霊波之光信者で元創価学会員の憑依妄想を破折


平成15年頃、札幌市手稲区の娘が神子や職員になっている女性班長が中心となり、
その班の創価学会元幹部N子が霊波之光に入信し、創価学会の幹部しか読めない本に「釈迦滅後2500年後真の神が降臨する」という記述があり、それは西暦に直すと1915年つまり大正4年に当たり、7月2日に長谷義雄が真の神として降臨したのだ」というキャンペーンを繰り広げたという事でした。
そのN子なる女性は精神的におかしくなって所謂憑依妄想(精神病で言うところの神がかり)状態になり、札幌市厚別区新札幌にある霊波之光札幌支部を訪問し、
説教者であるKさんとお話をしたそうです。Kさんは御守護神様こと長谷義雄は大正4年生まれだとお話になったそうですが、それを聞いたN子はその創価学会で「釈迦滅後2500年後真の神が降臨する」という幹部しか読めないとされる本について読んでいて、「ああ、真の神は霊波之光に降臨されたのだ」と勝手に解釈して霊波之光に入信したということです。
それについて検証させていただきました。
早速「釈迦が滅してから2500年後真の神が降臨する」という文証が創価学会や日蓮正宗、法華経等にあるのかどうか調査いたしました。

その結果そのようなものはないということが判明いたしました。
元創価学会員の法華講員に聞きましたところこのようなことを書いている書籍など存在しないとのことですし、
他の法華講員各位に聞いても法華経にも天台大師等の書籍にも、まして日蓮大聖人御書にも「釈迦滅後2500年後に真の神が降臨する」などという記述は一切ありませんとのことでした。

この邪義を徹底して破折させていただきます。
1 仏法というものは因果を厳格に説いている宗教でありまして、
何の脈絡もなく釈尊が滅して2500年目に神なるものが降臨するなどと説くはずがありません。
釈迦が説かれた法華経、それを完璧に注釈された天台大師等は正嫡な仏法の御正師です。従ってお書き物も正しいのです。
それでさえ「脱益仏法」の域であって別の見方からは末法の日蓮大聖人の大白法出現の予言書なのです。
末法は日蓮大聖人の偉大な正法は末法万年はおろか尽未来際まで光輝いて衆生を救いきっていかれるのです。
従って長谷義雄の出る余地など全くありません。

2 このN子は創価学会自体の信仰が破綻して実生活上も夫の事業の失敗などで頭がおかしくなって、
自殺を図ろうとして朝里峠や日勝峠まで夫婦で出かけるくらいの精神状態となっていました。
そういう一連の異常行動の中でそういうわけの分からないことを主張しだしたわけであります。
つまり精神病で言うところの憑依妄想つまり神がかり状態です。
そして霊波之光札幌支部にN子が来た時に発した言葉が釈迦が滅してから2500年後が大正4年つまり1915年と言われていて、たまたまその年に長谷義雄が生まれた年だったということから
教団にとって好都合だったことから「長谷義雄は真の神として降臨された方なのだ」というキャンペーンをしようと支部長をはじめとする幹部達が騒ぎを起こしたということなのであります。
ちなみに当時の支部長は長谷敬詞のいとこに当たります。

3 長谷義雄は「自分は神の使いだ」として教主とか、先生とか聖主とか言われておりました。
それが、昭和43年3月26日に北海道支部で己は神だといい始め、「御守護神様」などと信者に言わせるようになり、
そして没後の平成15年に予言された神として降臨されたのだということに変わっているわけであります。
長谷義雄が予言され神として降臨したというのなら、なぜ長谷義雄は自分すら救えずに心筋梗塞で頓死したのか?
そしてなぜ、長谷義雄の生前にどうしてこのような主張が出なかったのか?
素朴な疑問として浮かび上がってきます。
これは邪宗特有の神がかりやひらめきで戯言を言ったり、信者に言わせたりして信者をダマしているのです。
霊波之光教団は実に場当たり的に教義もどきや祭礼等をころころと変えます。
教祖たる長谷義雄への呼び方や表現もころころと変わります。
ころころ教義が変わるとしたら、教義が変わる前の信仰は無意味ということになり救われないということとなります。

4 どこの邪宗の教祖も予言じみたことを大なり小なり言ってるのです。霊波之光だけではなくインチキ教団などというものはどこも同じようなものであります。
例えば末法500年は大聖人の下種仏法の功力は確かだが500年を過ぎると「熟益法華経」でなければダメだ、それを説くのが自分だなどと、大戯言を平気で吹聴するのです
何も知らない仏法に無知な衆生はいとも簡単に騙されて地獄の苦悩(物、心とも)に喘いでいるのです。
以上であります。
そのようなものは単なる戯言であり、まともに聞くに値しないとはっきり言い切っておきます。
憑依妄想からはじまった信仰に感応されますと、精神病となり、頭破七分に陥り、生きながらにして地獄の境涯を味わうこととなります。
しかも本人は地獄の境涯にいることすらわからないほどおかしくなってしまっているのが実情であります。

結論を述べさせていただきます。

霊波之光は「大宇宙神」の「分神」とされている長谷義雄教祖個人を「本尊」として崇拝しているわけですが、
長谷義雄の死後20年近く経った2003年に至り、創価学会の幹部用の書物なるものを持ち出して、「長谷義雄は予言されて降臨した真の神」などと宣伝しなければならなかったのかというと
本尊に迷っているということであります。
長谷義雄の死後20年が経過し、長谷義雄を知らない人が日増しに増えてきたということで、教団は「御由来館」なる箱物を建設して信者に見学させるようにしたり、
長谷義雄の修行時代や教祖になってから使用した物を「宝物殿」なる建物に集めて信者に見学させておりますが、
やはり本人が今この世にいない以上、一時的な通力があってそのときはよかったとしても、教義もない、指導する教師もいない現状では結局信者は短期間で離れてしまうわけです。
ですから、たまにウワサや体験発表を捏造したり、こじつけたりして、花火を打ち上げるしかしょうがないわけです。
というよりも長谷義雄が生きていたときから様々な奇跡や体験発表をデッチアゲて長谷義雄自身の神格化を推し進めていたわけです。

例えば昭和36年11月22日、四国から当時本山のあった千葉県松戸まで飛んで帰ったと喧伝し、香川県さぬき市の長尾郵便局から電報を打たせております。

更に昭和43年3月26日には北海道支部において乞食事件なるものをデッチアゲて職員3人に証言させて、自己の神格化に利用しております。

そして平成15年に札幌のその創価学会元幹部の女性の体験発表やそれを持ち上げた教団は仏教と神道との違いが分からず、宗教に対して無智であることをさらけだしたわけです。
創価学会というのは、もともと日蓮正宗の信徒団体だったのです。
日蓮正宗では救世主的な神の存在を否定し、神というものは諸天善神として信徒を加護するという考えをもっております。
また厳格な因果を説いております。何の脈絡もなしに神が降臨するなどということなど説くはずがありません。
従ってこのような体験発表は「憑依妄想」から出たものと断言させていただきます。


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