前向きな流浪




マイライフ・アズ・ア・ドッグ

1988年の公開時に見て以来の再視聴。スウェーデンの少年はその落ち着きのなさゆえ
精神的に苦しい環境で育った。彼はいつも意に反して死んでいった者たちを想い、
彼らの人生よりはましだと自分を慰めるように言い聞かせる。

ある日彼の母親が病気で亡くなり、彼と兄は別々に親類のもとに引き取られる。
当初はその環境にお互い戸惑っていたが、街全体が家族ぐるみのようにガラス工場に
勤める温かな世界でやがて信頼できる友達や異性と出会っていく。

この映画で謳われているのは決して愛してくれない存在からは決別し、
自力で自分を受け入れてくれる環境を見つけ、飛び込んでいくことの大切さ。

彼が決別したのは母親。浜辺でふたりで笑い合うシーンが流れますが、これは少年の幻想。
実際の母親は子どもより本が好きで、日常的に癇癪を起こしていた。
親に愛されていないと自覚するのはとても辛いことですが、乗り越えねばならないことでもある。

子供の頃は学校でも馴染めなかったりいじめを受けたりということは日常茶飯事です。
辛いことですが、これは時間制限のあるコミュニティで、終われば完全な自由が待っている。

世の中には数えきれないほどのコミュニティがあって、居心地が悪く呆然と立ち尽くしたり、
申し訳なくて苦笑いを浮かべるしかないような場にはいるべきではない。
世界には自分をそのまま受け入れてくれるコミュニティは必ずあります。

ただ、異性関係もコミュニティも永遠ではない。常に変化していて終わることもある。
その時はまた流浪する。人間は本来、流浪する動物なのかもしれません。

アフリカから追われた人間は欧州に定着して白人となり、欧州を追われた人間は
アジアに移ってモンゴロイドとなる。日本人も恐らく多数は大陸から追われたモンゴロイド。

そして自分の居場所を見つけるべく流浪することそのものが人生なのかもしれません。


(15/11/14 h.taki)



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