牛奥ノ雁ヶ腹摺山 2025年11月3日(月)
福ちゃん荘(1718m)・炊事・朝食・テント撤収…(5分)…富士見山荘…(31分)…大菩薩峠・介山荘(1902m)…(15分)…熊沢山(1978m)…(5分)…石丸峠(1927m)…(4分)…天狗棚山(1957m)…(61分)…小金沢山(2014m)…(46分)…牛奥ノ雁ヶ腹摺山(1991m)…(65分)…すずらん昆虫館(1368m)−(タクシー)−甲斐大和駅−(中央本線)−大月駅−(中央本線)−高尾駅・解散
朝の4時に起き、直ぐに寝袋を畳みました。コンロに火をつけ、テントの中の湿気を飛ばし、アルファ米を炊き、朝食を食べました。テントを撤収し、5時30分に福ちゃん荘を出発しました。まだ辺りは真っ暗でした。熊除けの鈴を鳴らしながら、大菩薩峠まで登りました。大菩薩峠で一休みしていると、日の出となりました。朝日に映える大菩薩の尾根や甲府盆地、富士山や大菩薩湖、遠く駿河湾まで見渡せました。大菩薩峠は、国中方面からは、萩原越や大菩薩越、青梅通ともいわれました。『甲斐国志』では「大菩薩」の由来が幾つかあり、源義光(新羅三郎)が峠越えの際に八幡大菩薩に祈念したとする説、上萩原の神部神社に由来するという説が紹介されています。他に高僧が峠に菩薩像を埋めて、水が湧き出て峠の西と東に清流となって流れ落ちるように祈願したところ、その水が東に多摩川、西に笛吹川をつくったといわれる伝説があります。かつての峠に妙見大菩薩が祀られていたともいわれています。1913年から1944年にかけて『都新聞』に連載された、中里介山の未完の大河小説『大菩薩峠』で広く知られました。大菩薩峠から流れ出す多摩川流域の自然や、そこを往来した人々と接したことが中里介山の人格や思想に影響したともいわれています。1954年には記念碑が立てられ、介山祭も開かれています。大菩薩峠から牛奥ノ雁ヶ腹摺山を目指して尾根道を歩きました。急な登り下りは無く、高校生部員は軽やかに歩きました。牛奥ノ雁ヶ腹摺山への尾根道はあんまり人が通らないルートなので、熊の出没には要注意です。熊鈴を鳴らしながら、時には笛を吹きながら進みました。小金沢山に来ると、辺りが暗くなり、雪がチラチラと降り始めました。大菩薩峠では晴天に恵まれ遠くの景色まで見えていたのに、南アルプスにかかっていた気になる雪雲があっと言う間に真上まで来ました。部員たちが「山の中では雲の動きが早い。」と感じました。山の高い所は、雲の近くだからね。手袋をつけ、耳あての付いた帽子をかぶりました。私たちの上だけに雲がかかっていたので、直に雲が融け、雪が止みました。牛奥ノ雁ヶ腹摺山の頂上から富士山を眺めました。小金沢山と共に富士山の眺望に優れる秀麗富嶽十二景の一つに選ばれています。牛奥ノ雁ヶ腹摺山の山頂より南東に3.2kmの所に標高1874mの雁ヶ腹摺山があります。雁ヶ腹摺山も秀麗富嶽十二景の一つです。山梨百名山の一つであり、山頂からは富士山の展望に恵まれ、1942年11月3日に名取久作が雁ヶ腹摺山の山頂から撮影した写真が、五百円紙幣の裏側に印刷されていた富士山の絵の原画となりました。牛奥ノ雁ヶ腹摺山は、麓の地名である「塩山牛奥」からと、雁がお腹を擦りそうなほど高い山であることから「雁ヶ腹摺山」という名前が付いたと言われています。日本で最も長い山名とされています。牛奥ノ雁ヶ腹摺山から、富士山、甲府盆地、奥秩父の山々を眺めた後、すずらん昆虫館へ下りました。すずらん昆虫館よりタクシーに乗り、甲斐大和駅に戻りました。今日は晴天に恵まれ、11月にしては暖かく、良いトレーニングになりました。
高2A組 ダイ
今回の登山では、1日目は福ちゃん荘にテントを張ってから大菩薩嶺に行って、大菩薩峠を通ってから福ちゃん荘に泊まりました。今回最初の失敗は、ペースを早くしすぎて後ろの人を話し気味だった事です。特にスタート地点から福ちゃん荘までの道で、その傾向が強かったです。前回の登山で、標準コースタイムを下回った箇所があったという経験が、足を早めさせてしまったのだと思いました。
大菩薩嶺は、今まで行ったどの山よりも綺麗な景色が多く、1日目の中では雷岩周辺の景色が特に綺麗でした。雷岩の高さもあってか、まるで山脈を上から見下ろしたような景色が広がっており、遠くに見えた富士山はふもとに雲がかかって、まるで宙に浮いているようでした。また雷岩を登っている時は動いていて暑かったですが、雷岩を登り切ると季節の寒さと岩肌が相まって今までにないほど寒くなったのも印象的でした。福ちゃん荘でのテント泊は、自分にとって初めてのことばかりでしたが、初めてにしては大きい失敗もなく乗り切る事ができました。特に印象に残ったのはカレーの食べ方のコツです。テント泊では自然を汚すことになるので、皿を洗った水や食べかすを捨てる事ができません。そこで皿についた汚れを最小限にするために、カレーのルーはご飯に少しずつかける事で、洗う手間を最小限にするということを初めて知りました。 テント泊では、1泊ならではの綺麗な景色とも出会いました。特に、朝日が創り出す絶景を見る事ができるのは、テント泊に限らず一泊することの利点だと思いました。
2日目は福ちゃん荘を出発し、大菩薩峠から小金沢山、牛の奥雁ヶ腹摺山を通ってバス停に行き帰りました。2日目の景色の綺麗さは、個人的には1日目のそれとは違いました。特に印象深かったのは、小金沢山に向かうまでの丘でした。その丘は視界を塞いでしまう木が全くなく、なだらかな斜面の上の雑草が朝日に照らされて黄金色に光っているように見え、その間を縫うように斜面中に獣道のような登山道が張り巡らされていました。また朝の冷たさで地面が霜焼けになり、一歩踏み締めるたびにザクザクいうのも新しい経験でした。小金沢山をこえ、牛奥ノ雁ケ腹摺山に行こうとした時、私は今回の登山2回目の失敗をしました。小金沢山から牛奥ノ雁ケ腹摺山にいく道は、自然が豊かで所々で木が倒れておりその木に苔が蒸していて、日光に照らされて空中の木の粉のようなものがまっていました。これが2日目の失敗でした。実はこの時わたしが木の粉だと思っていたのは小さな雪で、私は雪が降ってくる前兆を見逃してしまっていたのです。さらにこの日の朝大菩薩峠にいた時、アルプス側の山にかかっていた雲がこっちに近づいてきていたことも見逃してしまいました。登山の時、空や周りをよく見る事がどれほど重要か再確認しました。今回の登山は全体を通して、初めてのことばかりな登山でした。
高1F組 タカ
吐く息が白を通り越して、まるで個体になるのではないかと思うほどの寒気。2日目の早朝、まだ薄暗い中を出発してすぐのことです。前方の暗がりに、キラリと光る二つの目を見つけた時、私の心臓は文字通り「跳ね上がった」と表現するのが最も正確でしょう。クマだ!…と。しかし、緊張が最高潮に達した一瞬の後、その光は優雅な曲線を描いて森の奥へ消えていきました。事実、これはクマではなく鹿でした。張り詰めた糸が切れた安堵と共に、予期せぬ事態が発生するのではという緊張が増しました。
今回の1泊2日のテント泊山行は、私にとって多くの「気づき」を促す、非常に密度濃いものでした。まず特筆すべきは、その圧倒的な寒さです。風が吹いていたわけでもないのに、11月の高所の夜は、想像を絶する冷え込みでした。夜間の放射冷却によるものだろうか。朝、行動食として持ってきたパンがカチカチに凍っていたこと、そしてテントから出た瞬間に目にした、地面の土や植物すべてを覆い尽くす霜には、自然の厳しさを痛感させられました。しかし同時に、その厳しい環境が織りなす造形美には息を飲みました。精緻な結晶構造を見せつける霜柱の群生は趣深く、大菩薩湖の水面から立ち上るもやは、まるで水墨画のような神秘的な風情を醸し出していました。寒さは、美しい景色だけでなく、私たち人間の行動特性をも浮き彫りにします。朝、テント内で朝食をとり、即座に撤収作業に移る。この一連の流れにおいて、寒さで思うように動かない指先と、のんびりした私自身の生来の気質が相まって、行動が遅れがちになってしまったことは、明確な反省点です。登山という非日常的な環境下では、日常では許容される個人のペースが、部員全体の遅れ、ひいてはリスクの増大に直結します。平時では見えにくい人間の本質的な行動特性が、極限状態に近いほど露わになる。このことを肌で感じました。 この「行動」と「ペース配分」に関する考察は、今回の山行全体を通じた重要なテーマでした。1日目、他の部員が先頭を務めた際、ペース配分が適切でなかったとして注意を受ける場面がありました。そして2日目、今度は私が先頭になりました。1日目の学びを踏まえ、私は自分のペースで登るのではなく、部員や顧問の先生方の表情、息遣い、足取りを常に意識し、全体の最適なペース配分を探るよう努めました。これは、単に体力があるかないかの問題ではなく、集団全体を一つのシステムとして捉え、そのパフォーマンスを最大化するための「俯瞰的視点」と「調整能力」が問われる作業です。1日目の先頭の人も私も、集団登山の速度制御の重要性を高橋先生から指摘されました。また、私が普段から声が小さく、意図が周囲に伝わりにくいという弱点も、こうした集団行動においては明確なマイナス要因となります。的確な状況伝達は、登山の円滑な行動と安全管理の第一歩であり、強く意識して改善すべき点です。
今回の山行では、私の知的好奇心もかなり刺激されました。雷岩から大菩薩峠へと続く稜線は、まさに絶景でした。遠くには雪雲が停滞し続ける南アルプスや雄大な富士山、そして眼下には、植物が生い茂る部分と、そうでない部分が織りなす独特の景観が広がっていました。『なぜ、山の木々は部分部分で種類が偏り、あるいは全く生えていないムラがあるのか』 この純粋な疑問は、地質学や気候学、土壌学といった地理学的な知識の必要性を私に痛感させました。ただ「絶景だな…」で終わらせず、その景観が成立する論理的な背景にまで思考を巡らせること。それは登山を、より深く自然を理解するための知的な探求へと高めてくれるように感じました。いわゆる、本校が最も重視している創発です。もちろん、知的好奇心とは別に、登山における論理的思考力と危険の先読みは、文字通り生死を分ける重要な能力です。下山時、後半部で感じた「熊が出そうな雰囲気」という直感や、2日目の朝に一瞬降った、雪とも気づかなかった細かな氷片。これら五感で得た微細な情報を、自らの持つ知識と経験で解析し、次の行動に反映させること。油断せず、計画を正確に実行し、常に主体性を持って状況を判断する。体力はもちろんですが、それ以上に「教養」と「論理的思考力」こそが、登山者に求められる必須の能力なのだと、凍てつく大菩薩の稜線で私は改めて確信しました。鹿に驚いたあの心臓の鳴り響く音は、私の五感を研い澄ませるための、山からの最初の警鐘だったのかもしれません。





