会津若松 鶴ヶ城を散策 磐越西線 快速あがのに乗って新潟へ 2014年4月2日(水)
東横イン…会津若松駅―(まちなか周遊バス)―鶴ヶ城・散策…会津若松駅―(磐越西線・快速あがの)―五泉駅
合宿二日目の午前は、ホテルからまちなか周遊バスに乗り、若松城跡へ行きました。
鶴ヶ城にも入り、展示物を見学しながら会津戊辰戦争についても学びました。八重桜はまだ咲いていませんでしたが、天守閣からの眺めはたいへん良いものでした。
鶴ヶ城は、至徳元年(1384)葦名直盛がはじめて館を築き、改修を経て数多くの戦国大名が治めました。戊辰の戦役で新政府軍の猛攻を受けましたが、1か月籠城を続け、難攻不落の名城といわれました。
1874年、明治新政府により石垣だけを残して取り壊されました。
1965年に幕末の姿であった5層の天守閣に復元されました。2001年には南走長屋と干飯櫓が復元、2011年には赤瓦葺替修繕工事が完了し、幕末の鶴ヶ城の姿になりました。
江戸時代の会津。藩主の居間を再現。天守閣内は博物館として貴重な資料を展示公開されています。また 城の周りに広がる公園は石垣や桜が美しく、市民にも人気の高いスポットとなっています。
南走長屋は、表門(鉄門)から続いていて、帯郭と本丸を隔てる重要な位置にあります。現在ある天守閣から表門をつなぐ走長屋とともに表門を守り、帯郭から本丸への敵の侵入を防ぐ要となっていたと考えられています。
白虎隊の最期の地、飯盛山や会津磐梯山、会津城下町が見渡せました。
今日は、鶴ヶ城や会津の町でテレビの撮影が行われていました。往年のスター、俳優の草刈正雄さんがいましたが、部員たちは知らないようでした。
若松城跡を散策してから、会津若松駅に戻りました。
会津若松駅前にある蒸気機関車C57の動輪です。現在、C57は、磐越西線、新潟駅、会津若松駅間を走る「ばんえる物語号」を牽引しています。
磐越西線快速あがのに乗り、新潟を目指しました。
阿賀野川の渓流の景色を眺めながら走って行きました。
途中、津川駅で旧国鉄塗色の気動車キハ40‐583と交換しました。部員たちが、喜んで撮影しました。