『知世の望み・小学生編』



「知世ちゃん、今日はお誕生会へ招待してくれてありがとう」
「とっても楽しかったよ」
「こちらこそありがとうございます。わたしも楽しかったですわ」

本当に楽しかったですわ。千春ちゃん。奈緒子ちゃん。
もっとも、わたしの本当のお楽しみはこれからですけど。

「さくらちゃんはまだ眠ってるの?」
「ええ。まだお目覚めになりませんわ」
「さくらちゃん、ここのところいつも眠そうにしてたものね」
「そうですわね。少しお疲れだったのではないでしょうか」
「どうするの? さくらちゃんのお家に連絡した方がいいんじゃない?」
「それならご心配なく。こちらの方でもう手配済みですわ」
「あ、そうなの。それなら大丈夫だね」

えぇ、大丈夫ですわ利佳ちゃん。
こちらの方で万事手配は済んでいますわ。
最初から全て計画通りのことなのですから。

あら?
李くん、どうなされました?
そんなにコワイお顔をして。

「大道寺」
「はい。なんでしょうか」
「信じてるからな」
「なんのことでしょうか」
「・・・・・・そうか。ならいい。とにかくオレはお前を信じてるからな」

さすがですわね、李くん。
わたしがさくらちゃんのお菓子にお薬を盛ったことに気づいているのですね。
そんなに心配なさらなくても大丈夫ですわ。
李くんが考えているようなことはしませんから。

でも。
わたしがこれからすることは、李くんの想像よりもずっと酷いことかもしれませんけど。

◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇

「すぅーーっ、すぅーーっ・・・・・・」

あぁ、さくらちゃん・・・・・・
ようやく二人っきりになれましたわね。
ふふっ。
この言い方は少し変でしょうか。
さくらちゃんとはいつも一緒にいますものね。
二人だけでいるお時間ということでしたら、ケロちゃんを除けばわたしが一番長いはずですから。
ですが、それはわたしが望んでいる『二人きりのお時間』とは違いますわ。
わたしに対するさくらちゃんの『好き』と、わたしのさくらちゃんへの『好き』が違うように・・・・・・

さくらちゃん。
さくらちゃんはわたしと二人でいる時に何を考えていらっしゃいますか。
きっと、いろいろなことを考えられているのでしょうね。

クロウ・カードのこと。
最近の不思議な事件のこと。
学校でのこと。
今日の宿題のこと。
お家での食事当番のこと。

月城さんのこと。
柊沢くんのこと。
藤隆さんのこと、桃矢さんのこと、ケロちゃんのこと。

そして。
李くんのこと。

本当にいろいろなことをお考えになっているのでしょうね。
でも、わたしは違いますわ。
わたしがさくらちゃんと二人っきりの時に考えているのは、さくらちゃんのことだけ。
さくらちゃん以外のことなんか、考えたこともありませんわ。
これはちょっとズルイでしょうか。
さくらちゃんの相談にのってあげるフリをしながら、その実、さくらちゃんのお話など全く気にしてあげていないのですから。
許してくださいね、さくらちゃん。
でも、さくらちゃんも悪いのですわよ。
わたしのこの想いに全く気づいてくれないのですもの。
気づいてくれないだけならまだしも、わたしの前で別の方のお話をされてしまうのですもの。
自分の『一番の人』が、自分の目の前で別の誰かへの想いを口にする・・・・・・
それがどれほど残酷なことか、今のさくらちゃんにはお分かりにならないのでしょうね。

それでも、以前はまだ我慢できましたわ。

『今晩、雪兎さんがうちに来るの! 楽しみだな〜〜』
『今朝は雪兎さんと目があっちゃった』

さくらちゃんの口から月城さんの名が出る度に、月城さんを羨ましいとは思っても今ほどの絶望感は感じませんでした。
それは多分、さくらちゃんの月城さんへの『好き』が、わたしの欲しい『好き』とは微妙に違うことに気づいていたからです。
けれど、今は違います。

『また小狼くんに助けてもらっちゃった』
『わたしも小狼くんのお手伝いがしたいんだけど、わたしにできることって何かないかな』

うふふっ、さくらちゃんご自分では気がついておられないでしょう。
李くんのお話をする時のさくらちゃん、本当に嬉しそうですわ。
前は月城さんのお話をしている時が一番嬉しそうでしたけど。
今は李くんのお話をしている時が一番いいお顔、それもとびっきり素敵なお顔をされていますわ。
やっぱり、さくらちゃんの一番は李くんなのですわね。
うらやましいですわ。

さくらちゃん・・・・・・
これからわたしがしようとしていることは、絶対に許されないことです。
「初めて」が女の子にとってどんなに神聖なものであるか。
それを踏みにじることがどんなに罪深いことであるか。
それは重々承知しています。
それでも。
わたしは我慢することができないのです。
いつか、さくらちゃんもご自分の本当のお気持ちに気づく時がきます。
その時には、さくらちゃんの全ては李くんで満たされてしまいます。
そうなってしまったら。
もう、わたしがさくらちゃんの中に入り込む隙間などなくなってしまう・・・・・・
それがわかってしまっているからです。

今なら。
今なら・・・・・・
まだ、さくらちゃんにわたしの痕を残すことができます。
たとえそれが。
さくらちゃんにも、李くんにも他の誰にもわからないものであっても。
わたしの中にしか残らないものであったとしても。
さくらちゃんの大切なものを奪ってしまうことができる。
許してください、さくらちゃん。
この罪深いわたしを許してください、さくらちゃん・・・・・・

◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇

ソファに眠る少女の唇に、今一人の少女のそれが近づく。
ゆっくりと。震えながら。しかし着実に。
二つの唇が重なり合った瞬間、わずかに陽が翳り部屋の中が暗くなった。
それは、罪深い行為を隠すための天の計らいだったのかもしれない・・・・・・

◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇・・・◇

「ゴメンね、知世ちゃん。せっかくのお誕生日パーティだったのに眠っちゃって」
「いえいえ。さくらちゃんのお体の方が大事ですから。それにしても、やっぱりまだ眠くなってしまうのですか」
「ここのところは大丈夫だったんだけどなあ」
「無理なさらないでくださいね」
「大丈夫だよ、知世ちゃん。グッスリ寝たおかげで元気になったよ。それに、いい夢も見れたしね」
「夢? どんな夢でしたの」
「えへへへ。あのね、夢の中で天使がわたしにキスしてくれたの」
「!?」
「顔はよく見えなかったけど、とっても優しそうな天使様だったよ。キスされた時、すごくいい気持ちになって・・・・・・あ、あれ? 知世ちゃん、どうしたの! なんで泣いてるの?」
「な、なんでもありませんわ! ちょっと目にゴミが入っただけですわ。そ、そうですか。天使がさくらちゃんに・・・・・・」

あぁ、さくらちゃん。
あなたは本当に・・・・・・
こんな罪深いわたしを許してくれると言うのですか。
さくらちゃんの初めてを穢した罪深いわたしを・・・・・・
さくらちゃん、わたしは天使などではありませんわ。
こんなわたしを許してくれる、さくらちゃんこそ天使ですわ・・・・・・

END


中学生編に続きます。

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