世の中何かおかしいと感じませんか?(H21.6.24一部改訂)
最近、グローバリゼーションやグローバル・スタンダード(世界標準)、また、自由競争に基づく市場経済などが世の中の新しい方向として語られています。しかし、その結果として出現した制限のない自由化と金融資本化の流れが社会を揺さぶり始めていることも確かです。金融恐慌の引き金となったサブプライムローン問題は、何でも金融資産化するという自由化の流れの一つといえます。われわれの生活する社会でも、格差社会や勝ち組、負け組という言葉がメディアに溢れ、お金に絡む話題の多いことに驚かされます。新聞の社会面には働いても働いても生活に追われるワーキング・プアと呼ばれる人達やマンガ喫茶難民の話が増え、街にはコンビニ強盗や引ったくりが横行し、振り込め詐欺は巧妙化するなど暗い話題ばかりです。一方、政治・行政の世界では、不透明な政治資金処理、公務員の天下りや渡り、消えた年金問題、裏金疑惑、さらに談合、汚職などのニュースが目白押しです。どうも、この世はお金をめぐって「品格」のない無責任社会に変貌しつつあるかのようです。
さらに、格差社会の広がりは国全体に波及し、豊かな都会への人口集中が起きる一方、地方は老齢化が進み、破産寸前の地方自治体が増えています。しかし、国は効果的な対策を出さず、困窮する田舎の行政も自らの方向を見極めることなく、都会と同じ経済成長を望んでは傷を広げているように見えます。
その一方で、地球環境はどんどんおかしくなっているようです。日本が冷夏のとき、ヨーロッパは酷暑になったり、日本が暖冬で雪がないのに北米を寒波が襲ったりしています。また、ハリケーン、サイクロンや竜巻が多発したり、大規模な山火事の発生のニュースも多く耳にするようになったと思いませんか? 身近なところでも、最近は雨が降れば豪雨、雪が降れば豪雪というケースが増え、都会の ヒートアイランド化も進んだようで、気象関連の変化は年々激しくなっている印象です。また、身近な環境を眺めても、明らかに豊かな自然は減り、農地は簡単に転用されて商業地になり、荒廃した山は保水力を失って地滑りや陥没などが増えています。さらに、森の食料を失ったいのしし、猿、鹿、熊などの動物が里に下りてきて農作物を荒らす問題が各地で頻発しています。
しかし、世の中は核戦争から見た地球終末時計が人類滅亡まであと 5分と報じ、地球環境に関して環境危機時計が残り 3時間を切ったことを報じても、まったく無反応で、動ずる気配はなく、ましてやその原因が膨大な化石燃料消費によることを一向に気にしていません。その証拠に、政府はせっかく取り決めた炭酸ガス排出量の削減目標をつぎつぎと先送りする対策に終始してきました。一方、国民は炭酸ガスの排出量を低減する技術が開発されたという報道を聞くと、すべてが解決したかのように安心し、エコ製品が売り出されれば、今使っているものを捨てて買いに走り、石油、天然ガスの枯渇が騒がれれば、食糧への影響には頓着せず雪崩を打ってバイオ燃料に向かい、休日の高速料金が値下げになれば、排出する炭酸ガスのことは考えずに車で走りまくる有様です。
この様な状況で、われわれが望んでいる?豊かで安全で持続的な社会など本当に実現できるのでしょうか?
複雑に絡む現代社会の課題も根っこは1つです
現在、人間社会のかかえる問題については多くの意見や対策が公表されています。よく知られているものに電力中央研究所を中心とする「トリレンマ」の考え方があります。

さらに、「トリレンマ」の克服には、発想、価値観を変えて、3つの目標(項目)に対してバランスを保った持続可能な地球文明に帰ることが必要だと主張しています。 次の図は「トリレンマ」の構造を示したものですが、これをもとに問題の本質が何なのか考えてみます。
3つの目標のうち、「環境の保全」が必要となるのは人間の経済活動による自然破壊が原因であることは疑いのない事実です。つぎの「経済の発展」は「豊かな社会・豊かな人間生活」を目指す活動であり、現在の社会では大量生産・大量消費・大量廃棄によって支えられています。最後の「資源・エネルギーの確保」は前二者を実現するために必要なものです。すなわち、経済の発展に伴う大量生産・大量消費・大量廃棄は多量の資源・エネルギー消費を伴い、このエネルギー消費によって環境破壊が加速されているという繋がりになっています。しかも、悪化した環境の回復・保全には、多量のエネルギーが必要となる事実が隠されています。
結局、トリレンマは経済発展により人類が「豊かさ」を追求した結果の請求書であり、大切なことは「豊かさ」を追求するすべての過程が、「エネルギー」に支えられていることです。すなわち、「トリレンマ」の本質は、「エネルギー問題」だということができます。
次の図は、3つの互いに矛盾する目標に対して関連する国や地域を具体的に考え、その機能を書き加え、さらに、この3つの項目の間を移動するエネルギー・資源、もの(財・商品)、お金の流れを示したものです。

図から”お金”が流入するのは、まず、資源国であり、ついで国際競争に勝った経済成長国(とくに、都市部)といえます。他方、自然環境を守るべき低開発国や経済成長国でも地方は、外国や都市からエネルギー、もの(商品)がおおむね一方的に流入し、対価としてお金(あるいは資源)が都市や経済成長国に吸い上げられる構図になっています。これでは自然環境を守る力は失われる一方です。
この一極集中へ向かう競争社会への流れは、金融資本主義と市場主義経済を基盤としたグローバリズムの流れによって加速されているように思われます。さらに、経済成長している都市でも”お金”の分配は一様ではなく、ここでも内部には一極集中化の傾向が見られ、格差社会を生み出しています。しかも、われわれは、さらなる豊かな生活を望んで、ひたすら経済成長を目指しているといえます。
現代社会の課題を解決する基本は”エネルギーの視点”です
「トリレンマ」の議論から、現代社会の課題は、格差を生む社会構造の問題もありますが、大筋では、すべて”エネルギー”とかかわりを持つことが理解できたと思います。しかし、われわれの周りは「エネルギー」ではなく、ひたすら”お金”を追いかけているように見えます。これが格差を生む原因でもあります。本当にお金だけあれば、”豊かさ”は手に入るものなのでしょうか?
たとえば、わが国はカロリーベースで約 60%の食糧を外国から輸入していますが、その外国が異常気象などで不作になったり、作物のバイオフューエルへの転換を進めたりして輸入食糧が不足するとどうでしょうか? まず、食糧の価格は高騰し、最後は恐らく大金を積んでも食糧が手に入らなくなるでしょう。しかし、日本の場合は、減反政策などで多くの田畑は転用されたり、荒れた休耕地になっています。もし、必要な面積の田畑が確保されていたとしても、再び、米や麦を作るには多くのエネルギーと時間が必要です。このように、今後、食糧やエネルギー環境が危機的状況に近づいたとき(実はかなり近づいていると思われますが?)、お金だけで豊かな生活を維持するのはかなり難しくなってくると思われます。さらに、金融資本主義の社会では投機マネーが利潤を求めて、食料・エネルギー分野に流れ、問題をより極端に、かつ深刻にしているのは、ご存知の通りです。
確かに、われわれの豊かな生活は物質文明によって支えられています。その基本となる”もの(商品・財)”は素材とエネルギーを使って作られています。素材もエネルギーを使わなければ入手できませんから、とにかくエネルギーがなければ”もの(商品・財)”はできません。一方、お金は流通のための手段ですから世界に”もの”が溢れているときには有効です。しかし、食糧危機の例のように、ひとたび”もの”が不足すると、その価値を失います。すなわち、常に、全ての”もの”がお金で買えると考えるのは錯覚で、豊かな生活を維持するには、お金よりエネルギーを(身近に)確保すべきなのです。
しかし、われわれはこの大切なエネルギーを空気のように浪費するばかりか、自らの環境を破壊するという大きな過ちを犯しているように見えます。
このような観点から、本稿ではエネルギーと豊かさの関係に着目して、求める答えを探してみたいと思います。
もちろん、豊かさの内容について考え直す時期に来ていることは確かなようです。新しい”豊かさ”はエネルギー多消費型ではないものになると思われます。最近、話題になっているスローライフなどがその一つでしょうか?
まず、地球環境破壊の現状について見てみましょう。