第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展




*第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館帰国展/ギャラリー間
 130323まで/11:00-18:00(19:00金)/日月祝休/無料

会場に入ると壁一面に引き延ばされた被災後の陸前高田のパノラマ写真が目に入ってきます。
それはガラスの外のテラスまで続いていて、カメラの視点が津波の高さであったという表記がある。

そこに存在したであろう無数の木造家屋は影も形もありません。
辛うじて残っているのは鉄筋コンクリート造と思われる幾つかの中層の建物だけですが、
よく見ると3階部分までは水没しています。ところによっては4階も。

ということはこの画角にあるエリアはほとんど水没したことになります。
建物に逃げ込んだひとはおそらくほとんど助からなかった。

上階の展示室では被災後の陸前高田を写真家の畠山直哉が撮影したスライドが流れています。
そこではありとあらゆるものが原形をとどめないほど変形してぐちゃぐちゃになっている。
にわかには信じられないほどの自然災害の猛威がそこにありました。

畠山氏は報道カメラマンではありません。くくりとしては美術家でしょう。
その彼がなぜ陸前高田を撮ったかというと、そこが彼の故郷だったから。
そして実家が被災して、母親を失ってしまったから。
それゆえ覚悟、もしくは使命感のようなものもあったのかもしれません。

そんな彼から見て、今回の建築プロジェクトはどう映ったのだろう。
ゲーム?かたち遊び?そんなところではないのか。

むしろ住民側の窓口になった菅原さんが決めた立地の方が意味が大きかったかもしれません。
それはパノラマ写真の奥、山裾の平地にあり、被災エリアです。
計画開始時、当然のようにまわりには建物は何もありません。
避難した住民も戻るか移転するか迷っていたと思います。

そんな状況で、菅原さんは私は住む、戻ると拠点をつくりました。
これはこれから始まる復興、街づくりの大きな起点になるかもしれません。

被災地では震災から2年が経とうとしている今でもおそらく混乱し、停滞が続いています。
まずは大量の瓦礫を撤去し、処分する一方で土地を捜して仮設住宅をつくるだけでも
いっぱいいっぱいだったろうと思います。費用拠出の問題もあるし。

さらにこれから先、区画整理の話などになると権利の問題が発生します。
土地所有者が亡くなったケースが多いと思われるので交渉は難航するでしょう。
そこで必要とされるのは建築家などではなく、行政のマンパワーです。
人手も必要だし、多くの独断を含めたリーダーシップも求められます。

しかし残念ながら現状としては全く不足していて、出向した人材から自殺者が出てきてしまっています。
ひとつの建築をつくって万歳三唱したり、ビエンナーレで賞をとって
この喜びを陸前高田のひとと分かち合いたいなどと言っている場合ではないでしょう。

ここに、建築は、可能か=ここに将来的に住むことは果たして現実的だろうか?であるなら
それは被災者ひとりひとりが判断しなければならないことで、今だ結論が出る見通しはたっていません。

(13/02/20 h.taki)



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