コラム
〜 色々なテーマを語ります 〜   第17回


英語が喋れたらこうなっていたという実例です。
「晩餐会と英語とシルビア王妃」
2009/1/12


ノーベル賞受賞者を4人(うち一人は米国籍)をも輩出したのが昨年の日本の最後のお祝い事だったですね。
受賞するのが決まってから最も話題を集めたのは、その朴とつとした人柄「職人気質」という言葉がぴったりの益川教授です。 
「英語が苦手」「海外に行った経験なし」よって「パスポートもない」という昨今の日本の生活環境では希少価値の高い数々のエピソードの持ち主です。

益川氏は堂々と「英語ができなくても物理はできる」とし、「英語による講演を求められたら?」と記者から質問を受けると、冗談混じりに「(ノーベル賞を)返す」と答えたほどでした。
この発言やニュースは、「英語コンプレックス」に悩まされている方々にとっては、「そ〜ら見た事か」とスッキリ胸のつかえが下りたような出来事だったかも知れません。

授賞式では王立科学アカデミーの代表が、日本語で業績と賛辞を述べている姿がTVで放映されました。この方は大変な時間と労力をかけて日本語の発音・リズムなどを練習したに違いありません。素晴らしい演出でしたしそれ以上にその傑出した努力に惨事と大きな拍手を送ります。
さて授賞式も重要ですが、私には式後の晩餐会に興味があります。
その規模、その事前準備の周到さ(晩餐会の準備を特集した番組を見て驚いた)は凄いものです。
「夕飯」はよく採りますが「晩餐」と呼べるようなものに我々は一生に一度遭遇するかしないかですね。ましてやスウェーデン国王や王妃が同席する「ノーベル賞晩餐会」は夢想だにしないことです。英語がしゃべれない益川教授にはシルビア王妃の横に座ることは残念ながらなかったようです。英語が出来る小林教授が王妃の右隣にすわっていました。

さて、授賞式後の益川氏の英語に関する考えは大いに変わりました。
「異例だ」と言われてしまった日本語での記念講演を終え、「世界の人に情報を発信するつもりなら、英語が話せなければ科学者としては半人前」「科学者ですから、世界中の人間とコミュニケートしないと。英語がしゃべれたら、できたけど」と発言したのを皆さんも新聞やTVでお聞きになったかも知れません。
そして英語がしゃべれたら晩餐会でもシルビア王妃の横に座りスウェーデンの事や日本の事、過去に行った印象深い旅行や場所の話に花が咲き、自身の実験や発見の秘話を話せていたに違いありません。話が盛り上がって固い握手があったかも知れません。
もし授賞式でのアカデミーの代表がやったあの日本語の様に、益川氏が「シルビア王妃とスウェーデン語で話そう」と決意し、練習し、仮にそのスウェーデン語で書かれた練習メモを読みながらでも「スウェーデンは素晴らしいですね」と自分の言葉と表現で自分の口を使って伝えていたら日本とスウェーデンの両国関係は今後100年固いきずなで結ばれたでしょう!

言葉は、しょせん話を伝達する道具です。
でも道具の使い方を知れば我々がサルから進化したように随分と世界は広がるものです。
さてそんな思いをはせながら、益川教授に関する一般紙のウェブ版記事を2〜3集めましたのでご参考にどうぞ!


*     *     *



「小林先生、益川先生、下村先生…」日本語で賛辞
 【ストックホルム=山田哲朗、阿利明美】2008年のノーベル賞授賞式の最後を飾る晩さん会が、10日午後7時(日本時間11日午前3時)から、ストックホルム市庁舎で行われた。物理学賞の小林誠・日本学術振興会理事(64)、益川敏英・京都産業大教授(68)、化学賞の下村脩・米ボストン大名誉教授(80)の3人は、主賓として、スウェーデンのカール16世グスタフ国王、シルビア王妃ら王族の近隣に着席。1300人の出席者と共に、ディナーを楽しんだ。今回の授賞式は、王立科学アカデミーの代表が、日本語で業績と賛辞を述べるなど印象的な式となった。物理学賞の2人について「小林先生と益川先生は南部先生とともに素粒子物理学に不可欠な画期的な業績をあげた」と評価。下村さんに対しては、「私は下村先生のご研究について勉強し、尊敬の念を抱きました。勉強させていただけたことを光栄に思います」と語りかけた。
(2008年12月11日13時04分 読売新聞)


ノーベル賞:益川さん「英語は不可能」 受賞講演、異例の日本語で
ノーベル物理学賞受賞が決まった益川敏英・京都産業大教授(68)が、8日にスウェーデン・ストックホルムである受賞講演を、全編日本語で話すことになった。日本人受賞者の受賞講演は最近はいずれも英語で、日本語は異例。共同受賞する小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授(64)も英語の予定だ。益川さんは、小林さんらと共に、10日にストックホルムで授賞式に臨む。これに先立ち8日、ストックホルム大で約40分間の受賞講演をし、日本語で話す。益川さんは英語が大の苦手で、賞を受けた論文も益川さんの日本語を小林さんが英訳した。国際学会にも出席を断り続け、海外渡航は授賞式が初めて。京産大によると益川さんは先週、打ち合わせで「英語の講演は不可能で話にならない」と話したという。
【野田武】毎日新聞 2008年12月2日 東京夕刊


「おもてなしの心に感謝」ノーベル賞・益川教授が寄稿
今年のノーベル物理学賞を受賞した京都産業大教授の益川敏英さん(68)が、スウェーデン・ストックホルムでの授賞式について、朝日新聞に寄稿した。英語が苦手で海外渡航は初めて。渡航前は「来いというから行くだけ」と語った益川さんだが、「日本にもあったおもてなしの心が強く生きていると感じた」とスウェーデンとノーベル財団への感謝の気持ちを率直に表している。
(中略)  今回、私が英語が話せないということが、かなり有名になってしまった。だが、英語はできるに越したことはない。実際、受賞者として晩餐会などに招かれた際にも、周囲の方々とうまく会話が出来ないと、いすに座っていても、お尻が何かこそばゆいような感じがした。
 私の場合は、たまたま物理という世界があって、結果的にその世界のなかでなんとか生き残れたということに過ぎない。私がいうのも変に思われるかもしれないが、英語はできるに越したことはない。
 ただ、私が英語ができないということについても財団側はまたよくご存じで、私に日本語のできるアテンダントをつけて下さった。日本のスウェーデン大使館員で、奥様は日本人だった。そのご夫婦には大変、お世話になった。
 そういったところにもまた、おもてなしの深い心を感じた。ノーベル財団に、改めて深い感謝の念を申し上げたいと思う。
 私にとってのノーベル賞ウイークとは、日本ではもう失われてしまった、こういったおもてなしの心が存在をしていた一週間であった。
(朝日新聞のウェブ版12月17日)

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