なんといっても京都市の仁丹町名看板は全国の中で残存枚数やその歴史において他のところを圧倒しています。
1980年代ごろには1,000枚以上、2000年代でも700枚以上確認された方がいます。
 
 
探索の初期は京都のガイドブックよりランダムに訪れましたが、その魅力に取り憑かれ京都の詳細地図を購入し
幸いにも単身赴任で時間はタップリありましたので、まず東西の通りそれから南北の通りと時間の許す限り歩きました。
 4年目を過ぎるあたりからほぼ主な通りは歩き尽くし後の1年間は仁丹町名看板のサイト等より
未確認(漏れ)の物を見つけては探しに行きました。
 結局、大阪での単身赴任中の5年間で、最初に訪れた
2005年5月28日から最後に訪れた2010年1月23日までに
合計47回京都を訪れました。
 
 
<その後の確認履歴>
 ・2011年7月31日→上京区:14枚、下京区:12枚=26枚
 ・2012年3月25日→
伏見区: 1枚、下京区:12枚=13枚
 ・2012年6月05日→上京区:22枚、下京区:34枚=56枚

 ・2013年3月31日→上京区:21枚

◆仁丹町名看板に表示された区ごとの確認枚数は以下のとうりです。
 
区名
(詳細リンク先)
確認枚数 区の設立
上京区へ 343 1879年(明治12年)区制により
下京区へ 281 1879年(明治12年)区制により
1910年(明治42年)仁丹が京都市内に町名表示板を設置開始
左京区へ 12 1929年(昭和4年)上京区より
東山区へ 1929年(昭和4年)下京区より
中京区 未確認
1929年(昭和4年)下京区より
右京区へ 1931年(昭和6年)葛野郡より
伏見区へ 16 1931年(昭和6年)伏見市などから
合計 657
 注)同じ町名の看板は発見しても記録しませんでしたので実際はもう少し発見枚数は多いです。

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<珍しい木製の仁丹町名看板>

大阪市

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