銚子電鉄 仲ノ町車庫 外川漁港 犬吠埼  2001年8月16日()

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今年度の夏期合宿では、銚子へ出向き、銚子電鉄を見学しました。銚子駅より銚子電鉄に乗り、真っ先に仲ノ町車庫を見学し、往年の車両をどんどん撮影しました。



銚子電気鉄道の本社も仲ノ町駅の構内にあります。千葉県内に鉄道路線を有する鉄道会社ですが、副業の銚子電鉄ブランドによる食品事業に力を入れています。主力製品としてぬれ煎餅の製造・販売を行っています。



デハ300形です。1930年に。新潟鐵工所(現在の新潟トランシス)で製造されました。元鶴見臨海鉄道のモハ115で、同鉄道の国有化に伴い日本国有鉄道モハ115となりました。1951年より銚子電気鉄道に導入されました。銚子電鉄に移籍してから、トロリーポール、ピューゲルと集電装置が変更されました。1990年に、パンタグラフに戻りました。



デハ700形です。1928年に川崎造船所で製造されました。近江鉄道の木造両運転台の電動貨車デユワ101、102として運用されました。1941年に日本鉄道自動車で鋼体化・旅客車化が行われ、近江鉄道モハ51、52という両運転台の車両となりました。1978年に廃車となり、2両とも銚子電鉄へ譲渡されました。



これにあわせて再び両運転台化されました。外川方の前面が3枚窓、銚子方の前面が2枚窓となりました。




デハ800形です。1950年に伊予鉄道に導入された3扉車両です。1985年に引退し、うち1両のモハ105が銚子電鉄に譲渡されました。デハ801として現在も運用されています。



デハ1000形です。1959年に営団地下鉄(現、東京メトロ)が銀座線初の片運転台式の車両として導入されました。1996年に2両が運転台車に改造、パンタグラフを取り付けられ銚子電気鉄道へ譲渡されました。



101です。国鉄ワム80000形貨車を国鉄大宮工場新小岩車両センターで1985年に改造したトロッコ客車です。銚子を舞台にしたNHKの連続テレビ小説「澪つくし」にちなみ「澪つくし号」の愛称が付けられています。



記号の「ユ」は「遊覧」客車のユを示します。番号の「101」はその「澪つくし」に頻繁に登場したデハ101からつけられました。19858月より休日や夏休み時期を中心に、デハ801・デハ1001・デハ1002のいずれかによって牽引されています。




私たちは、澪つくし号に乗って、外川駅へ行きました。外川駅で電車の交換を撮影した後、外川漁港を散策しました。



外川漁港は、千葉県銚子市にある第2種漁港です。銚子市の南部、水郷筑波国定公園の区域内にあり東端は犬吠埼、南側の海岸線は屏風ヶ浦から九十九里浜に続いています。



私たちは、外川漁港を散策した後、犬吠埼へ行きました。



犬吠埼は関東平野の最東端、太平洋に突出する岬です。千葉県銚子市の利根川の河口に近くにあり、岬には「世界灯台100選」にも選ばれた犬吠埼灯台が立っています。犬吠埼の一帯は、水郷筑波国定公園に含まれる景勝地で、高浜虚子、国木田独歩、佐藤春夫などの歌碑や詩碑が立っています。



私たちは、沿岸の遊歩道を歩きました。沿岸は、北側には古くから「関東舞子」と呼び親しまれ、日本の渚百選にも選ばれた君ヶ浜があります富士山のような高地や離島を除けば、日本国内で最も早い初日の出を拝むことができる場所です。



犬吠埼を散策した後、本日予約したペンションへ行きました。ペンションが、すごく豪華だったのでびっくりしました。