デ、ジェンダリズム




「デ、ジェンダリズム」

1、テーマを掲げること
うーん。ジャーナリスティックというか…。
こういう枠でくくられることを作家はどう思っているのでしょう?
見る側としては、どうしてもそういう視点で作品を見てしまい、
少しつまらなく思いました。(日曜美術館も見ていましたし)
もっといろんな読み取りをしたいのですが。
 テーマはあまり明解だと、「コンペ」のような印象を受けてしまいそう。
「イズム」自体がこの企画の意図(二項対立の解体)に合わないような気も…。

2、テーマと作品の関係
どなたかおっしゃっていたように思いますが、
ジェンダーというより身体ですね。
で、「デ」ジェンダーしてるかというと、それも疑問。
出典作家に女性が多いせいもあるでしょうが、
私にはとても女性的な展示に映りました。
身体にこだわること自体、そこへの葛藤、信頼をアプリオリに持ちやすい
女性という性を表わしているような気がします。
それは、今回アブラモヴィッチとアコンチの展示の
インパクトの差に表われているように思います。
男性ははたして回帰すべき身体をいまだ持ち続けているのでしょうか?

3、クールな作品
どうにも「私的プロジェクト」が多かったなかで、
八谷氏とギルミノの展示は知覚やコミュニケーションを
より開いたかたちで扱っていて、興味深かったです。
他にもレベルの高い作品はありましたが、
テーマに飲み込まれてしまっているような印象を受けました。

4、おまけ
私がギャラリーの入ったとき、
ちょうど長谷川祐子さんが、展示の説明をされていました。
一見ノーマルのようでいてよく見ると妙にずらしてる服装が
いかにも今のキュレーターという感じで面白かった。
あと、美術館内を数人で目隠しをして「むかで」になって
手探りでまわる、ような企画があったようで
これも展示と妙にシンクロしていて興味深かった。



(97/03/01 h.taki)




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