『四月二日の出来事』
「気をつけろ、さくら!」
「うん!小狼くんも気をつけて!」
今日は四月二日。
友枝町ペンギン公園。
学校からの帰宅途中、「クロウの気配」を感じたさくらと小狼はペンギン公園に来ていた。
やはりいつものように人っ子一人いない。
ひっそりとしている。
「この感じ・・・いるな!」
「うん。クロウさんの気配を感じるよ!」
「(たしかに何かいる・・・けど、この感じは?)」
たしかに何者かの気配を感じる。
しかし、どこかいつもと様子が違う。
いつもは感じない「邪気」とでもいうような気配が・・・?
「しゃおら・・・っ!」
「!?さくらっ!」
さくらの声に驚いて振り返るとさくらが口のあたりを押さえて呻いている。
いや、さくらの足が地についていない!
見えない何かに捕まっている!
「さくら!今、行く・・・なっ!!!」
あわててさくらの方に駆け寄ろうとした小狼だったが、いきなりつんのめって倒れる。
見えない何かが足を掴んでいる!
敵はもう一体いたのだ!
「くそ、この!」
あわてて剣で足の先を払うが・・・手応えがない。
(切れない!?実体の無い魔力の塊みたいなものか?ならば!)
「雷帝しょ・・・!!」
ドカッ!!!
雷帝を放とうと呪文を唱えた瞬間、持ち上げられて思いっきり地面に叩きつけられてしまった。
「くそ!雷帝招来!」
起き上がって立て続けに雷帝を放つがことごとくかわされる。
(速い!このスピード・・・『駆』(ダッシュ)以上だ!魔法じゃ追いつかない!どうすれば!)
――――――――――――――――――――――
(小狼くん!)
見えない何かに抱え込まれたさくらの前で小狼がもう一体の気配に翻弄されている。
雷帝を何度か放っているが全て避けられてしまう。
助けに行きたいが全く身動きができない。
おまけに口を塞がれて呪文を唱えることができない。
ドォッ!
ついに小狼が気配の一撃を受けて倒れてしまった。
なんとか剣は手放さなかったようだが、片膝をついた状態で立ち上がれない。
観念したかのように目を閉じてしまう。
そんな小狼に再び「気配」の一撃が迫る!
(小狼くん!小狼くんっ・・・・・・!!!)
――――――――――――――――――――――
さくらの目の前で小狼がゆっくりと立ち上がった。
襲ってきた気配は振り向きもせずに放たれた片手殴りの一撃を受けて粉々に砕け散っている。
小狼の眼が開く。
その眼が月の魔力を秘めて銀色に輝いている。
手にした剣も同じ光を纏ってうっすらと光っている。
剣で切れず、魔法で捕らえられない相手を「魔力を籠めた剣」で打ち破ったのだ。
(よかった・・・・・・え?小狼く・・・ん?)
小狼の無事を喜んだのも束の間、立ち上がった小狼に剣を向けられさくらは困惑した。
正眼の構えで一直線に自分の正面に剣を突きつけられる。
(小狼くん?それにあの眼・・・!?月さんと同じ眼?)
小狼は無言で立ち尽くす。
その体に何か強い力のようなものが溜まっていく感覚。
・・・!?
(まさか小狼くん、わたしごと切るつもりなの?)
そんな!?小狼くんがわたしを?そんな・・・そんな・・・!
――――――――――――――――――――――
「さくら・・・今、助ける!」
さくらが恐怖に囚われそうになったその時、小狼の声が届いた。
いつもと同じ優しい声。
いつも自分を守ってくれる声。
その声を聞いたとたん恐怖は嘘のように消えた。
(そうだよ!小狼くんはいつもわたしを助けてくれるよ!いつも・・・)
さくらが安堵したその瞬間。
小狼の剣はさくらもろとも背後の気配を一閃していた。
――――――――――――――――――――――
冷たい鋼が自分の体を切り裂いていく感触。
肩から胸、腹、腰へと抜けていく。
音も無く背後の気配が消滅していくのを感じる。
自分もこのまま消えてしまうのか・・・
不思議と恐怖は感じなかった。
――――――――――――――――――――――
「さくら、大丈夫か!」
気がつくと小狼に抱き起こされていた。
「え、あれ?今、小狼くんの剣で切られて・・・あれ?」
体のどこにも傷はない。
服にも切られた跡はない。
「え?えええ?どうして?」
「本当の剣で切られたわけじゃない。あれは『思念の剣』だ」
「しねんのつるぎ?」
「魔力で創られた幻の剣と言えばわかるか?」
「でも、本当に切られた気がしたよ?」
「そう感じただけだ。魔力で創られたものは切れても人は切れない。・・・それより立てるか?」
「あ、うん。・・・って、あれ?」
「どうした!どこか怪我でもしてるのか?」
「あの・・・その・・・」
「ん?」
「腰が抜けちゃったみたい・・・」
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「いいのですか、エリオル。今日はまだカードを変えていないようですが」
「今日のところはこれでやめておこう。それに今日はカードを変えるのが目的じゃない」
「それでは一体、なにを?」
「男の意地・・・かな」
昨日の小狼の『宣戦布告』に対する返礼。
今の小狼では太刀打ちできない『気獣』を送り、さくらさんの前で少しカッコ悪い目にあってもらおう・・・そんな軽い悪戯のつもりだった。
まさか『気獣』を倒すとは。
エリオルも思念の刃で敵を滅する技の存在は知っている。
だが、それは達人にのみ可能な技だ。
小狼にできるとは思っていなかった。
(さくらさんを想う心が潜在能力を引き出した・・・というところですか。本当に面白い人だ・・・貴方は・・・)
「あ〜んエリオルぅ〜さくらちゃんたち行っちゃうよ〜。いいの?」
「こっちも引き上げだよ。ルビームーン。男の嫉妬は醜いものだしね」
「?また何わけのわからないこと言ってるの〜???」
(さくらさん・・・早く自分の「本当の気持ち」に気付くといいですね)
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「もうすぐお前の家だぞ」
「うん。本当に今日はどうもありがとう」
ここはもうさくらの家の近く。
結局、腰が抜けて立てなくなったさくらを小狼がおんぶして送ることになった。
(えへへへ〜小狼くんの背中だ〜♪なんかすごく安心できるよ・・・)
「ん?どうした?何か言ったか?」
「な、何にも言ってないよ!あ、いや、えっとね。さっきの小狼くん・・・すごくかっこよかったよ!」
「!?バ、バカ、なに言ってるんだ!」
「本当にかっこよかったんだよ!」
本当にかっこよかった・・・
銀色に輝く瞳。
同じ色に輝く剣。
それが音も無く魔を両断する。
幻想的な光景だった。
そしてその剣が自分を切り裂く。
『小狼』が自分の体を貫いていく感触。
ゾクゾクするような妖しい感覚。
(小狼くん・・・小狼くんに・・・)
ギュ〜〜〜〜〜〜
思わず小狼の首に絡めた手に力が入る。
「さくら・・・」
「ん?なに?」
「首が苦しい・・・」
「ほ、ほえ!ごめんなさい!」
・・・さくらが『小狼』に貫かれて悦びの声をあげるのは・・・まだまだ先のお話・・・
END