シ○ルイ
〜〜堀鐔学園御前試合〜〜

最終景 紅(くれない)



キャスト
藤木源之助:小狼
伊良子清玄:桃矢
岩本三重:さくら
徳川忠長:エリオル
家老その1:ケルベロス
家老その2:スピネル
部下その1:山崎
部下その2:奈久留

※またキャストが変わってね? とお思いの方へ。 細かいことは気にしないのが吉。

――― 最終景 紅(くれない) ―――

勝負は一瞬で決した。
そこに如何なる秘奥が尽くされたのか観客の生徒達にはわからない。
彼らには二人の剣がまるで見えなかったのだ。
二人の剣士が交差した瞬間、一人が音もなく倒れた。
彼らに理解できたのはそれだけである。

「勝負ありッッッ!」

教頭・土佐守スピネル衛門の声が死合の終了を告げる。
その声を耳にしながら

「桃矢・・・・・・!」

小狼之助は万感の思いを込めて地に伏す好敵手の名を呼んだ。
七年前のあの夏の日。
友枝小学校の校庭で出会ったあの日以来、小狼之助が桃矢を想わぬ日があったであろうか。

(やった! ついに最大のお邪魔虫をたおした! これでオレとさくらの仲を邪魔するやつはいない!)

感無量である。
お邪魔虫の排除と恋の成就は別の問題では? とか
他にいくらでもお邪魔虫がいるような? とか
そもそも未だに告白できないヘタレ振りが最大の問題じゃね?
などツッコミどころは多数だがそれはひかえよう。

「藤木小狼之助!」

感慨に耽る小狼之助を現実へと引き戻したのは、上座よりかけられた筆頭教頭・朝倉守ケルベロス之助の声であった。
我に返った小狼之助は、白州に跪いて深々と頭を下げる。
無論、単なる儀礼上の仕草であり筆頭教頭への敬意などかけらほどもない。
そもそもこの筆頭教頭、どこからどう見ても人には見えない。
ただのぬいぐるみである。
こんな謎生物を教頭に指名するあたりにも学園長・エリオルの奇矯さが見て取れる。

「小僧、見事やった! よくぞ桃矢を仕留めた!」
「はっ!」
「この兄ちゃんはホンマに邪魔やったわ。いつもいつもわいがお菓子を食べるのを邪魔しおってからに。だいたいやな〜〜・・・・・・」

えんえんとケルベロス之助の愚痴が続く。
だが、この愚痴はケルベロス之助の一人のものではなかったのかもしれない。
桃矢は眩しすぎた。
可愛い妹と戯れ、年上のお姉様の寵愛を受け、同性の親友と爛れた性関係をもち・・・・・・
シスコンお姉様萌えBLをただ一人でこなす。
そんな彼の生はオタクの目にはあまりにも眩しすぎた。
眩しすぎたが故に彼は斬られなければならなかったのだ。

と、ここで上座の最奥、学園長の座からケルベロス之助に声がかかった。
ボソボソとしたその声は小狼之助の場所までは届かない。
学園長の言葉にケルベロス之助はうんうんと頷いていたがやがて、

「小狼之助!」

小狼之助の方に振り返ると大音声をあげた。
このぬいぐるみ、なりは小さいが声だけはやたらとデカイ。

「小僧の腕前、実に見事やった! 殿もいたく感服したと仰られておる」
「もったいないお言葉でございます」
「そこでな。殿から小僧へ直々に特別恩賞を賜るとのお言葉や。ありがたく頂戴せい」
「特別恩賞・・・・・・?」

特別恩賞?
この御前試合にそんなものがあったとは初耳である。
だが、断る理由はない。
たいした物ではないだろうが、くれると言うならもらっておこう。
小狼之助の頭に浮かんだのはその程度の考えである。
桃矢という人生最大の障害を排除した喜びで頭の中はいっぱいなのだ。
心はもう、愛しい少女のもとへと飛んでいってしまっている。
上の空状態である。
ケルベロス之助の言葉など右から左へと通り抜けている。

だから、気づかない。
音もなく背後に忍び寄る二つの影に気づかない。

「な、なななっ!? な、何をする!!」

気づいた時にはすでに遅い。
背後から忍び寄った影の一つにガッチリと羽交い絞めにされてしまっていた。

「や、山崎!?」
「あはは〜〜李くん、油断大敵〜〜」
「何の真似だ! 離せ!」
「そうはいかないなぁ。これは学園長のご命令だからね」
「学園長の命令だと? なんのことだ! ええ〜〜い、離せ!」

思いがけぬ攻撃にあわてて腰の刀へと手を伸ばすが、その手は空しく空を切るばかり。
もう一つの影がすでに小狼之助の刀を奪い取っていたのである。

「お前は!? たしか桃矢の友人の・・・・・・」
「失礼ねぇ。友人なんかじゃないわよ。わたしは桃矢くんのコ・イ・ビ・トの奈久留ちゃんよ。ちゃんと覚えておいてよね。ま、いっか。エリオル〜〜準備できたわよ〜〜」
「じゅ、準備だと? いったい、何をするつもりだ!」

予想外の出来事にパニくる小狼之助。
あわてて上座へと向けた目に映ったのは―――
妖しき笑みを浮かべて立ち上がる学園長の姿であった。

「ふっふっふっ、李くん。本当にお見事でしたよ。うふふふふふ・・・・・・」
「ひ、柊沢・・・・・・」

この日の学園長は酒気を帯び、童のごとく口元を緩め、瞳は燐光を放つという、ただならぬ“仕上がり”ようだ。
小狼之助の背を冷たい恐怖が走り抜ける。
この変人は一体、オレに何をするつもりなのか?
その疑問に答えたのはケルベロス之助の宣下であった。

「藤木小狼之助! 特別恩賞や。殿からおぬしに熱きベーゼを賜る。しかと受け取れや」
「べ、ベーゼって・・・・・・なんだ?」
「なんや、知らんのか。接吻のことや」
「接吻って・・・・・・」
「接吻は接吻や。まあ、ようするにキッスのことやな」
「キス・・・・・・?? って、え? えぇ? えぇぇぇ〜〜〜〜っ???」
「うふふふふ。さあ、いきますよ李くん・・・・・・」
「どわわわわわわ〜〜〜〜〜〜!!!」

にじりよる学園長。
必死になって暴れまわる小狼之助。
しかし、悲しいかな。
桃矢との死闘に全力を尽くした後では手足に思うように力が入らず、山崎を振り払うことが出来ない。
無駄なあがきを続ける小狼之助の唇に、エリオルのそれがジリジリと近づく。

「さあ、柊沢くん。ぶちゅっとやっちゃってよ」
「や、やめろ、柊沢! オレにはそっちの趣味は無い!」
「ふふっ、そんなところもそそられますよ。本当に可愛い人ですね貴方は」
「うわわわわ〜〜〜!! や、やめろぉぉぉっ!! やめ・・・・・・」


ぶっちゅうううううううううう〜〜〜〜〜〜


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

選手控え室へと廊下を歩く小狼之助の姿は、入場した時とは別人であった。
その顔には何の表情も浮かんでいない。阿呆の如きマヌケ面である。
全て奪われた。
残ったものは約束だけ。
少女との。

しかし。

少年を待っていたものは愛しき少女にあらず。
ただ一通の置手紙だけであった。
ふるえる指で手紙を開く小狼之助。
そこには見覚えある少女特有の丸っこい筆跡で

『今日は夕ご飯の当番だから先に帰るね。試合、最後まで見れなくてごめんね。それと一つお願いなんだけど、お兄ちゃんに帰りに醤油を買ってくるように言っておいて。それじゃあ小狼くん、また明日ね!』

と書かれているのであった・・・・・・

バタッ

糸が切れた人形のように地に崩れ落ちる小狼之助。
その姿は、奇しくも試合場に倒れた桃矢のそれと全く同じである。

―――勝者、敗者、共に倒るる。
彼らの耳に響くのは

『お兄ちゃん・・・・・・』
『小狼くん・・・・・・』

妄想の中で己を呼ぶ少女の声だけであった。


〜〜堀鐔学園御前試合 最終景〜〜

(なにも)くれない



今さらながら、堀鐔学園の字を間違えていたことに気がつきました。

誤:堀鍔
正:堀鐔

鐔なんて字、普通使う?
“つば”で変換しても候補に出てこないのですけど。

あと、うちの話にしては珍しく知世様が出ませんでした。
シグルイには女性キャラが少ないのでしかたがないのですが。
知世様ファンの人はゴメンなさい。

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