院式は午後1時より奉修され、はじめに新主管の夏井育道御尊師の導師により、献膳の儀、読経、唱題と奉修された。
次に、光久支院長より新主管の紹介、並びに経過報告を交えての祝辞が述べられ、続いて藤本総監、水野則夫講頭より、それぞれ祝辞が述べられた。
最後に、夏井新主管より参列の各位に対して丁重な謝辞と今後の決意が披瀝された。
こののち、本堂において記念撮影が行われ、復帰奉告法要並びに入院式はとどこおりなく終了した。
なお、入院式に先立ち12月9日午前11時45分より、返還の読経、唱題、引き続き、座替り式が奉修され、さらに、光久支院長、鈴木副支院長、総代等の立ち会いのもと、事務引き継ぎが行われた。