かたちの退場




近年、自分が急速に興味を失っている建築の形って今、どうなっているのだろう?

先日、ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で日本館が注目されましたが、
そこで取り上げられていたのはリノベーション、シェアハウス、街おこしの拠点など
現在の都市や地方の問題に対する建築の社会的経済的な提案でした。

つまり着目されているのはプログラムで建築の形は副題にすらなっていない。
今発売されているjaの日本の若手建築家特集を見ても、かつて花型だった建物外観写真は
その座を降り、端っこの方に小さく掲載されているケースが多い。

果たして建築の形というのは終わってしまったのだろうか?

結論から言うとそんなことはない。今でもトップレベルの建築家は地味ながら
形と格闘しています。ただわかりづらくはなった。

藤本壮介さんを例に取るとわかりやすいかもしれません。House H(2009年)と
House NA(2011年)は平面断面は類似しているも、外観は全く異なっています。
箱型の全体がある前者に対し、後者は部分が増殖して途中で止まったような印象がある。

全体として一つの像を浮かび上がらせることを避けるのが今の流れなのかもしれません。
NYにゲーリーとヘルツォーク&ド・ムーロンによる2本の超高層がありますが、
ともに経済効果から必然的に算出される箱形を恣意的に崩して部分に還元しています。

その操作では記号や象徴的意味合いが発生するのを注意深く排除しています。
具体的には面ではなく断面を見せるような手法をとっていることが多く、
ゆえにバルコニーや庇といったパーツが重宝されるようになる。

かたちのヒロイックな身振りというのは終わりました。中東や中国の高層ビルなどを
見るとそれは明確です。ポストモダンの着目した記号やメタファというものも廃棄され、
そういう意味ではモダニズムの延長線上に揺り戻されたと見ることもできるかもしれない。

ポストモダンの時代では建築家は1枚のアイデアスケッチだけで評価され得た。
造形的にも正方形を使っていれば良いような、厳密さが要求されない環境にありましたが
これからのひとは本気で形と対峙しようと思ったら大変だと思います。

何も考えずに設計するとそれはただのクズになります。実物を見れば一目瞭然。
やはり造形能力は問われ、たぶんそれだけの才能を持った人はそう多くない。

−−
先日の記事に、これからのひとは大変だと書きました。理由を書きます。

一般的に言うと建築家のルーツはイタリア、ルネサンス初期のブルネレスキでしょう。
ぼくはフィレンツェでこの人の作品を見るまで、教会建築というのはどれも似たり寄ったり
だと思っていました。もちろんゴシックとかバロックとか時の流行はあるにせよ。

が、サン・ロレンツォ聖堂だったと思いますが、ブルネレスキの作品を初めて見た時、
これは別物だと思いました。しっかりとスケールやプロポーションがデザインされてる。
伝統的に重視されてきたファサードが無装飾で放置されているのも衝撃でした。

ここから建築がかわった。彼がいたからミケランジェロやパラディオもあとに続いた。
その流れは最終的にモダニズムの3大巨匠、ライト、コルビュジェ、ミースにまで受け継がれる。

日本で言えば丹下健三や初期の菊竹清訓まで。大学の建築学科はそうしたデザインの技術を
養う訓練機関であって、古典建築の図面のトレースは必須でした。当時主流ではなかった
横浜国大でさえかつてそうした授業は行われていた。

そうして技術を習得できたごく一部のものだけがなれるのが建築家でした。
が、1960年代に入り、世界中で閉鎖的で硬直した体制に疑義が申し立てられます。
これがいわゆる学生運動で、ほぼ時期を同じくしてポストモダンムーブメントが起こる。

それは一部のエリート層のためだけの建築の大衆への解放でもあった。
極端な例ではアーキグラムのような荒唐無稽でとても洗練されているとは言いがたい
ドローイングでさえ建築だと認められるようになる。

それで救われたひともいます。ぼくもそれがなければ建築家などにはなれていません。
ただ、記号やメタファ、プログラムなど建築の価値が多様化するにつれ、美的側面は
相対的に落ち込み、もはや大学は美的訓練機関であることを放棄してしまっている。

で、大変だと書きました。今更プロポーションを教えられる先生もいないだろうし。
もちろんもともとできる才能のある人はいるのですが、それはごく一部だろうと。


(16/06/29,07/01 h.taki)



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