『鶴の恩返し・黒ファイ編』


日本迷作劇場その3改改改怪 鶴の恩返し

キャスト
村の若者:黒鋼
鶴:ファイ

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昔々のその昔。
ある村に一人の若者が住んでいました。
この若者は誰にでもやさしく、とても正直だったので村のみんなから慕われていました。

「昨日は飲みすぎたか。頭がガンガンするぜ」

若者?
いや、ちょっと老けて見えますけど彼はけっこう若いんです。
本当ですよ。
かの名作、銀河英雄伝説では30代を青年士官の範疇に含めているくらいですから。
彼も立派に若者の範疇に入ります。
あ、もちろん彼が三十路だと言っているわけではありませんからね。
念のため。

さて、そんなある日のこと。
若者が森を歩いていると1羽の鶴が罠にかかって動けなくなっているのを見つけました。

「つるーっ、つるーっ」

鶴は悲しそうな声で若者に助けを求めます。
例によって鶴の鳴き声は不明ですのでその辺はスルーしてください。
心優しい若者はためらうことなく鶴を・・・・・・
鶴を・・・・・・
・・・・・・

若者、鶴を完全に無視。
鶴のことなど知ったことかと去っていこうとします。
あわてた鶴は声の限りに若者に呼びかけるのでした。

「ちょっと〜〜。どうして無視するの〜〜。助けてよ〜〜」
「なんでおれがお前を助けなきゃなんねえんだ。だいたい、鶴なんて骨ばかりで食うところもねえ。助けてもなんの得にもならねえじゃねえか」
「そんな〜〜。主人公は困っている者を助けるものじゃないの〜〜?」
「知ったことか」
「うわ〜〜ん。恨んでやる〜〜。呪ってやる〜〜。七代までたたってやる〜〜」
「ちっ、しょうがねえな」

鶴さん、無茶苦茶言ってますね。
鶴さんの暴言に呆れたのか、はたまた呪いとかたたりとかを気にする方だったのかはしれませんが若者はしぶしぶといった顔で鶴を助けます。

「つるーっ」

自由になった鶴は喜びの鳴き声を上げながら飛び去っていきました。
飛び去る鶴を見送る若者の瞳に浮かんでいるのはよいことをしたという満足感のみです。

「朝からケチがついたぜ。出直すか」

・・・・・・。
まあ、そういうことにしておいてください。

さて、その夜。

トントントン・・・

若者の家の戸を叩く音がします。

「こんな夜更けに誰だ」

いぶかしみながらも戸を開けてみると、そこにいたのは銀髪の美しい女性・・・・・・じゃなくて青年。

「夜分遅くに申し訳ありません。旅の者ですがこの雪に難儀してしまいまして・・・」
「で?」
「いや、だからその。できれば泊めてもらえないかな〜〜と」
「どっか他のところに行け。うちは満員だ」
「他って言われてもこのまわり他に家なんかないし〜〜。あ、ひょっとして仲間はずれだったりするわけ?」
「ほっとけ!」

悪態をつきながらも青年を迎え入れたのはやはり若者が優しいからでしょう。

こうして若者のところにやってきたファイという名の青年ですが1日たっても2日たっても若者の家を出ようとしません。
当然のように若者は追い出そうとするのですが、

「うっ。持病の癪が」
「何が癪だ。さっきまでガツガツ飯食ってたじゃねえか」
「じゃあ食べすぎかな〜〜」
「てめえ〜〜」

青年は言を左右にして一向に出ていこうとしません。
そんな青年を力づくで追い出そうとしないこの若者はやはり心根の優しい男なのです。
優しいんだってば。

「黒さまそんな顔してると皺が増えるよ〜〜」
「誰のせいだ!」

二人はいつしかお互いを名前(?)で呼び合う仲となっていましたが、これを二人の仲は縮まったと言っていいものなのやら。
まあ、そういう関係もあるということで。

さて。
青年が若者の家に来てから半年も経とうかというある日のこと。

「ねえ黒さま。黒さまに一つお願いがあるんだけど」
「お願い? なんだ」
「うん。おれ、ここに来てからずっと黒さまのお世話になりっぱなしでしょ」
「そう思ってるんならとっとと出ていけ」
「やだなあ黒さま。それじゃ話が進まないじゃないの。それでね。おれ、黒さまのために機を織ろうかと思うんだ。おれこう見えても機織りはうまいんだよ」
「そうかい。それじゃあ一つ頼むとするか。ちったあ金になるかもしれねえしな」
「ありがとう黒さま。それでね。もう一つだけお願いがあるんだけどいいかな」
「なんだ」
「おれが機を織っている間は決して中を覗かないで欲しいんだ。これだけは約束してほしいんだけど」
「覗かなければいいんだな。わかった」
「うん! それじゃあ、さっそく」

若者の承諾を得た青年はさっそく部屋にこもって機織りを始めます。

ぎったんばったん
ぎったんばったん
ぎったんばったん
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

そうして翌朝出来上がった織物を手渡された若者は驚きに目を見張るのでした。
それは若者がこれまで見たこともないほどに素晴らしい織物だったのです。

「こいつは驚いた。まさかこれほどのものとはな」
「ふふっ、そんなに喜んでもらえるとおれも嬉しいな」
「どんなごく潰しにも一つは取り柄があるってところか」
「黒さま〜〜それはひどいよ〜〜」
「じゃ、ちょっくら街に行ってくるぜ。こいつは高く売れそうだ」

本当に素晴らしい出来栄えの織物です。
羽のように軽く、柔らかく、織物自体がまるで不思議な輝きを放っているかのような見事な逸品です。
そう、まるで羽のように・・・・・・

若者の見込み通りその織物にはたいそうな値段がつき、若者はこれまで見たこともないほどのお金を手にすることができました。

こんなことが何度か続くうちに若者の織物は町でも評判となりますます高く売れるようになって若者の生活も次第に裕福へとなっていくのでした。
これもみな青年の織りだす不思議な織物のおかげです。
それにしても、いったいこの青年はどのようにしてこんなすごい織物を織りだしているのでしょうか。
そもそも、たいした素材もない若者の家のどこから織物の原料を調達しているのでしょうか。
けっして覗いていけないというわけは?
ちょっとあやしいですね。
青年がどのようにして機織りをしているのか少し覗いてみることにしましょうか。

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ここはいつも青年が機織りをしている部屋です。
機織り機のほかにはとくに珍しいものはありません。
あんなきれいな織物の材料になるような素材も見当たりません。
やっぱりあやしいですね。
ここで青年が部屋に入ってきました。
部屋に入ると青年はまるで何者の侵入も許さないとばかりにかたく襖を閉じます。
実にあやしい態度です。
青年はそのまま機織りを始めるかと思いきやなぜかおもむろに服を脱ぎ始めました。
一枚一枚と身に着けた衣を落としていきます。
その下からあらわれたのは雪のように真っ白な肌と意外にも引き締まった筋肉質な身体です。
青年の美貌と相まってまるで一流の芸術家が大理石に彫りこんだ彫像のような見ごたえがあります。
それほどの美しさです。
全裸になった青年は両手を組んで祈るかのように目を閉じます。
と、ここで不思議なことが起こりました。
染み一つなかった青年の白い背にぽつんと黒い影のようなものが浮かび上がってきたのです。
浮かび上がったそれは広がり数を増やして青年の肌を侵食していきます。
やがて完成したそれは紋様のようにも文字のようにも見える異様な形をした刻印でした。
不思議なことはさらに続きます。
青年が祈りを続けると完成した刻印は形容しがたい光彩の輝きを放ち始めます。
その輝きは次第に何かの形をとりはじめ、ついには1枚の羽となって床に落ちるのでした。
奇怪な紋章の刻まれた光輝く羽です。
羽は1枚だけではなく、青年の背から次々に生まれだされていきます。
なるほど。
この羽が織物の原材料だったわけですか。
これが素材ならばあの織物の素晴らしさにも納得がいきます。
それにしても、美しい青年の肌に刻まれた異様な刻印が輝く羽を生み出していくこの光景をなんと表現したらよいものでしょうか。
なんとも神秘的かつ、幻想的な光景です。

「もうすぐ黒さまがこの部屋をのぞきにきちゃう。あんなに約束したのにな〜〜。黒さま、どういうことだ、説明しろって詰め寄ってきて。それでだんだん興奮してきて。おれを押し倒して。これが羽の元なのかっておれの体を弄り回して。それだけじゃすまなくて。おれの大事なところも調べ始めて。それから、それから・・・・・・あぁっ!」

頭の中は例によって可哀想なことになっていますが。
この青年もなんといいますか。
黙って立ってればかなりいい線にいくと思うんですけどね。
へにゃい表情と致命的にアレなおつむの中身がもう少しなんとかなれば。
だがそれがいい! と主張なさるご婦人方も多いようですのでそういうものだと納得することにしますか。

「黒さま〜〜。早くのぞきにきて〜〜〜〜」

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さてさて。
アブナイ期待を胸に今日も鶴さんは機織りにいそしみます。

しかし。

鶴さんの期待に反して若者は一向に部屋をのぞきにこようとしません。

「黒さま。おれが機織りをしてる間は絶対に部屋に入っちゃダメだからね」
「あぁん? なんか言ったか?」
「いや、だからおれが機織りをしてる間は・・・・・・」
「あぁ。わかったわかった。のぞかなきゃいいんだろ」
「黒さま〜〜」

もうすでにお気づきの方も多いでしょう。
そう。
そうなのです。
この若者は超の上に超がつくほどの自己チュー人間。
他人のやる事なんかはなっから眼中にないのです。
鶴さんが何をしていようがまるっきり興味がわかないタイプなのです。
これまたなんと言ったらよいものやら。
人としても大いに問題のある姿勢だと思いますが。
おとぎ話の主人公としてはそれ以上に問題がありますね。
これではストーリーが進みません。
ちょっと、いやかなり、いや、致命的に人選ミスな気がします。

いつまでたっても覗きにこない若者にとうとう鶴さんブチギレ。

「黒様〜〜。どうしていつまでたってものぞきにこないの〜〜」
「どうしたごく潰し。今日のノルマはあがったのか」
「の、ノルマ〜〜!?!? いつからそんなことになってんの??」
「当たり前じゃねえか。うちには無駄飯食いをいつまでも飼っとくような余裕はねえ」
「そんな〜〜」
「できてねえならとっとと仕上げろ。おれは寝る」
「ちょ、ちょっと〜〜。黒さま〜〜。ふえ〜〜ん。ひどいよ〜〜」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・

今回の教訓:
自己チュー人間におとぎ話の主人公はつとまらない。

まあ、その後もなんやかんやで二人は末永く幸せに暮らしたそうです。
めでたしめでたし?

おわり。


本サイト初の黒ファイもの。
ということにしておこう。

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