バブル建築の影響




ぼくが建築学科を選択した高校時代、建設業というのは構造不況で
一番人気の電気情報工学科などに比べると地味な印象がありました。
実際、建築学科を選んだと言ったとき、なんで?と聞き返された覚えがあります。

その頃の日本の建築は、ポストモダンの時代でしたが、公共建築は
名護市庁舎くらいで、一般に知られるものは少なかった。
外国人建築家による作品などは皆無でした。

日本のバブル景気は1986年12月から1991年2月までと言われています。
ただ、建築は完成までタイムラグがあるため、バブル建築の多くは1988年頃から
建ちはじめたと言っていいかもしれません。

その前兆は1986年のRiseとNomadで特に北河原さんによる前者は渋谷のど真ん中に建ち、
一般人に与えた影響も大きかったと思います。伊東さんによる後者はもうありません。
続くのは今は亡き1987年のKirin Plaza Osaka。バブル建築が全国展開しはじめました。

このような前兆をもし高校2年のときに感じ取っていたならば、
その人の生まれは1971年頃と計算されます。
藤本壮介と平田晃久は同年生まれ。ひとつ下に吉村靖孝、中山英之らがいます。
嗅覚の優れた人材がやはり輩出されていますね。

その後、1990-1992年頃まで下るとバブル建築も節操がなくなります。
アサヒビール吾妻橋ホール、東京武道館、青山製図専門学校、
M2、テラッツア、ヒューマックスパビリオン、布谷ビル…。
こういうのが普通と思って建築を選ぶ人もまた違ってくるのでしょうね。


(12/09/03 h.taki)



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