フィンランド






*ヘルシンキ:オスロから来ると都会に来たなあっていう感じ。空港から街までバスが通る
 ハイウェイはアメリカや日本の風景と似ていて、逆にノルウェーの特殊性を感じました。
 しかしやはり観光名所というものは少なく、巨匠建築家のアルヴァ・アアルトを
 知らない者には物足りない街かもしれません。アアルト建築をまわるなら、1日券を買いましょう。

*テンペリアウキオ聖堂:別名「岩の教会」。もとからある岩盤にさらに岩を円形に積んで、
 その上に木造の浅いドームをかけ、木の構造材の間のスリットから光が差し込むというものです。
 実際に行ってみると空間の展開が単調で、物足りなさを感じました。
 行った時間が遅くて、光の状態が悪かったせいもあるでしょうが、後に日本の軽井沢に
 内村鑑三記念堂という似たような建築ができていて、そちらのほうがうまいと思いました。


*スカンディック・シモンケンタ:ファサードがガラスで覆われた、現代的表情を持つホテルです。
 一階の共用部まわりのデザインが特にさえていますが、部屋はビジネスホテル的構成で
 水回りが狭め。幅の狭い窓はホテルのアプローチを兼ねた中庭に面していて、景色もいまいち。
 夜にはツアー客の団体でフロント回りがごったがえし、特に東洋人観光客が騒々しいです。
 でも日本で予約できて、宿泊費も手ごろ、デザインのセンスはあって清潔感もあるので
 文句は言えないです。ガラスブロックの階段室もかっこいいですよ。


*ヘルシンキ駅/エリエル・サーリネン:十字型のヴォールト天井の断面がそのままゲートとして
 正面及び側面の構えとなっていて、正面の両脇には球を掲げた石像が左右2体ずつ置かれています。
 ちっちゃい!内部空間はそうでもないですが、外観イメージはこの1.5倍くらいでした。
 プロポーション等、特に優れているとは言い難い建物ですが、かわいいかんじはいいかも。


*アカデミア書店/アルヴァ・アアルト:ここがアアルト建築初体験、と言ってもインテリアですが。
 3層に渡るフロアの中心に四角い吹き抜けがあり、その上部に下方に突き出す形で大きな
 ガラスのトップライトが3つ設けられています。アアルト建築にはトップライトが多いのですが、
 これは緯度が高くて光が横からさすことが多いためだと理解しました。日本だとトップライトは
 暑さにつながってしまいがちです。書店の3階には他に円形のトップライトもあるのですが、
 トップライトの立ち上がりと天井との取り合いにアールで面がとられていました。
 どうやらこれはアアルトの十八番のようですが、近代建築ではありえない処理でびっくりしました。
 そうかあ、伊東豊雄による中野本町の家の内壁のディテールはここからきていたのね。
 トップライトのなかには照明があり、こうした吊り下げ間接照明もアアルト特有なものです。
 なにしろ近代建築は要素を削って削って行きましたから。アアルトのは足し算の建築ですね。
 ブロンズの金属部分のディテールも造形的です。この点はカーンと相通じるものがあるかもしれません。
 また3層分の高さがある割にスケール感がいいと思いました。これも後で見るアアルト建築にもあり、
 想像と実物のスケール感の落差がほとんどないのは驚きです。これはなかなかできない。
 一方、全体の空間構成はアアルトの初期の代表作であるヴィープリの図書館と類似しています。
 今はロシア領内になってしまったこの作品には建築家の思い入れが強いようで、
 後で見る国民年金協会やユヴァスキュラ大学でも共通点が見られました。


*サヴォイ/アアルト:高級フランス料理店。ビルの8階にあり、ガラスで覆われたテラス席からは
 街の頂部が見渡せて、下部には並木の緑が拡がり、なんとも贅沢な環境です。
 ヘルシンキの建物は高さが統一されているようで、上から見るとより美しい。
 会計はそれなりに張りますが、ドレスコードのようなものはなさそうなので、
 ヘルシンキに行かれた際にはお勧めの店です。ちなみにメインはダックがおいしかったです。

*ユヴァスキュラ:セイナッツァロへの足場となる街で、アアルトによる建築も多くあります。
 ヘルシンキからは電車で4時間程度、日帰りしましたがちょっときつかったです。
 基本的には大学の門前町らしく、駅は現代的でかっこよく、メインストリートにも
 それなりの賑わいはあるのですが、そこから一歩外に出るとさびれた雰囲気が漂っています。
 ヘルシンキから同じような距離にイマトラという街があって、ここにはアアルトの
 代表的教会建築があるのですが、今回は行程上無理があり断念しました。

*セイナッツァロ村役場/アアルト:アアルトの代表作のひとつ。アアルトは生前、おびただしい量の
 建築をつくりましたが、ある程度の独特のデザインパターンがあって、それを組み合わせていると
 感じられるものが多いなか、この作品はひとつの特異点として位置付けられるでしょう。
 外から1層上がった中庭を囲む形で児童図書館、会議室、事務室、ホールなどが設けられています。
 ボリュームを微妙にずらしたり、煉瓦と木造のサッシを使い分けたりと、特殊なことは
 あまりしていないのですが、全体のスケールをおさえたりして外観はなかなかきまっています。
 内部の見せ場は図書館の2階と中庭より1層上がったホールで、前者はアアルトが大きな空間を
 つくる際に用いる手法なのですが、柱と梁を一体化させて塗装した白い門型をずらりと並べ、
 その間から外光を取り込むというもので、透明感ある空間となっているうえ、
 今回はスケールが小さいので、とてもチャーミング。ホールは煉瓦の壁に木造の屋根をかけていて、
 この屋根を支えるトラス梁2つを蝶のように立体的にデザインしていて、
 写真で見ると唐突な感じがするのですが、実物はとても力強く、この空間を引き締めていました。
 ホールにトップライトはなく、側壁の格子がはまった窓から採光していました。
 このホールはまさに単品生産ですね。ここでしか見られない質があります。
 全体を通して感じるのは、設計密度が濃いということで、通常のこの規模の建物の数倍の手間を
 かけているでしょう。すべての建物をこの密度でやれと言われてもたぶん無理です。


*労働者会館/アアルト:若きアアルトのデビュー作。まだ古典的要素が残っている時代の作品で、
 異色なのは知っていましたが、後の作品につながるような才気が感じられなかったのは意外でした。
 この建物は竣工後80年たった今でもきれいに使われています。アアルトはフィンランド国内では
 英雄的存在で、その作品の多くはきちんと手入れされながら生きています。すばらしい。


*ユヴァスキュラ大学/アアルト:メインとなる建物を手がけています。今回は講堂と食堂を見ました。
 ともにアアルト的言語、手法でつくられていますが、ここでしか見られないと思うほどのものは
 ありませんでした。食堂の天井は木造トラスですが、村役場を見た後では色あせてしまいます。


*ヘルシンキ工科大学/アアルト:扇形の講堂を中心に図書館、学生寮、パワープラントなどが点在。
 見所は講堂と図書館で、中心に勾配屋根を持ってくる手法は村役場と共通しています。
 その三角形のシルエットは美しいが、ハイサイドライトが閉じて(?)いたのは残念。
 一方図書館のトップライト、ハイサイドライトは生きていて、柔らかくすがすがしい光を
 取り入れていました。パワープラントの白い煙突の螺旋状のレリーフは装飾的で、
 モダニズムから最も遠いものと感じましたが、美しいです。


*オタニエミのチャペル/カイヤ+ヘイッキ・シレン:上記大学に付属した教会です。
 通常は閉鎖して上方より採光して象徴性を高めるのが教会建築のよくある形式ですが、
 この建物は森に向かって全面的に開き、十字架を森のなかに設けています。
 コンセプトとしてはいいのですが、空間の展開が単調なのと、屋根の木造トラスの繊細さ不足
 さらに建物と十字架との間のとりかたなど、残念に思うことが多数ありました。
 夜にもう一度行ってみたい気はありますが。


*国立現代美術館(キアズマ)/スティーブン・ホール:北欧に祖先を持つ米国人建築家が
 コンペで勝って1998年に竣工した美術館です。この建築家は日本に2つ集合住宅を建てていて
 実物はともにグレードが高く、個人的には評価していましたが、この建物に関しては
 写真で見た感じではいじりすぎていて、失敗したと思いきや、とんでもない!
 彼は本気でアアルトとタメを張ろうと思ったのだ。玄関扉が近づいてくると、そこには魔物が
 潜んでいました。まわりこむたびに表情を変える外観、中央の吹き抜けの奥行き感、
 遺跡かと思うようなざらついた質感、吹き抜けホールを中心に螺旋状に展開する空間の迷宮性、
 アアルトを思わせるブロンズの造作。そして光と陰。これは美術館なのか?
 部屋がつくりこまれたタイプの美術館では、ホラインのフランクフルト現代美術館を抜いて
 トップにたちました。複雑すぎて最上階の展示室をとばしてしまったのが残念。
 地下のトイレも螺旋階段もカフェの照明もカッコイイ!


*文化の家/アアルト:おおもとは共産党の建物だったらしいですが、今は公共のホールとなっています。
 アアルト建築のふたつの軸である変形扇型と方形が並列しているプランが面白い。
 二つの建物をつなぐ一見事務所入口のようなところから入ると、管理人さんがいて
 ホールまで連れて行ってもらえます。あとは見放題。と言ってもそんなに見るものはないですが。
 外壁で使われている銅板の緑青が美しい。日本であの色、自然に出ます?


*国民年金協会/アアルト:ここには英語が話せる担当ガイドがいて、建物全体をおよそ45分かけて
 ツアーをしてもらえます。施設が今も愛されて使われている様子がガイドから伝わってきます。
 建築的には中庭のレベルが1層分あがっていて、知らない間にその下をくぐり、
 中庭を介した対面の食堂にたどり着くあたりなどが面白かったですが、
 それより様々な実験的試みがあって驚きました。まず、ノンストップのむき出し木造エレベータ。
 エスカレータの垂直バージョンみたいなもので、タイミングよく飛び乗り、飛び降りないと
 天井や床にはさまれてしまいます。これがまだ現役で使われているというのがすごい。
 次は食堂の天井面ふく射式暖房。床暖房の天井バージョンです。暖気は上にのぼるのに本当に効くの?
 そして中央吹抜け講堂の2重のトップライト。主に断熱のためらしいですが、2つのトップライトの
 間に照明や空調ダクトがあって、メンテナンス用出入口まであるっていうのだから徹底しています。
 窓回りのブロンズはめ殺し+木造開きの窓のセットは、カーンと似ているところがあるかも。


*シリヤ・ライン:ヘルシンキとストックホルムを結ぶ巨大客船で、内部にはプロムナードと呼ばれる
 5層吹抜けの「街路」まであります。とはいうものの、やはりそんな巨大なものは無理なのか
 想像していたよりはかなりコンパクトでありました。「街路」の端から端まで歩いて4、5分か?
 夕朝食はビュッフェ形式のものを日本であらかじめ予約できるのですが、プロムナード沿いには
 レストラン、カフェやゲームセンター、免税店などが並んでいて、こちらの店のほうが
 いいのではないかと思いました。部屋は「シーサイド・クラス」にしていましたが、やはり狭い。
 2段ベッド×2で一応4人まで入れますが、現実的ではなさそうです。バスタブはなくシャワーのみ。
 船は揺れることなく、滑るように進みます。12階の甲板に出ると寒いけど気持ちいい。
 翌朝、水平線から朝日がのぼると、甲板では拍手が湧いていました。






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