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まえがき

日本には美しい伝統と風景という財産がある。 時を経て人は移りゆき、場を得てものはさまざまな形をとる。 現在に生きて常に見すえるべきもの、それは自らの所産としての過去と、これから作りゆく未来の姿である。

食べものは永遠 --- いや --- 永遠であって欲しい。 未来の食文化について考えるとき、あらためて過去と、そして現在に脈々と生き続ける生活の知恵を発見する。 食べものと、それにまつわるさまざまな文化を語るにあたり、日本が歴史の中に培ってきた貴重な体験を通していくつかの示唆を探ってみたい。



I. 日本は古来より情報化社会

日本は古来より情報化社会であった。 ひろがる海、せまる山、その狭間にひろがる居住区域、そしてそれらの複雑な地形が織りなす風景 ----。と、人は日々の暮らしの中に変化に富む風景を注意深く見つめてきた。

海の幸は数え切れぬほどの多種にわたり、山の幸は四季折々の種類に富んでいる。 また、暮らしを支える風景は、和いだ海、荒れた海、そして静かな山、吹雪く山と日毎に変わり、4つの季節がさらなる変化をつくりだす。

日本人の生活文化は、こうした目まぐるしい大自然の変化に包まれながら育まれてきた。 今日あたらめて情報化社会と言われるまでもなく、我々は情報とともに生き続けてきたのである。

日々の恵みは、ときには豊かにもたらされ、あるいは突然身をひそめとさまざまに変化する。 いつも明日のことは分からない。では人はそこからいったいどのようにして変わらぬ恵みを享受しようというのか?

食品を得る幸運。それは持ち得る全ての知恵を傾けてこそ得られるもの。「違いのわかる男」という言葉がある。これはその的確な判断能力を称賛する意味で使われてきた。

さまざまな風景に明日の変化を予兆し判別できてこそ自然の恵みを享受できることを知ったとき、人は皆その能力を身に付けることで自然の成果を確保したいと渇望する。情報化社会に生きるには時々刻々に対応するノウハウを獲得することが望まれる。

何世紀もかけて日本は農業社会の価値観の上に文明社会と文化を築いてきた。激しく移ろう環境下での農業の成功は、一瞬のタイミングをつかみ機敏に生かす術にかかっている。

勤勉であることが命を繋ぎ、隣人と同じことを同じ時にするという同調の精神を育くんだ。 隣人と行動を違えてこそ獲物が捕れるという狩猟の民とは全く逆の知恵である。 皆が一斉に同じことをする。その一見単純そうな行為の中にこそ生きるための知恵が秘められている。長い年月を通してこのような作法が定着し、日本のライフスタイルを形成した。



食糧確保を願う知恵

ところで生命と繁栄は食料にねざしている。 変化の下に編み出された日本人の生きる知恵、それは3つの概念に集約される。

一つは、もたらされる日々の恵みを、空間を超え時間を超えて未来に延ばそうとする工夫。もう一つは、毎年のように繰り返される変化を季節で区切ることにより、確実に節目を迎えながら暮らしを運ぼうとする工夫。 そして三つめは、一年を無事に生きながらえさせた天の恵みに感謝し、次なる年の恵みの約束を取り付けようとする工夫だ。

三つの工夫はさまざまな形で取り入れられたが、とりわけ食べ物を包む行為に大きく生かされた。 偉大なる自然。そして人が自然の力にはるかに翻弄されやすかった時代。 食料の保証は、確かな暮らしを約束し、人々に精神の安らぎを与えるという、まさに生きる糧となった。





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