東日本大震災時の宮城県名取市の日蓮正宗寺院春日山広安寺住職三浦接道師の記録



広安寺の概要


* 昭和56年(1981年)4月24日 - 建立
* 平成12年(2000年)9月29日 - 第2代住職原雄益氏が創価学会側について日蓮正宗を離脱し不法占拠に及び、日蓮正宗は寺院の明渡を求めて提訴する。
* 平成13年(2001年)12月26日 - 仙台地方裁判所で和解が成立して原雄益氏が退去して日蓮正宗に復帰する。第3代住職として三浦接道師が就任


平成23年6月1日大白法


東日本大震災の当日、午後1時から名取市内の講員宅で座談会があり、今後の信行を確認しあい、住職が帰り、講員も散会し始めたときに大きな揺れが起こりました。
3月11日、座談会後、広安寺に帰ると間もなく強い揺れを感じ、本堂へ走ると、控室にいた妙圓寺(宮城県栗原市)住職井上具道御尊師、講頭、聞法寺(長崎県大村市・三浦師の前任地)信徒の3名が、既に御宝前で御厨子を押さえ御本尊を転倒からお護りしていた。
揺れが収まってすぐ、御本尊を余震から御護りすべく自動車にお遷し申し上げ、紙幅御本尊、大過去帳、永代供養帳も車内へ。
その後、夜10時まで独居高齢者と老夫婦の信徒宅を回り、車に乗せてお寺に避難させ、この日全員が車内で1泊。
12日、信徒と共に本堂控室で避難し、それ以後約2週間、十数人が寝食する日々。
本堂控室を「仮本堂」とし、紙幅御本尊を奉掲申し上げ勤行・唱題をさせていただく。
震災から電気も通らず、外の様子はほとんど判らない。ラジオはあったが、津波や死者などの報道は高齢者の恐怖が余震もある中、増幅するとの判断からラジオも切る。
トイレは風呂水を汲み、数回使用後に1度バケツで流す。
食事は1人分「2勺」程の米をストーブで炊き、塩や味噌、梅干し等でいただく。
13日の御講日、普段と変わらぬ参詣者があり、法華講員の信心に感激。余震もあるため若い人は本堂で、高齢者等は本堂外に椅子を設け、読経・唱題をし御報恩申し上げ、このたびの大震災における殉難者の塔婆を建立し、回向・焼香させていただく。
御書には謗身、謗家、謗国が説かれるが、これらを逃れるには折伏しかないとの思いから「安国論御勘由来」を講員と共に拝読し、「今こそ立ち上がろう」と題して法話をする。
様々な状況下講員各位が共に再会を喜び合い、皆で粥をいただきながら再会を期す。
16日、山形の支院長が、ガソリンも乏しい中を水・灯油・食糧等をお届けくださり、避難者とともに有り難くいただく。
18日、総本山より教学部長・副部長はじめ5名の方々が御法主上人猊下のお使いとしてお見舞いに来てくださる。
震災当初は茶碗半分の粥をいただき満足していたが、電気・ガス・水道が通ると、にわかに欲が深くなる自分たちに失笑する。
28日、避難者には、いつ自宅に安全に帰すかを念頭に、震度5強の余震があればあと1週間お寺にいるという設定をしていたが、この日の朝は勤行中に震度5弱の余震だったため、当初の予定通り避難者全員が帰宅。
勤行中、震度5程度の地震があっても、誰もお経が止まらずふだん通り。慣れというのは不思議で「危うきに居て安きを思う」ほど感覚が麻痺していた気がする。
以上3月28日までを箇条書きにしましたが、広安寺の建物の被害としては、本堂内部で御宝前の両脇にある灯籠が倒れ、一部破損があったり、金蓮華の一部破損程度。また庫裏のアルミサッシや障子紙が落ち、配水管が破損しました。さらに本堂屋根瓦が一部崩落して梁柱が折れる程度と、いずれも被害が軽微だったことは不幸中の幸いです。
今まで誰もが、これほど強く長い揺れを感じたことはなく、これだけ甚大な被害になるとは想像しませんでした。
当日座談会に参加していた講員の自宅は、瓦が落ち、室内の家具という家具が倒れ、足を踏み入れる場所がない状態でした。この方がもし座談会に参加せず自宅にいたかと思うと身震いがします。
また講員の中には津波が来るのを知りながら御本尊をお護りするために自宅に戻った人もいます。日蓮正宗以外の人は、それを見て無謀と言うでしょうが、御本尊をお護りした功徳は絶大であると確信します。
今回の地震によって広安寺支部の講員で命を失った人はなく安堵していますが、他に被災された方々のことを思うと素直に喜べません。
私たちは被災現場を見るたびに「立正安国論」が現在も、また未来にも生きていることを感じなければならないと思っています。
ならば、私たちがやることはただ1つ。現下の苦楽に惑わされず、御法主上人猊下の御指南を拝して素直に信仰に励んで行く事が要諦であると思います。大震災後に御法主上人猊下より格別の御心配・御祈念・激励の御指南を頂戴したことは誠に有り難く、今後は寺運興隆、支部の拡充と地域広布に努めることが、この御鴻恩にお応えする唯一の道であることを心に留め、精進してまいります。

5月15日の第1回目の広安寺支部・支部総登山は、当初の参加目標は21名でしたが、講員の熱意は登山にも表れ、36名の参加者と2名の見学者、そして東日本大震災のため登山できる状況にない13名の付御開扉願いを持参して、本門戒壇の大御本尊様にご報告と御礼の登山をさせていただきました。