gallery in ginza 0506




*mini-max展/資生堂ギャラリー/0731まで/11:00-19:00/月休
*束芋展-指弁/ギャラリー小柳/0624まで/11:00-19:00/日月祝休
*荒井伸佳展/ギャラリィK/終了
*三俣元/加藤洋一展、堀切幸子展/ギャラリー山口/終了
*渡辺豪×橋爪彩展-シークレットガールズup and down/art space kimura ASK?/終了
*石内都展-INNOCENCE/ツァイト・フォト・サロン/終了
*イネス・ロンバルディ展/メゾンエルメス/0821まで/11:00-19:00/水休

掘り出しものは渡辺豪×橋爪彩展。
1975年、1980年生まれと2人ともかなり若い作家ですが、力量は感じます。
渡辺豪はCGによる白一色の少女の頭部がテキストを読むという映像作品。
昔、しょぼいCGアイドルとかが注目された時期がありましたが、
眼球の微妙な動きなど、今はここまで表現できるのか、という素直な驚きと、
「ターミネーター2」の超合金ロボットを思わせる、無機質的非情さとでも言えるような
不気味な感じが、これからの人類を予見しているような気がして少し怖くなりました。

橋爪彩はぱっと見写真にも見られる油彩作品。モティーフは女性の足。
顔など上半身は隠され、もしくは消滅させられほとんど出てきません。
一見「足フェチ」作家かと思いますが、従来からある構図からずらしたり、
写真のような油彩を作るという点ではゲルハルト・リヒターの影響が大きいのかも知れません。
リヒターの作風を消化して、今後どういう道を歩むのか、期待されます。

安心して見られるのは石内都展。
氏のライフワークとも言えるような、人体に刻まれた傷跡のモノクロ写真展示。
乳癌の切除手術痕やリストカット痕などには、痛々しさと悲しさ
そしてそれを受け入れて生きていく強くしなやかな意思の力が想像されます。
ただ、傷跡というのは必ずしもマイナスとして受け止められるものではないでしょう。
手術によって命が助かったなら、その手術痕は救いの痕跡です。
私自身も右手に2回に渡った手術痕があるのですが、部分的に再発していて完治していません。
一部では「負けて」いるのですが、この傷は病と戦った誇りです。

会場には作家本人がいらしていて、イメージ通りの元気できさくな女性でした。
今年のベネチア・ビエンナーレにお母様の遺品を撮った作品を出展するようです。

束芋展では今までとは少し違った動きが見られました。
映像作品もあって、こちらは相変わらずのトリッキーな仕掛けがあったりして面白く美しいのですが、
他に彩色、無彩色のペン画を多数展示していました。
モティーフは人間の手足の指といろいろな昆虫、蛙など。
それぞれが不自然な形で融合していて、全体にちょっとグロい印象になっています。
例えれば会田誠らの世界に近いものがあって、こっちに行くのかと意外な感じを受けました。

ギャラリー小柳は久しぶりに行きましたが、上階に移転したのですね。
展示空間としてはテクスチャ等、以前のものよりこちらの方が好みです。
展示面積も増えたようなので、移転して正解ですね。

展示空間との相乗効果で魅力を感じたのはmini-max展とイネス・ロンバルディ展。
mini-max展は定兼恵子、佐藤勲、パク・ホンチョンの3人展。
膨大な作業量の末のシンプルな作品、というくくりは何か意味があるのでしょうか?
定兼恵子の金属の上の白い塗装部分が移動していく過程を展示するという作品はドライで
自分の好みではありますが、そこはもうソル・ルウィットが踏破してしまった道です。残念。

イネス・ロンバルディ展は16台のモニターに川を移動する映像がそれぞれ別に流れている
というもので、会場に流れる轟音はその川の音と思われます。
作者はブラジル生まれ、ウイーン在住で映像の川はドナウ川とのこと。
ブラジル生まれと最初に知ったので、アマゾン川だと思っていました。

つい先日、「バス174」というブラジルの数年前のバスジャック事件の
ドキュメンタリー映画を見たばかりだったので、かの国ではアートはやっぱり金持ちの
道楽なのだ、というさめた感覚が頭をよぎりました。
ブラジルにも黒人奴隷の歴史があって、今でも人種差別があり、
排除を通り越して、徹底的に無視され、見捨てられている。
犯人は人生に行き詰まり、思考が停止して暴力に走る。
後日、映画のインタビューに答えているラテン系と思われる裕福そうな元人質の女の子は
犯人の心理を理解しようとすらしますが、そこには果てしない格差が確実に存在します。
まるで映画「ドッグ・ヴィル」の奴隷となる女性を見ている感じがしました。

でもアートもそうなのかもしれない。


(05/06/18 h.taki)



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