さようならマレーシア・ただいま日本編

マレーシアでの赴任生活も1年で急に終了となる事になりました。
がおくんの会社っていつも突然なんですよね。
なるようになれって性格の私ですが対応するのがなかなか大変です。フウσ(~o~;)
最後のほうはもうばたばたと日本に戻ってきてしまい、日記の更新もすっかりストップしていました。
そこで、その間の日記をここに一挙公開です。暇な時にでも読んでくだされm(_ _)m

1時間後には売り物?    13/Sep/2001 (Thu)

さてさて、お引越しを2週間後に控えて日本に持って帰れない物をいろいろな方に譲ったり、無理矢理貰ってもらったりし始めました。
で、もって帰れない物の最たる物と言えば、そう、車です。
1ヶ月ほど前にやっと手に入れた車なのに。ぐすん。
1ヶ月ほど前の出来事。
がおくんが、車を買うことを決定して手続きをすることになりました。
手続きはいろいろと大変なので、会社のローカルの人に手伝ってもらってお金を払い込んで、書類にサインをして、手続き終了。
これで晴れて車はがおくんの物、後は車が納品されるのを待つだけとなったのです。
そして、がおくんは安心して平常の午後のお仕事をしていたのです。
そこに上司から電話が…。
「10月から日本勤務になったから。」のお言葉。
え?え?え?
そんな訳で、我が家の車は1時間後には売り物になってしまったのです。
その後車がの納品され、車を載るたびに「来れは売り物だから大切に乗ってね。」っと私は言いつづけているのです。
ちなみに、こんな急な事態なので車は会社で買い取ってくれる事になりました。
これだけが、救いですね。

 

走り屋さんの正体    14/Sep/2001 (Fri)

今日も車のお話。我が家の車の前のオーナーは走りやさんだったらしい、車にスカート付いていたり、車体が下がっていたり、そしてそのオーナーは日本人でしかも奥さん様の車で、その奥さんの趣味だと、ディーラーの人は言っていた。
私達の中でマレーシアでまで車を改造して乗る走りやさんってどんな人?っと想像が膨らんでいた。
つい先日私達のお友達家族とと夕食を食べに車で出かけようとした所、そのお友達家族が、
「その車って家のお向かいさんの家の車だったじゃない?形はだいぶ変わっているけど。」
「そうそう、同じマンションに住んでいた方で日本に帰っちゃった方が前のオーナーって聞いたけど。そして奥さんの趣味で走りやさん仕様にしていたって。」
「なにそれ〜!違うよ違うよ。
その人が買ったときにはすでに走りやさん仕様になっていて、奥さんは嫌だと言いながら乗っていたんだよ。そして最近お子さんが増えたから車を大きいのに換えただけで今でも、お向かいに住んでいるよ。
え〜〜!そうだったんだ。
私達が想像膨らませていた走りやさんは、なんとごくごく普通のしかも妊婦さんだったのでした。

 

蛍を見に    15/Sep/2001 (sat)
我が家から車で1時間ほどの所に、蛍を見る事ができる川があるとのお話。
船で川に出て川から蛍を眺められるらしい。
ずっと行って見たいと思いながらも行けずにいた。
今行かないともう二度と行けないかもしれない。
そうだ、今日行こう!
地図を持ってlet's GO!
迷いながらもなんとか船着場まで到着。船は4人一組近くに居たカップルが一緒に乗ろうと誘ってくれたので、乗船券をゲットして、日が暮れるまで待つ事に。
船は後ろ船頭さんがキコキコ漕いでくれる、なんともレトロなタイプ。
川に漕ぎ出して少しすると、川の回りの木々がピカピカ光っている。
そう、これが蛍。
日本の蛍よりもっと小さくて木の枝や葉にびっしりついて一緒にピカピカ光っている。
まるでクリスマスツリーのよう。
とっても、とってもきれい。
でもあまりにもきれいに光っているので、もしかして電飾?って疑ってしまうほど。
たまーに飛んでいる蛍がいなければ実は電飾でした。と言われても信じてしまうかも。
なんかロマンティックでないい、私って。
でも、手漕ぎボートの音だけでゆっくりと蛍を見るのはなかなかロマンティックですよ。
皆さんもいかが。

 

ジャックと豆の気のその後    18/Sep/2001 (Tue)
我が家のジャックと豆の木といえば、そう伸びに伸びたお辞儀草。
延び過ぎてどうして良いか解らない状態になってはいるけど、今まで育ててきて愛着があるんだよね。
でも、まさか日本に持って帰れる訳も無く、かといってこんなのを貰ってくれる人も居ない。
でもでも捨てちゃうのはあまりにも可愛そう。
そうだ!!これを貰ってもらうのに最適な人が1人いる。
我が家に来た時に大きくなったお辞儀草を凄いねって見てくれていた、しかも私達の持っている物をいつでも欲しがる人といえば、"かあさん"。
彼女ならきっと喜んでもらってくれるはず。
でも、やっぱりこのままで貰ってもらうのは忍びない。
って事でちょっとおしゃれにしてみることにしました。
針金ハンガーをハード型にして、植木鉢にさしてそれに添って枝を編んで、かわいいハートのお辞儀草の出来あがり。
これできっと母さんも喜んでもらってくれるよね。

 

あわてて教わる    21/Sep/2001(Fri)
私達がマレーシアにいるのも残り少なくなってきた。やりのこしの無いようにいろいろとやっておかないと。
で、今日はお友達のビーズ教室。
ビーズのペンダントヘッドの作り方を教わろうと材料は買ってあったのを今のうちに作ってしまわないと、ただのビーズのままお蔵入りしてしまう。
またもや慌ててやってます。
お友達に教わりながら、小さなビーズをテグスでこまこま繋いでいく。
ウン?以外とこれって大変かも。透明のテグスと半透明な小さなビーズ穴が余り良く見えなかったりして。
私、もしかしてもう老眼?やばいかも。
なんて思いながらもなんとか完成。
日本に帰ったら、もう秋。今年はちょっと無理だけど、来年の夏には活躍しそうです

 

ペルヘンティアン島へ    22/Sep/2001 (Sat)
今日から3日間は、私達のマレーシア最後の大大イベントです。
マレーシアでは、がおくんお仕事忙しくて余りいろいろな事が出来なかったけど、最後にもう一つ思い出を作りたい。
それで、なんとか休みをとって、ペルヘンティアン島という東海岸に浮ぶ小さな島へ行くことにしました。
朝早く起きて飛行機でコタバルという所まで行き、そこから1時間ほどバスに揺られて港まで、そしてぎゅうぎゅう詰めのジェットボートに乗って30分くらいやっとの思いで島到着。
長い道のりだったけど、つくとそこは青い海白い砂浜の楽園。
やっぱり南国のリゾートはこれじゃなきゃ。
さっそく海にくりだす事に。
でも、今までの失敗の経験から日焼け対策はしっかりしましたよ。
浜に出て、海に入るとまだ膝くらいの所でもお魚が沢山いる。色とりどりの熱帯魚。
そして、胸くらいの深さまで行くとそこにはサンゴ礁が広がる。
上を泳いでいると体を擦ってしまうのではと思うくらいの近さで珊瑚礁があり、そこをお魚が泳いでいる。
ウワ〜、クマノミ発見。
よくテレビで見る、クマノミがイソギンチャクの中で戯れている姿を、私は今目の前で見ている。感動。
ただひたすら、海の美しさと、沢山のお魚に感動して旅の1日目は暮れていきました。

 

2人の楽園    23/Sep/2001 (Sun)
今日は近くの島までボートで行くことにしました。
4人以上で運行する予定の船なんだけど、シーズンオフのせいか他のお客さんが来ない。
10分待つ事にしたけど来ない。
どうしよう…。でも、行きたい。
4人分払ったら行ってくれるのかなあ?
話をしたら、4人分払ったら行ってくれるという。
マレーシア最後の思い出。2人で行っちゃええ。
(これが日本だったら値段が高くて出来ないけどね。)
そしてついた所は、美しい砂浜、綺麗な海、いままで見た事が無い所。
しかも誰もいない。まるで私達だけの砂浜のよう。
ちょっと海の中に入れば、恐いくらいの魚の歓迎を受ける。
そして、少し沖まで行くと珊瑚礁が広がる広がる、嬉しくってどんどん泳いで行ったらいつの間にかかなり沖まで来ちゃった。
あれ〜。
あの下を泳いでいるのはサメ?キャーサメがいる。
がおく〜ん、って呼ぼうと思ったけどがおくん遠くにいるしサメもすすっと行っちゃった。
私だけサメ見ちゃったフフフ。
(ちなみにこの辺にいるサメは草食で人は食べないらしいよ。)
そして、またフラフラしていると今度はエイが、"うわ〜エイが。"って思って見とれていたら、またもやがおくん呼べなかった。
ごめんね。私ばっかり貴重な物見ちゃって。
いろいろなお魚を見て、綺麗な珊瑚礁を2人締めして大満足で帰る途中。
ウミガメを見せてくれる事になった。
幾つか船が集まっていいるところで、ここで見れると言われ海に下りるとそこの所をウミガメがのそのそ歩いている。
うわあ、凄い凄いって思っていたら、急に泳ぎ出してかなりのスピードで上昇してくる。みんなは一斉に泳いで追って行くので私も行こうと思ったけど、その前に遊びすぎていてぜんぜん追い付けない状態になってしもうた。ふう、情けな。
南国の海を満喫した後は、コテイジでお昼寝。
なんとも幸せな1日だった。

 

魚、魚、魚    24/Sep/2001 (Mon)
今日は最後の日。
お魚が沢山いる岩場にいって、朝ゴハンの時ギッテきたパンをやることにしました。
ちこっとパンをまくだけで、恐いくらいの沢山のお魚が集まってくる。
私の回りは全てお魚なんて感じになっている。
手に持ったパンからも食べるかなとあげてみると、沢山のお魚がやってきて手まで食べられてしまいそう。
餌はあげたいけどあまり集まってくると恐い。
餌をあげては、逃げるを繰り返して、きゃあきゃあ言いながら、お魚と戯れました。
午後は、家までの長い道のり。
でも、ちょっと無理しても来た甲斐があり、マレーシアの最後の良い思い出が出来ました。

 

いまさらあせっても    26/Sep/2001 (Wed)
週末は美しい海で遊びまくり、現実問題から目を逸らせていたけど、気が付けばお引越しの日が2日後に迫っていました。
最終的なパックは引っ越し屋さんにお任せするとしても、こまごました物はやっぱり自分で整理しないといけないよね。
しかも、私ってなんだかこまごました変な物いっぱい持っているんだよね。
今まで遊んでいたツケがまわって来たみたい。
しかもお昼間はやっぱりお友達と最後だからと出かけてしまっているし、夜な夜なゴソゴソ。
がおくんは会社の送別会やらで2日も続けて夜中の2時に帰ってく来たのでその間、ゴソゴソ、ゴソゴソ荷物の整理。
いつも思うんだよね。もう少し早くやっておけば良かったって。
でも、この性格は一生治らなそうです。

  

お引越し    28/Sep/2001 (Fri)
とうとう今日はお引越しの日。
10時頃には引っ越し業者の人が来るので、朝から最後の準備をして。
昨日までにお別れの挨拶ができなかった"かあさん"の家へ。ご挨拶に。
ちょっとだけのつもりが、お家に上がって家族の写真まで見せてくれる。
私のためにわざわざかあさん家特性のニンジンリンゴジュースまで作って待っててくれた。
かあさんと会えるのもこれで最後かと思うと、名残惜しいです。
日本人のお友達は、いずれは日本に帰ってくるからいつかは会えるような気がするけど、ほかの国の人達はもうたぶん会えないものね。
お別れが辛いです。
でも、お引っ越し屋さんも来てしまうのでおいとまする事に。
その時にかあさん沢山のお土産くれた。うれしい、が、くれた物の中に今まで冷蔵庫に入っていたコチジャンが。
娘さんが間違えてあけてしまったけどまだ使ってないから大丈夫よと言われ。
それはぜんぜん問題無いんだけど、数日なら冷蔵庫に入れてなくても大丈夫だから日本に着いたら冷蔵庫に入れてね。
でも、我が家のスーツケースはとっくに一杯に詰め終わっているし。こんな大きなビンを入れる隙間なんてどこにも無い。
本場のコチジャンはとっても嬉しい。なんとか持って帰ろう思うけど、どうやって持って帰ろう。困ったあ。
やっぱりかあさんは最後までかあさんだった。
初め出会った時は、変わった人だなあ、ちょっと付き合い難いかもとも思ったんだけど、なんとも憎めない性格とやさしさで、私のマレーシア生活も楽しい物になりました。
かあさん、いつまでもそのままでお元気でね。

  

さようならマレーシア    29/Sep/2001 (Sat)
今日はマレーシア最後の日。
昨日ホテルに泊まり、今日は夕方まで町をプラプラ&最後のお買い物をすることに。
でも、まず朝ホテルのプールで泳いじゃいました。
日本に帰ればもう秋、外のプールで泳ぐことも出来ないし、市民プールは混み混みだし。
マレーシア最後のプールと欲張っちゃいました。
KLのど真ん中、プールからの眺めはよく、プールもほとんど貸しきり状態。
気持ち良いはずなんだけど、まだ朝しかもなぜか小雨が降っている。
水がなかなか冷たいんだよね。
優雅に朝プールの予定だったけど、早々に引き上げることにしました。
私達って最後の最後まできまらないねえ。

さあ、これでマレーシアともお別れです。
マレーシアでの1年間の生活、いろいろな事があったけど今思いだすと楽しい生活でした。
目がテンになってしまう出来事も沢山あったし、もう嫌って思うこともあった。
でも、沢山の素敵なお友達に出会い、いっしょにいろいろな事をして、楽しい思い出が沢山できました。
1年半海外に住んでみて一番感じたことは、お友達の大切さです。
1人では解決できないモヤモヤいっぱいあるんだよね。
がおくんがいてくれても解決できないことも。
そんな時にお友達と過し、いろいろな事をし、同じような悩みを打ち明けあい、私は素敵なお友達に癒されました。
本当に感謝しています。
皆さんがいなかったら私のような弱虫は、きっと海外での生活を途中でギブアップしていたと思います。
ありがとうございました。
そして、いつまでもお友達でいてくださいね。

 

日本帰国    1/Oct/2001 (Sat)
Come back to JAPAN !
昨日の朝日本に帰ってきました。
もうだいぶ寒いかと思っていたら、そうでも無くてホッとしました。
日本に帰ってきた印象は?
やっぱり、いろいろと変わっているなあ。ってところでしょうか。
たった1年半の赴任だったし、その間2回も戻ってきているのだけど、日本の変化は早いですね。
街の雰囲気も少しづつ変わっているし、細かいことだけどジュースの自動販売機が進化していたり。
そうそう、歩くのも早いですよね。
私だって日本にいた頃は結構歩くの早かったんですよ。
“信じられない。”って、誰?そんな事言っているのは?
でも、今はどんどん周りの人に追い抜かれていくう。
これからここに住んでいくのに、このスピードついていけるのだろうか。どんな生活が始まるのでしょうねえ。
さあまずは、明日から家探しです。

  

住む所はあるのだろうか?    2/Oct/2001 (Sun)
さて今日から家探しです。
いきなりの帰国だったので、住む家もまだ決まっていないんだよね。
不動産屋さんと駅で待ち合わせて、順番に家を見に行く事にしました。
まずは新築のマンション、やっぱり新しい所って良いよね。
でも、なんだかせま〜い!
どの部屋もメイドちゃんの部屋みたいに狭い、なんだか悲しくなっちゃうよね。
もちろん今までのような広い家に住もうなって思ってないし、東京ではこれが標準なんだけど…。
しかも、駅から遠い、家賃は高い。
う〜ん、これが現実だあ(T∇T ;)
をつきつけられてしまった。
数件見たけど、今日は私達のコレっという物件は見つからず、明日に続くです。
やあ、明日は良い物件に巡り合えると良いですねえ。

 

最後に落ち付く先は    5/Oct/2001 (fri)
お家が決定しました!バンザイ\(^O^)/
国立駅から徒歩20分くらいのマンションです。歩くの大変。
私は中学生の頃から中央線沿線に住んでいる。
しかも、高校も中央線沿線、大学は沿線ではなかったけど終点の東京駅まで中央線を使ってちょびっと山手線だったし、勤めた先も中央線沿線。
私の頭の中の電車の路線図は中央線から始まる言っても過言でないくらい。
まず第一選択が中央線なので、元鉄道少年のがおくんにはしょっちゅう、もっと他の良い行き方を指摘されてしまうのです。
話は戻って、私が初めて一人暮らしをした所も、結婚して新婚(キャー何時の事だろう)生活を始めたのも中央線沿線。
で、一人暮らしを始めた時は実家から1駅下り、結婚して住んだ場所は2駅下り、そして今回は4駅下ってしまったのだ。
ってことは、今度引っ越す時には8駅下ってしまうって事?
もうかなりの田舎まで来ているのに。
我が家が家を持つ頃には、いったいどこまで行ってしまうのだろう。
最後に落ち着く先は山の中かな。

  

電化製品の進歩    7/Oct/2001 (Sun)
こんなに早く日本に戻ってくる予定で無かった我が家、日本を離れる時に我が家にあった電化製品ほとんど処分しちゃったんですよね。
私が一人暮らししていた頃から使っていたのもが多かったので、もう古くなったいたしね。
ってことは、我が家には電化製品が無い。
無いまま過ごすのも手だけど、やっぱり昭和初期のように手で洗濯、ほうきでお掃除はつらいものがある。
そこで、ディスカウントショップへお買い物。
掃除機、洗濯機、Fax.などなどいろいろと見て回ったのですが、2年間の間にすっごく進歩しているんですね。
掃除機は充電式のが増えているし、形も今までのいわゆる掃除機の形でないものがいっぱい、洗濯機も洗濯乾燥一体型が出ているし、Fax.は普通紙が支流になっているし。
いやあ、日本の電化製品の進化はすごいですねえ。
そして、新製品はいろいろ便利な機能がいっぱい、だけどお値段はちょっとお高め。
まとめていっぱい買わなくてはいけない我が家にとってはそれはきつい、どの辺で手を打つかそれが問題だあ。

  

乾いてます    10/Oct/2001 (Wed)
最近私の肌かさかさなんだよね。
高温多湿の熱帯から、乾燥した秋晴れの日本に帰ってきて、お肌がまだ対応しきれていないみたい。
お風呂から上がって、クリームも一生懸命塗っているんだけど、気が付くとかさかさ。
乾燥はお肌の大敵だよね。
マレーシアでは、いつも汗でテカテカで嫌だったけどお肌の調子は良かったんだよね。
やっぱり、マレーシアにいたほうが良かったかなあ。でも、紫外線は強いしね。
どっちもどっちかな。

  

またお引越しです    12/Oct/2001 (fri)
ここ2年間で何度目かのお引越しです。
今後は当分無いかなっと言う期待を込めて、がんばりましょう。
がおくんと私の実家に預けていたものを移動するだけなので、量はあまり多くないんでだけどね。
午前中にがおくんと私の実家で、トラックに積み込み、そして午後からは新居に配送。
お昼の時間に暇だったので、がおくんと新しく買ったテレビを設置することにした。
箱から出して、アンテナつないで、設置完了。これで、今日から我が家でテレビが見れるねえ。
そして午後からの配送も順調に終わって、開いたいくつかのダンボールも持って帰ったもらって、後は家の中の整理だけの状態に。
ふう、お疲れ様。
がおくんは夕方から用事があったのでお出かけ。
私はテレビを見ながらお片付け。
うん?リモコンってどこになるんだろう?
そうそう、テレビ出した時に引越しに持つと一緒になってどっかいってしまうといけないので、箱から出さなかったんだよね。
そして、その箱は?
しまった!引越し屋さんに空箱として持っていってもらっちゃったんだ。

どうしよう(>_<)

大慌てで引越し業者に連絡して、無事空箱からリモコンは救出されて、我が家に送られてくることになったのですが、引越し早々やってしまった。
やばい、やばい、これからの生活が見えるようだ。

  

歩く練習?    15/Oct/2001 (Mon)
今日実家に用事があって出かけた。
我が家は駅から歩いて20分くらいの場所にある。
だから外出をするとなると、往復40分歩くことになる。あたりませかあ。
そして私の実家は、駅から歩いて25分くらいの所にある。
もちろんバスで行くこともできるんだけど、今日は途中にある場所に用事があったので実家まで歩いた。
そしてまあ出かけたついでに、町もちょっとぷらぷらしてきた。
家にたどり着く頃には、もう足がくたくたで歩けな〜い、状態。
海外生活で、道を歩くことが極端にすす無かった(ショッピングモールはしょっちゅうプラプラしていたけどね)ので、すっかり足が退化しているようだ。
日本の生活に慣れるには、まず歩く練習から始めないといけないようです。

  

無ければ無いで    17/Oct/2001 (Wed)
一応引越しは完了したものの、まだマレーシアから船便が届かないのでいろいろなものが不足している。
洗濯機はあっても、洗濯バサミやハンガーが無かったり。
お布団はあるけど、愛用の枕が無かったり。なんだかとっても不便。
そして不便の最たる場所が、キッチン。
キッチン用品はすべて船便に入れてしまったので、最低限必要なものは実家から借りてきたんだけど、おなべは1つしかないし。
でも、なぜか日本に置いておいたお客さま用食器はあるんですよね。
普通のグラスは無いんだけど、ワイングラスはある。お茶碗は無いのにケーキ皿はあったりして。
なんとも変な状態です。
しかも調理器具はおなべ1つと炊飯器しかないので、お茶を飲むのもおなべでお湯を沸かし、おかずを作るのも1つのおなべ、当然ちゃんとした料理が出来るはず無い。
で、このところ我が家は1品料理。
今日はカレーライスオンリー、昨日はおうどん、その前は。しみじみとしたメニューが続いています。
でも、作るのはらくちんだし、がおくんもしょうがないと文句は言わないし、もうちっとこの状態が続いても良いかもね。

  

船便到着    20/Oct/2001 (Sat)
待ちに待った船便到着です。
これで我が家も人並みの生活が出来るようになるはず。ホントか?! ヾ(^^;)
届く荷物は段ボール箱40数個分。
しかも、一つの大きさは結構大きい。
海外ではとりあえず一部屋にまとめて入れてもらって、一つづつ必要なものから出していけばよかったのだけど、日本に帰ってくるとそうはいかない。
なんてったって、お家が狭いからね。
ダイニングにキッチンやリビングで使うようなものを、その他のものを普段あまり使わない部屋に入れてもらったのだけど、家の中には大きな山が二つできてしまった。
山の反対側からは、がおくんが見えないくらい。
その山を崩さないことには明日から生活が出来ない。
しょうがないからせっせこ、せっせこ出すのだけど、今の我が家は入れ物が絶対的に不足している。
食器棚が無いので食器が片付かないし、本箱も今ある本をすべて収納するにはぜんぜん容量が足りない。
結局出したものは床に散らばるし、海外のお引越しをした方なら良く解ると思いますが、中身とどっちが多いかと思うほどの梱包財は散らばるし、どうにも収拾のつかない状態でございまする。
いったい我が家はいつになったら人並みの生活が出来るようになるのだろう。

  

自転車に乗れない?    22/Oct/2001 (Mon)
日本にいた頃は、自転車に良く乗っていたのだけれど、海外生活中には乗る機械が無かった。
それで、自転車に乗れなくなってしまいました。
なんてことは、いくらスポンチな私でも無いんだけどね。
でも自転車に乗るのがとっても怖いのです。
日本には沢山細い道があるでしょう、そこを車と自転車が一緒に通るんだよね。
自転車で走っていると、横を車が修理抜けていく。これがめちゃくちゃ怖い。
昔はへっちゃらだったのに。
マニラでもKLでも細い道はいっぱいある、でも私達はそこを歩くこと無かったし。
信号が少ないので、どんどんやってくる車をかいくぐって道を渡ることはしょっちゅうだったけど、横を車がすり抜けていくことがほとんど無かった。
だから日本に帰ってきて、車がすり抜けるのがめちゃ怖い、いちいち止まってしまって余計危ない状態。
いつの間にか私は、歩く練習の後は、自転車の練習も必要ななんとも軟弱な状態になっていたのでした。
キャーこれからが大変だあ。

  

浄水機が使えない?    24/Oct/2001 (wed)
マニラでもKLでもおおいに役立ったものと言えば、浄水器。
マニラでもKLでも水道水は決して綺麗とはいえないので、野菜を洗ったりするにも浄水器を通した水を使っていた。
日本でも最近は水もあまり綺麗でないようなので、
せっかく帰国直前の一時帰国でしこたま買い込んだカートリッジもあることだし浄水器をつけることにしました。
付け方の要領はもうすっかり解っている、慣れた手つきでソケットつけて、カートリッジをつける。
あれ〜?傾いてしまった。
蛇口の先についているプラスチックの部分が重さで回って傾いてしまうのだ。
なんかうまくいかない。
でも、見た目を気にしなければ使えないこと無いので、対策はそのうち考えるとしてとりあえず良いことにしよう。
と、その時!

ギャ〜(*_*)”…水が、水があ。

水が私めがけて飛んできたのです。
なんと、プラスチックの部分が水圧に負けて外れて、水は前に噴出してきたのです。
とりあえず蛇口を閉め、プラスチックの部分をはめて使える状態には戻したのだけど、浄水器をつけるとまた同じことが起こるので、浄水器はおわずけ。
フィリピンでもマレーシアでもちゃんと使えたのに、日本で使えないとは…。

  

久々の映画    26/Oct/2001 (fri)
海外に住んでいて私達がしなかったこと、それは映画を見に行くこと。
マニラでもKLでも映画館はあったし、新しいところはかなり綺麗だった見たい。
しかも、日本に比べれば何分の1と言う安い料金で、たいてい日本より早く海外の映画が見られてしまうのだ。
これは、見に行くしかないって感じでしょ。
でも、そこには大きなネックがあるのです。
それは英語。
私達が見るような映画は大体が英語でやっている、そして地元の人のために字幕がある。
が、それが日本語であるわけはもちろんない。
まあ、アクション物やコメディーは言葉が良く解らなくてもなんとなくストーリーが解れば見れるし、実際私はテレビの映画を解らないまま良く見ていたんだけどね。
そんな理由や、がおくんの忙しさもあってなんとなく見ないで海外生活は過ぎてしまったのです。
そして、今日は久々に見に行きましたよ”映画”。
見てきたのは“千と千尋の神隠し”。
面白かったです。しかも、言葉は日本語(あたりまえ)。
久々に映画を味わったって感じです。やっぱり良いねえ言葉が解るって。

  

夜出かけられない症候群    28/Oct/2001 (sun)
最近の私の困り物は、夜一人で出かけられないこと。
マニラでは、ドライバーさんが帰る。=もう一人では外に出かけない。
KLでは、夜の一人で外出はしても、コンドミの敷地内以外は行かない。
って生活をしていたので、夜になると出かけていけない気持ちになり、ヤーメタって思っちゃうんですよね。
前からの日本の友達にそれを言うと、“なにかわいらしいこと言っているの。終電にだって平気で乗っていたくせに。”と
言い返されてしまうのだけど。
なんだかダメなんだよね。
これから冬至に向かってどんどん日が短くなるしこのままだと、日本での生活に適応できないじゃな。
なんて思っているのは多分今のうちだけ。
数週間後には平気で夜道を歩いているんだろうなあ。

  

片付かない荷物    31/Oct/2001 (Wed)
もう10月も終わりですねえ。
日本に戻ってきて1ヶ月が経ってしまった。
なのになぜか我が家は、ぜんぜん片付いていない。
片付けていないつもりは無いんだけど、どうもすっきりしない。
それは、収納に時間が掛かるからだ。
海外のうちは広い。収納スペースも広い。=なんとなく詰め込んでもすべての物が納まってしまう。使わないスペースもいっぱいあるので少々散らかっていても気にならない。日本のうちは狭い。収納スペースも少ない。=ちゃんと整理整頓して片付けないと片付かない。
そして、こういう時にむきむきと現れる工作好き。
一回納めたけど、ここをこうしたらもっといいかもと、段ボール箱片手にカッター片手に、始めてしまうからいけないのは解っているんだけど。
ああ、いつになったら我が家は片付くのでしょうねえ。 (ウン? このフレーズ前にも書いた気が…)

  

食器棚が欲しい    1/Nov/2001 (Thu)
我が家には食器棚がない。
結婚した時に買おうと思ったのだけど、私の欲張りな条件をかなえてくれる食器棚がなかなか見つから無かった。
その間、使っていない実家のどうでも良い棚を使っていたんだけど、なんだかんだとしているうちに1年が経ってそのまま海外に行ってしまったのだ。
そして、今回帰ってきて、今我が家にはその棚も無く食器入れるものが何にも無いんだよね。
で、とうとう食器棚を買おうと重い腰を上げたんだけど、やっぱり私には欲張りな条件がある。
電子レンジや炊飯器も置けて、下のほうは引き出し方になっていて、云々。
早々買い換えるものじゃないから欲張っちゃうんだよね。
そして、なかなか条件に合う食器棚が見つからない。
がおくんが、“もう注文で作ってもらうしかないんじゃない?”なんていいだす始末。
でも、予算ってものがあるからオリジナルで作ってもらうなんて事も出来ない。
しょうがない、いろいろな家具屋さんをこつこつ回って探しましょう。
付き合わされるがおくんはたまったものでないよね。

  

テレビっ子(?)復活    6/Nov/2001 (Tue)
日本の専業主婦の楽しみと言えば、やっぱりテレビでしょ。
自称テレビっ子(子じゃないけど)の私、暇があるとテレビを見ている。
だって日本のテレビは面白いんだもん。
HNKだけの海外生活とはやっぱ違うよね。
しかも、夕方やっている再放送のドラマだって、私には新鮮だし。
テレビなんかで時間をつぶしちゃもったいないよねえって思いながら、ついつい見てしまうのです。
こんなぐうたら主婦でよいのだろうか。良い訳ないよね。
でも、1年半テレビ我慢していたんだから今だけゆるしておくれ〜。

  

マニラのお友達    9/Nov/2001 (Fri)
今日はマニラに住んでいた同じ時期に、マニラにいらしたお友達のお宅にお呼ばれしちゃいました。
ちょうどマニラから一時帰国しているお友達と一緒に、伺ったら。
とっても素敵なマンションで、おしゃれにいろいろと飾ってあって今の我が家とは、大きな違い。
おいしいランチをご馳走になって。
マニラ話で話も盛り上がり、楽しい一時を過ごしました。
マニラとKLで沢山のお友達とサヨナラしてきてとっても寂しかったけど、こうしてまた会えるんですよね。
やっぱりお友達って良いですね。

  

とうとう壊れた    12/Nov/2001 (Mon)
買ってそうそう調子が悪くなった私の愛すべきパソコンちゃん。
とうとう完全におかしくなっちゃいました。
ぜんぜん私の言うこと聞いてくれない。まったくもう。
で、今日からパソは、入院することになってしまったのだ。ぐっすん(T_T)
早く帰っておいでね。

穴を探しちゃった    16/Nov/2001 (Fri)
今日吉祥寺にお買い物いに行ったんだよね。
それで、ちょっと早足で小道を渡っていたとき、何かにつまずいた。
おっとっと、ちょっとつんのめるだけで何とかバランスを取り戻すつもりが、
ドテーン(>_<)”
思いっきり転んでしまったのだ。
公衆の面前でどうしよう。
慌てて立ち上がったら、なんと両膝をおもいっきり擦り剥いているし、ストッキングはぼろぼろ。
両手の平も擦り剥いている。
エ〜ン、痛いよう。
ふと見ると、左足の靴はいてない。
ヤバ、と思って振り向くと。
若い男性が“大丈夫ですか?”言って拾ってくれていた。
ドラマだったらここで恋が始めるところかもしれないけど。
現実は、ただただ恥ずかしくて、顔も見ずに御礼だけ言って急いでそこを立ち去ることしか考えていなかった。
穴があったら入りたいとはこんな状態を言うのでしょう。
まったく恥ずかしく、情けなかったです。やっぱり足が退化しちゃったのかなあ。