沈黙の声




*沈黙の声/東京国立近代美術館
 051002まで/月休(0919開0920閉)/10:00-17:00(-20:00金)/650円

常設展示の2階での3人の作家による展示。
遠藤利克がスカルプチュア、ビル・ヴィオラとキムスージャはヴィデオ作品です。

遠藤の展示は蜜蝋のようなものでできた箱(槽?)のなかで
水が垂れて底に薄くたまっている、というもの。
氏の展示は最近SCAIでも見た記憶があるのですが、初期のころの
「もの」の持つ神聖さを楽観的に信じ、それをシンプルに表現するがゆえの力強さ
みたいなものが薄まってきているように思えて、もったいないかんじがしています。

ビル・ヴィオラは、自分が10年以上前にフランクフルト現代美術館の4面スクリーンの
インスタレーションで衝撃を受け、好きになった作家です。
今回は1スクリーンのシンプルな展示。
家族と思われる5人の人物が(おそらく)精神的衝撃を受けた瞬間の1分間の映像を
スローで引き伸ばして15分にした無音のヴィデオ。
若干画像処理をかけているのか、独特のマテリアルが持たされており、
動画というより、「絵画」がゆっくり動いているという印象を持ちました。
ヴィデオの可能性を拡げる、美しい作品です。

キムスージャのヴィデオは4面スクリーンで、同時にスタートして同時に終わります。
4面とも、町中でひとりの女性が直立不動している後ろ姿を5、6分映すという共通点の上で
そのロケの場所が映像ごとにメキシコシティ、カイロ、ラゴス、ロンドンと変えてあります。
モデルは東洋人(作者?)のようですが、場所によって周囲のリアクションが違ってきます。
ロンドンだと驚くほど街行く人は無関心ですが、ラゴスだと逆に人やまができて、
モデルにちょっかいを出したりしています。

自分が前に旅行でモロッコからスペインに船で渡った時のことを思い出しました。
イスラム圏では常に人の視線を浴び、物売や自称ガイドに始終追いかけ回されて
うんざりしていたところ、船にちょっとゆられただけでそこはもう無関心の別世界。
無関心は楽、だけどそれによる問題も出てくるので難しい。
ケニアのナイロビでは、昔は犯罪を犯したものは周囲から袋叩きにあって、
それが抑止力になっていたそうですが、今はみんな無関心、見て見ぬふりをするようになって
犯罪が増加してしまった、ということを聞いたことがあります。10年くらい前の話ですが。


(05/08/28 h.taki)



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