ミュンスター・スカルプチャー・プロジェクト




ミュンスター・スカルプチャー・プロジェクト。

ミュンスターに着いたのは26日の夕刻。
2泊する予定だったのですが、2日目の宿がとれず、
結局1日で、しかも貸自転車は予約でいっぱいのため
徒歩で回ることになってしまいました。
で、さすがに全部は見れませんでした。
足の古傷も痛みだして、地図上の7ポイントは泣く泣くギブアップ。

いや、聞いてはいましたが、いい街ですねえ。ミュンスター。
石畳のメインストリート。美しい教会。豊富な緑と水。ゆとりある空間。
朝、街を歩いていると人々がジョギングや犬を連れた散歩をする姿や、
若者が郵便配達をする姿が見れて、人は穏やかだし、街はいつも賑わっています。
駅前のごく一部を除けばとても健全で、セックスショップなど見当たりません。
ここにいれば、ごく「普通」のまじめに働いて家族を大切にするような、
幸せな人生が送れそうな気さえしてきます。

しかしふと思うと、これは危ないことかもしれません。
人間は複雑なものですから、いい子でばかりはいられませんし、
いい子でばかりいると息がつまったりします。
しかしこの街は些細な「悪」も許さないでしょう。
あまりに「理想」に近づきすぎて、それを失うことを極度に嫌うでしょう。
そして、このプロジェクトが初めて開催された20年前には、
強烈な反発があったことが示すように、他者さえも受け付けないかもしれません。
それは半世紀前のこの国の悪夢を思い出させます。
そういえば、この街の移民の率は今回訪ねた他の都市と比べ、
低いようにも思います。


そんな「危ない」街を揺さぶるのが
このプロジェクトの主旨なのかなと、私は思いました。
そういった目で見ると、日本人作家2人、
曽根裕、川俣正の展示は傑出しているように思います。
片や他者としての日本人として自ら土地の人の輪に突進してゆき、
自らの誕生日を祝うことでコミュニケーションや
ディスコミュニケーションといった出来事を発生させる。
片や隣国からこれもまた他者としての、もしくはこの街にとって悪としての
アルコール依存症治療者を連れてきて、船を作りそれに土地の人も乗せる。
現代美術の難解さや異国の作家ということによる文化的な差異をもってしても、
この街を揺さぶるには有効ではあると思いましたが、
そこであえて人そのものを持ってくるあたりが、一歩進んでいるように感じました。

でも一番強烈だったのは「立ちションポイント」をつくったFranz Westかも。

ただ、そうした考えをはずして見ても、今回の展示はひとつひとつに何か
心に引っかかるものがあることが多く、とてもよかったです。
また10年後にやるなら見てみたいですね。

「水の波紋」と似ているなあと思いましたが、違いが二つ。
まず環境が違いすぎ。
もうひとつは監視員が極端に少ないこと。
湖にせりだしたデッキ状の展示には手すりも監視員もなしでした。
事故が起きた場合は自己責任だという文化が確立しているのでしょう。
そういえばドイツの駅には改札がなく
特に近郊列車ではキセルをしようと思えばできるのにしない。(たぶん)
ここらあたりは、何でも管理したがるされたがる日本と比べて、
文化が成熟しているなあと感じました。



(97/10/04 h.taki)




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