2008年3月16日(日)17日(月)、伝統の迎賓館春帆楼にて本場のフグ会席を食す。 2日間のツアーに参加しました。新幹線姫路8時35分ひかりです。新山口駅10時24分着です。これよりバスで湯田温泉足湯です。香山公園・瑠璃光寺、山口市・菜香亭、門司港レトロ(ふぐと灯りとひな祭り開催中)その後、春帆楼でふぐの会食です。2日目は山口定番の秋吉台、秋芳洞です。午後からはツアーではあまり行かない鍵曲・人口の川・鯉が泳ぐ藍場川、萩焼の窯元。新山口19.12発新幹線、姫路21:00着です。


そのむかし、むかし白狐が傷を治すために入っていたところ、和尚に発見されたという湯田温泉。 湯田温泉の足湯は全部で5ヵ所。すべて無料、屋根付き。気軽に立ち寄れる憩いのスポットとして、観光客をはじめ地元の人にも人気を呼んでいます。

5ヵ所中3ヶ所に入ってきました。夜まで足はぽかぽか状態でした。
湯の町通りの足湯の白狐 高田公園の足湯
足湯の効果案内板 全国実業団ハーフマラソンをやってました。

曹洞宗・保寧山 瑠璃光寺 大内氏家老陶氏六代弘房の菩提寺文明三年(1471)創建、元禄三年(1690)仁保の地より現在地に移建。本尊 薬師如来。

瑠璃光寺五重塔: 高さ31.2m桧皮葺きの総桧造りです。5層の屋根はゆるやかな勾配で広がり、大内文化最高の華として西の京のシンボルになっています。応永の乱で討死にした大内義弘の菩提を弔って弟の盛見が1442(嘉吉2)年に建立、日本三名塔の一つに数えられ全国でも最も美しいとされています。。境内は池泉回遊式の庭園で梅、桜、紅葉、池に蓮の花咲く季節も一段と美しいです。 今回は梅の花が満開でした。
香山公園で昼食
(さくらご飯とこんにゃくさしみが美味しかったです)

香山公園・瑠璃光寺入口
瑠璃光寺
国宝五重塔
眺めが一番良い所

香山公園・梅の
花が満開です。
大内氏24代弘世像
山口開府の祖、弘世が防長二州を制して、1360年頃あこがれの京都を模して都市計画をした人
うぐいす張りの石畳
手を叩くか強く足踏みをすると前の石段に反響して美しい音がする
13代、毛利敬親公
    夫人 妙子
14代、毛利元徳公
    夫人 安子
15代、毛利元昭公
   夫人 美佐子
     の墓
満開の梅と五重塔 桜の蕾と五重塔 五重塔の説明板 曹洞宗・保寧山
本堂(薬師如来)


満開の梅
明治10年、料亭として創業。山口の迎賓館として、井上馨、伊藤博文、佐藤栄作ら時代を担った人々が集った場所…それが菜香亭です。 2004年10月、山口市の観光施設・市民交流の場として生まれ変わりました。日本の歴史に深く関わった政財界人・文化人直の書、料亭時代の価値ある所蔵品等の公開や、館内の部屋の貸出を行っています。 130有余年の歴史を経て新しい輝きを手に入れた、西の京の歴史舞台・・・・・。です
菜香亭玄関 西縁側(右大広間 西縁側から中庭を 岸 信介 書 木戸 孝允 書
菜香亭(貸し出しをして貰える部屋) 菜香亭中庭を眺めながらでお抹茶を頂きました。



明治から昭和の初めにかけて大陸貿易の拠点として栄えた門司。古き良き時代を懐かしむネオ・ルネッサンス様式の門司港駅を初め明治から大正にかけての洋館がノスタルジックな街並みとおしゃれな「はね橋」など・・・・美しい関門海峡・・・魅力いっぱいあふれる観光スポットです。
1時間あまりの観光だったので遊覧船にも乗ってきました。
門司港駅
(車中より)
左(旧門司税関)
中央(門司港レトロ展望台・
黒川記章設計
右(国際友好記念図書館)
門司港ホテルと
船上レストラン
遊覧船(手前)
遊覧船より
関門橋を望む
日本唯一の歩行者用跳ね橋。
開閉は朝10時から11時、13時、14時、15時、16時の6回
ブルーウィングもじ
日本唯一の歩行者用跳ね橋を渡る。
旧大阪商船ビル
ふぐと灯りと
ひな祭り
旧大阪商船ビル
明治時代に
作られた



旧三井倶楽部
(大正10年建設)
レトロ横丁

日清講和条約締結の地、明治21年、内閣総理大臣・伊藤博文が春帆楼でフグ料理を食べたのを契機に、豊臣時代以降のご禁制が解かれ、フグ料理公許第1号となった。現在も、下関で水揚げされたフグを使った伝統のフグ料理が自慢。
春帆楼 春帆楼の隣にある赤間神社

今を去る八〇〇年の昔、源平の激戦が行われた壇ノ浦を望む高台に、安徳天皇をお祀りする赤間神社があります、壇ノ浦の波間に消えた安徳天皇は竜宮に帰り給えると言うことから、この楼門は龍宮造りになっています。

平家一門の武将を祀るもので七盛塚とも呼ばれ耳なし芳一の伝説地としても殊に有名です。
春帆楼にてフグ会席(から揚げ・白子・くじらのさしみ雑炊など)
白ワインで乾杯しました。最高に美味しかったです。お腹もいっぱい赤間神社ぶらぶら・・・
食事の後今夜宿泊するホテル宇部全日光ホテルに直行です。




2日目は秋吉台・秋芳洞、鍵曲、人口の川“藍場川”。8時40分出発です。
秋吉台は3億年、この一帯が海だったと言われる日本一広大なカルスト(石灰岩)の台地です。石灰石の柱が無数に立ち並ぶ広大な草原(今は野焼きの後でした)、ゆるやかに起伏する丘にはいたるところにドリーネと呼ばれるじょうご状の窪地が点在。

秋芳洞: 秋吉台の地下を流れる水は長い年月をかけ少しずつ石灰岩を溶かし巨大な空洞を作りました。地底に広がる大小の鍾乳洞、中には洞口の高さ24m、幅8mの規模のものやもっと広い場所では高さ80m、幅200m延長10km。この内観光ルートとして公開されているのは約1kmで黄金柱、傘づくし、大黒柱、洞内富士、100枚皿など・・・・・
(石筍は400年に3cm程、鍾乳石は200年に3cm程伸びるそうです)

秋吉洞では沢山の写真を撮りましたが出来がよくありません。残念です。もっと性能の良いカメラが必要です。
バス車中より
一番眺めが良いそうです
下では記念写真を 案内板の前で
秋吉台を望む
説明板 厳窟王は不格好な大きな石筍です
空滝(からたき) 大黒柱 傘づくし 100枚皿
水にとけた石灰分が沈積してできたリムストーンプール
秋芳洞入り口
萩焼窯元見学 萩焼窯元で頂いた昼食
(デザートに冷たいぜんざいを頂ました)

 橋本川に沿った地区で,毛利一門の下屋敷はじめ,いくつかの武家屋敷が残っています。また,敵の侵入や攻撃を防ぐために,左右を高い土塀で囲み,見通しの悪い「鍵曲」(かいまがり)が残っています。
敵の侵入を防ぐ鍵曲: 敵の侵入や攻撃を防ぐために,左右を高い土塀で囲み,見通しの悪い「鍵曲」(かいまがり)が残っています。
かんきつ公園:この地は明治維新後、禄を失い生活に困窮する士族の救済のため、小幡高政が夏蜜柑栽培を始めた地です(剪定しているおじさんにみかんを沢山貰いました)
明治9年(1876)に貧困士族救済のために夏みかん栽培を奨励した萩藩士小幡高政(おばたたかまさ)の邸でしたが、後に元内閣総理総理大臣田中義一別邸となる

旧田中義一別邸:
縁側から中庭を望む
元内閣総理大臣田中義一別邸:
今年の干支ねずみのお雛様
元内閣総理大臣田中義一別邸:
大正時代のお雛様
藍場川: 萩市内を流れる人口の川です。亨保2年(1717)に江向(えむかい)まで、元文4年(1739)に新堀川までの用水路として開削されましたが、その後延亨元年1744)に川舟が通航できるように拡張、整備された。

萩市指定遺跡“湯川家”: 禄高23石余りの武士で明治の初めに住居していた。

ハトバ: 川沿いに階段を作って、水に近づけるようにしたところ

台所のハトバ: 庭園から流れ出た水は建物の下をぐぐって台所のハトバに出てきます。ここで野菜や茶碗を洗った水はまた藍場川に戻っていきます。
鯉が泳ぐ藍場川 木立の向こうの出っ張りが外からみた台所のハトバ さくらんぼの花が満開の藍場川を歩く 旧湯川屋敷庭園
川の水を庭に引き込んで池を作っています。
台所のハトバ