2007年12月7・8日と網野・夕日ヶ浦温泉、冬の定番カニフルコースに行ってきました。雪が降らない内にと・・・新聞広告で見た旅館に・・・・温泉にも浸かり、お腹がはじけるほど食べてきました。静・花扇、このお宿は網野の地に磯禅師の娘として生を受け、源義経との非情な別れに泣いた静御前。 花扇はその日本一の舞姫、静のようなお宿にしたいとかで・・雅やかで、艶やかな旅の夢舞台になれば・・・・と
私達を迎えてくれました。
生野峠すぐにある播磨屋・ぜんざいを食べる 旅館 花扇の玄関前で
廊下のいたる所ににちょとした心使いが 湯上りにタタミの肌ざわりが心地よい
風趣あふれる民芸調のお休み処
この他にも、天ぷら、焼きが二、グラタンなどが 新鮮な丹後の海の幸
カニさしみ・甲羅焼き カニすき(お腹いっぱいになってます)



2日目朝晴れたかと思うと雨が降ったり日本海の天気は気まぐれとよく言ったものです。伊根方面へと思っていたのを、コウノトリ郷公園に予定変更です。 コウノトリの郷公園は、旧飼育施設の「附属飼育施設コウノトリ保護増殖センター」を含むと185ヘクタールの広さがあり、敷地内には研究施設である管理・研究棟、検疫棟、飼育管理棟などの施設と、様々な目的に合わせて作られた飼育ケージがあります。
兵庫県立コウノトリ郷公園 放鳥されたコウノトリ
飛べない状態の複数のオス、
メスを放鳥拠点で飼育
巣づくり(テレビで良く見た鉄塔)
採餌の様子 クラッタリング



お昼は出石そばに決定です。薬味、漬け汁、卵250円、1皿250円結局5皿しか食べれませんでした。
 出石町は、「古事記」「日本書紀」にも名前の見える歴史の古い町です。 但馬開発の祖神ともいわれる新羅の王子天日槍
(あめのひぼこ)が垂仁天皇3年に渡米してこの地を拓いたと伝えられ、町名も天日槍の宝物である。『出石小刀』に起因したといわれています。また、古くは但馬の国衙(こくが)が置かれていたとも伝えられ、袴狭地区にある「砂入遺跡」からこのことを裏付けるように「人形(ひとがた)」 「斎串(ゆぐし)」といった祓いの道具が大量に出土しています。
辰鼓楼(SHINKORO):明治4年(1871)旧三の丸大手門脇の櫓台に建設され、明治4年に医師、
池田忠恕氏が大時計を寄贈してからは時計台として親しまれ、今では三代目の時計が時を刻んでいます。
出石そば店内(官兵衛)から 出石皿そば1人前
谷山川・登城橋、登城門(昭和43年に建設)
を渡れば出石城跡
登城門
西門跡を上がる(近世の出石城三の丸の西門)
この門より東が城内
出石城:感応殿
出石藩主仙石氏の祖権兵衛秀久公を祀ています
朱の鳥居(37本)この先稲荷神社 稲荷神社境内から城下を見下ろせば、
江戸時代を思わせる
昭和43年本丸跡に隅櫓が復元され、
その後登城門や登城橋が建設された。
出石家老屋敷(仙石左京の屋敷があった場所)
今は喫茶店に
出石:皿そば屋さんが並ぶ 登城橋手前に咲いていた、山茶花の花