大阪の鉄道ターミナル駅を散策 2005年8月11日(木)

京阪淀屋橋駅―(御堂筋線)―梅田駅…阪急梅田駅…JR大阪駅


 


 京阪電気鉄道の淀屋橋を見学した後、阪急電鉄の梅田駅に来ました。阪急梅田駅は、1910(明治43)年に箕面有馬電気軌道によって開業した駅です。このときは東海道本線の南側、現在の阪急百貨店の場所にある地上駅でした。1959年に十三駅と梅田駅間が3複線となり、天神橋駅(現在の天神橋筋六丁目駅)発着となっていた阪急京都線の優等列車が、梅田駅に乗り入れるようになりました。1966年から1973年にかけて、阪急電車の乗客の増加と長編成化に対応するために、東海道本線の北側への移転し、高架駅となりました。阪急電鉄の創始者である小林一三氏が、欧州のターミナル駅を理想としていましたので、阪急梅田駅が「ターミナル」として全ての路線の基点となりました。

 


 現在阪急電鉄の梅田駅は、10面9線の頭端式ホームからなる高架駅です。ホームは、阪急ターミナルビルの3階にあります。1〜3号線が京都線4〜6号線が宝塚線、7〜9号線が神戸線のホームとなっています。1フロアの駅としては、床面積と線路数がJRを除き日本最大です。

 


 「HANA PLUS」のヘッドマークをつけた阪急宝塚線急行電車です。「HANA PLUS」は、阪急・京阪・能勢電鉄で先行的に導入された非接触式ICカード・PiTaPaのことです。阪急では「HANA PLUS」と呼ばれることになり、それをPRするために一部の編成でヘッドマークに取り付けられました。

 


 阪急京都線の特急6300系です。1975年から1978年までに、2800系の置き換えとして、当時の標準的な車両であった5300系の足回りを元に8両編成8本が製造されました。車体は扉を両端に寄せ片側2扉とし、側窓を2800系と同様の2連式の一段下降窓にし、特急車らしい車体となりました。車体寸法が阪急電鉄の中では最大となり、車両限界の異なる神宝線大阪市営地下鉄堺筋線に入線することが出来ません。

 


 阪急宝塚線の8000系「日生エクスプレス」です。8000は、阪急電鉄が1988年から製造した、神戸線宝塚線向けの通勤形電車です。阪急電鉄の創立80周年を記念して製造されました。2000年代前半までは阪急電鉄の看板車両でした。6300系に入れかわる形で阪急の広報誌などに掲載されていました。日生エクスプレスとは、阪急電鉄梅田駅能勢電鉄日生中央駅間を、平日のラッシュ時間帯に運転されている直通の特急列車の愛称です。

 


 阪急神戸線の3000系急行電車です。3000系は、1964年に登場した急電鉄通勤形車両です。1960年代の阪急神戸は、神戸高速鉄道東西線山陽電気鉄道本線に乗り入れることになり、架線電圧が600Vから1500Vへの昇圧されることになりました。乗り入れに備え、両方の電圧に無改造で対応できる「複電圧車」である2021系が製造されていましたが、2021系は機器の構造が複雑で保守が難しいでした。そこで、新たに単純な抵抗制御を搭載した3000系が設計されました。2021系に代わって1964年から製造が始まり、1969年までに114両が製造されました。

 


 私達は、阪急電鉄の駅がとても大きく感じました。古い電車も新しい電車も、大変奇麗に磨かれていました。3つの路線の電車が引っ切り無しに行き来しているのを見ているとあきませんでした。阪急電車の梅田駅を見学してから、今度はJR西日本の大阪駅へ行きました。