マルセル・デュシャンと20世紀美術




*マルセル・デュシャンと20世紀美術/横浜美術館
 050321まで/10:00-18:00(-20:00金)/木休/1200円

あの伝説の美術家が帰ってきましたよ!

20世紀初頭の極めてラディカルな美術家の作品と、
それをモティーフとして生みだされた
後世の美術家の作品が、並列して展示されています。

その数多い参照例を見ると、いかにみんながデュシャンを
好きだったかということが感じられるし、
またデュシャン自体が、参照に適したオープンなシステムであった
ということが、よくわかります。

ほぼ同時代に生きたピカソとは、初期の頃、
キュビズムを通して一瞬、交差しますが、
ピカソが肯定を重ねてメジャーのヒーローになったのに対し
デュシャンは疑問符を重ねてマイナーなヒーローになりました。

その存在はどこか謎めいていて、
かなり初期の段階で、いわゆる「絵画」の製作を放棄する。
生涯を代表するようなガラスによる作品が、不注意でひび割れてしまったが
そのひびを完成のひと筆として歓迎する。
小便器を横倒しにして、架空の署名を入れ、
「作品」として展覧会に出品しようとする。
美術をやめて、長いことチェスに没頭する。
「モナ・リザ」の絵葉書に髭を付け足して、「L.H.O.O.Q」
(仏語読みで「彼女のお尻は熱い」)との題名を付ける。
一方で何の加工もしていない「モナ・リザ」を
「ヒゲをそったL.H.O.O.Q」と題してしまう。
フランスの薬局で買ったただの空のアンプルに「パリの空気」という題を付ける。
女装して、偽名を名乗ったりする。
自分の墓石に「されど、死ぬのはいつも他人」と書く。
死の翌年に突然それまでの作品と全く無関係に見える「遺作」が発表され、
その写真は遺言で15年間発表されることなく、封印される…などなど。

その作品自体は、芸術の無意味化を図るダダイズムである
という認識から、個別の読み込みはしませんが、
美術の可能性と限界を一気に示す、革新的なものであったし
なにより、こんなエピソードがてんこもりの生涯は、とても魅力的です。
「仕事をするよりも、生きること、息をすることの方が好きなのです」
自分もデュシャンになりたかった。(半分本気)
常に裏切りを続ける生き方は、現代においても案外、有効かと思います。

今回の展示では、「階段を降りる裸体」と、レプリカですが
「泉」「大ガラス」「遺作」が見られるので、ファンには必見ですね。

フォロワーの展示では、巨大な鳥の彫刻がウケました。
「これってもしかしたら」と思ったら、ビンゴ!
ブロンズ製の「泉」もサエています。
あと、森村さんって、容貌も含めてデュシャンに似ているような。


(05/01/11 h.taki)



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