人類の老後




ふと思いました。
21世紀になって人類は老後とでもいうべき時代を迎えたのではないか。

1995年にNHKで映像の世紀というドキュメンタリーが放送されました。
それは映像に残された主に20世紀の出来事を総括して見せるもので
とても強く印象に残る番組でした。

番組のテーマ曲は加古隆による、パリは燃えているか。
そのドラマティックな曲調がそのまま20世紀を現しているように、
ひいては20世紀の成長物語にピリオドを打ったようにも感じています。

地球環境問題などもあり、もはや産めや育てやという時代ではなくなりました。
実際、先進国ではDNAの指令に反して少子化が進んでいます。
化石燃料が残り少なくなったところに原発不安も湧いてきました。
人類は成長、拡大するフェイズから保存、生き残るフェイズへと移行しています。

20世紀までの歴史というのは大国、支配者の歴史でしかありませんでした。
それが今解き放たれ、情報化が進んだことにより、イスラム社会など
いままで無視、軽視されていた様々な存在が表に出てきました。
それは立派な肩書きの人とそうでない人が定年によって、
同じスタートラインに立ったようなものなのかもしれません。

企業同士の競争のような世界的な対立、戦争というものは減りました。
それは肩書き=主義というものの価値が下がったからです。
先進国は人類の生き残りをかけて一致団結しようという姿勢を見せています。

しかし世界では依然、内戦や小競り合いは続いています。
結局人間というのは幾つになってもみんなと仲良くなんてできないものだ、
そういうことなのでしょうか。

(12/01/29 h.taki)



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