『四月一日の出来事』

「「「「さくらちゃん、お誕生日おめでとう!」」」」
「みんな、ありがとう!」

今日は四月一日。
木之本さくらの誕生日。
誕生日を祝ってくれているのは知世、利佳、奈緒子、千春、山崎、エリオル、そして小狼のいつものメンバーだ。
場所は大道寺邸。
最初はさくらの家に集まるつもりだったのだが何分にも人数が多いので急遽、知世の家に変更となったのだ。

「ごめんね知世ちゃん。こんなにいっぱいで押しかけちゃって」
「かまいませんわ!超絶可愛いさくらちゃんのお誕生日を祝うためですもの!さくらちゃんのためでしたらこんな館の一つや二つなんでもありませんわ!」
「ははは・・・あ、ありがと」

さすがは知世、しょっぱなから飛ばしまくりだ。
このちょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと変わったお友達の思考回路は未だにさくらには理解できない。
もっとも、知世の思考回路が理解できる人間がこの世に何人もいるとは思えないが・・・
おそらく全世界でも片手の指に収まるほどしかおるまい。
そして今日この館にはその何人かの一人・・・いや、知世に輪をかけて飛ばしまくりのお方がいらっしゃるのだ。

「さくらちゃん、本当に可愛いわ〜(うっとり)。それに・・・ますます撫子に似てきて・・・(うるうる)」
「あ、ありがとうございます」
「あぁ・・・撫子!!!(ガバッ)」
「ほ、ほえ〜〜〜!」

知世の母、大道寺薗美である。
かつてさくらの母、木之本撫子を心から愛していた女性。
あまりにも撫子を愛しすぎたため、藤隆との結婚を認めることができずそれを後悔し続けてきた女性。
その撫子への「想い」が成長するに従い撫子に似ていくさくらに炸裂しまくりだ。
・・・というかはっきり言ってめちゃくちゃ怖い。
撫子への想いが我慢できなくなったのか、さくらをギューギュー抱きしめてスリスリ頬ずりしている。
「食べてしまいたいくらい可愛い」とはよく言われるが、この女性は人目がなかったら本当にさくらを食べてしまいそうだ。

「(さすがは知世ちゃんのお母さんだよね〜)」
「(うん。知世ちゃんはちょっと遠慮してるところがあるけどお母さんは全然遠慮なしだよね〜)」
「(お母様・・・ずるいですわ・・・)」
「(さくらさんは本当に可愛いですから)」
「(!むかっ!)」


・・・

「あ、あら、私としたことが・・・オホホホホホホ。さあ、みんなお菓子もいっぱいあるからドンドン食べていってね!」

さすがに皆の視線が気になったのかようやくさくらを解放して引っ込む。
入れ替わりに大量のお菓子が盛られたお皿を持ったメイドたちが入ってきた。

「うわ〜おいしそう!」
「こんなにケーキ食べたら太っちゃう〜」
「あははははは〜。ケーキって言うのは昔ね〜・・・」
「ハイハイ!」

・・・といつものやり取りもあったが、そこは食べ盛りの子供達。
山盛りのお菓子に群がってばりばり食べ始めた。
「お菓子」の中にとんでもない問題を引き起こす「モノ」が混じっていることに気付かずに・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「キャハハハハハハハハ・・・」

最初にさくらの異変に気付いたのは千春だった。
さくらの様子がどこかおかしい。
妙にはしゃぎ過ぎている。
さくらが明るいのはいつものことだが、それとは違うなにかに浮かれているとでもいうような感じがある。
それに心なしか顔が赤いような気が?
・・・と思っていたらさくらはおもむろに立ち上がってトコトコと山崎の方に歩いていった。

「山崎く〜ん」
「木之本さん?」
「山崎君の目ってどうしてそんなに細いの〜〜〜?」
「え?え?」
「ホントに目、開いてるの〜〜〜?えい!」
「うわ!?」

なんと山崎の目をタテヨコに引っ張り始めた!

「キャハハハハ!ちゃんと目がある〜〜〜」

ここにきてようやく他の者もさくらの奇行に気付いた。

「さくらちゃん・・・ひょっとして酔っ払ってる?」
「でも、どうして?お酒なんか出てないのに?」
「ひょっとして・・・これのせいでしょうか?」

知世が指差したのは・・・チョコレートボンボン。
どうやらこれにウィスキーが入っていたらしい。
とはいっても元々お子様用のお菓子。
アルコールが混じっているにしてもごくわずかの筈だ。
そんなわずかのアルコールにさくらはバッチリ反応してしまったらしい。

「ど、どうしよう?」
「どうしようと言われましても・・・でも・・・」
「でも?」
「でも・・・お酒に酔っ払って絡むさくらちゃん!滅多に見られない素晴らしいシチュエーションですわ〜〜〜!」

ズコっ。

いきなりドリー夢モードに突入した知世に他の三人は思いっきりズッこけた。

「うにゅ〜〜〜」

しばらく山崎の目をひっぱって遊んでいたさくらだったが、飽きたのか次の標的を探し始める。

・・・キラ〜ン!標的(犠牲者?)発見。

「エリオルくん!」
「はい、なんでしょう。さくらさん。」
「エリオルくんは、さくらのこと好き?」

!!
爆弾発言!

「(まあ!さくらちゃん大胆な発言を!李くん、ピンチですわ!)」

知世はあわてて小狼に目を向ける。
さぞや「ガビガビ」した顔をしていることだろう・・・

「(あら?)」

予想に反して小狼は全然普通の状態だった。
いや、いつもよりもずっと穏やかな表情でさくらを見つめている。
こんな優しい目の小狼は今まで見たことが無い。

「(変ですわね。いつもならもっとこう・・・)」

あまりに大人しい小狼になにか妙な感じを受けたが、さくらの発言がさらにエスカレートするのでビデオをさくらに戻す。

「エリオルくん、目の感じとか優しいところとかお父さんにすっごく似てるの!だからさくら、エリオルくんのこと大好き!」
「ありがとうございます。さくらさん。僕もさくらさんのことが大好きですよ」
「ホントに?うれしい!」

「(これは・・・これは大ピンチですわ!李くん!!!)」

さすがにこれには反応するだろうと思って小狼の方を見るが・・・無反応。
まるっきり反応していない。
一人でポリポリとお菓子を食べている。

「(李くん・・・どうして?まさか、柊沢くんにはかなわない、と思ってらっしゃるんですか?)」

知世は少し不安になってきた。

「キャハハハハハハ!」

一通りエリオルで遊び終わったさくらは更なる標的を探し始める。

キョロキョロ。
いた!

「しゃおらんくん!」
「なんだ?」
「小狼くんはどうしていつもさくらのことを助けてくれるの?小狼くんは・・・小狼くんはさくらのことをどう思ってるの?」

「(!ま、まずいですわ!李くん!)」

たしかにまずい。
知世は小狼の「さくらが好き」という本心を知っている。
だが、それ以上に小狼がどういう男かをよく知っている。
こういう人目のある場所で本心を口に出せる男ではない。
しかし、エリオルは皆の前でハッキリとさくらに「好き」という言葉を与え、さくらもエリオルに「好き」と答えている。
ここで小狼がいつものように言葉を濁したらもう「勝負あり!」だ。
小狼とさくらの仲を秘かに応援する知世としてはそれは何としても避けたかった。
だが、他のメンバーの目がある。
固唾を呑んで小狼の返事を見守ることしかできない。
他のメンバーも興味津々で二人を見つめる。

・・・

「さくらが頼りないから?さくらが泣き虫だから仕方なく助けてくれるの?しょうがないから助けてくれるの?」

さくらの問いかけは続く。
エリオルの時と違いなにかを訴えるような表情・・・
まるで心の何かが抑えられない、とでもいうような・・・?
小狼の答えは・・・

・・・

「さくらが好きだからだ」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

(え!?)(え?)(えぇ!?)(えぇぇーっ!?)

一瞬の間をおいて一同から声にならないどよめきが上がった。
実は小狼の気持ちは知世以外のメンバーにもバレていた。
まあ、見てれば誰にでもわかることだが・・・
ただ、知世と同じように小狼はこういう浮ついた雰囲気の場でそれを口にすることはないだろうと考えていた。
それだけにこの小狼の返事は予想外の驚きを与えた。

「す・・・き?」

当のさくらも驚いて目を見開いている。
小狼からこの言葉が聞けるとは思っていなかったのだ。

「あぁ・・・俺はさくらが好きだ」
「好き?ホントに?小狼くんのお母さんよりも?お姉さんたちよりも好き?」

小狼の言葉が信じられないのかさらに質問を投げかける。

「母上や姉上たちよりもさくらが好きだ。いや、母上や姉上への『好き』とさくらへの『好き』は違う・・・俺はさくらが何よりも大事で・・・守りたい。これは多分・・・」

「『愛している』、だと思う」

・・・

「(うっそ〜!あの李くんが!?)」
「(ほんと!あんな甘いこと言うなんて!)」
「(いったい、どうなってるの?)」
「(あの・・・もしかしたらアレのせいではないでしょうか?)」
「(アレってさくらちゃんが食べてたチョコレートボンボン?)」
「(ええ。さくらちゃんが一人で食べたにしては減りが早すぎますわ)」
「(そういえば李くんもあそこで何か食べてたよね)」
「(ひょっとして李くんも酔っ払っちゃってるの?)」
「(おそらくは・・・)」
「(それであんなに正直になっちゃったのね〜)」

外野のひそひそ話しをよそにさくらと小狼は完璧に「二人の世界」の突入している。

「ほんとに・・・ほんとにさくらのこと?」
「ああ・・・好きだ・・・さくら」
「うれしい・・・」

・・・

その瞬間、さくらの目から涙が零れ落ちた。
まるで今までこらえにこらえていたものがプッツリと切れた・・・そんな涙だった。

「うれしい・・・さくらも・・・さくらも小狼くんのことが・・・す・・・」

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・こてっ。

・・・酔っ払ったあげくにさんざんに騒ぎまくったためにここら辺が限界だったようだ。
小狼の胸によりかかって眠ってしまった。

・・・

「泣き虫だな、さくらは・・・」

小狼は微笑みを崩さずにさくらの涙を拭う。
そして・・・

(!!っ)(えぇーっ!!)(きゃーっ!!!)(いやーっ!!)

自然に・・・本当に自然な動作で涙を拭った頬に口付けを落とす。
あまりにも・・・あまりにも自然で優しい動作。

「(うそ・・・あれ、本当に李くん?)」
「(ホント!李くん、あんなに優しい顔するんだ・・・)」

知世ですらこの光景にみとれてしまい、ビデオを回すことを忘れてしまう。
それほどに優しい光景だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「柊沢」

しばらくさくらの髪を撫でていた小狼だったが、ふいにエリオルの方に向き直ると今までとは一転、厳しい表情で話しかけた。

「なんでしょう。李くん」
「お前に言っておくことがある」
「はい。承りましょう」
「さくらは・・・さくらは俺のものだ!絶対にお前には渡さない!」
「!」

(言った〜〜〜!!!)(きゃ〜!!!)(李くん、やるぅ〜〜〜)

酔っ払ったさくらの暴走も凄かったが、小狼もそれに負けていない。
こちらも今までこらえにこらえていた想いをぶつけている。
そのままキツイ目でエリオルを睨みつけていたが、

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・ぽてっ。

やっぱり限界だったのか、さくらの横に仲良く倒れこんでしまった・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あはははは〜〜〜『宣戦布告』されちゃったね〜〜〜で、どうするの?」

さくらのお目目グリグリ攻撃から復活した山崎がのーてんきな声でエリオルに問いかける。
他人の修羅場は蜜の味。
いつもの細目を(どうやってか)少〜しだけ開いてキラキラさせている。

「降参ですね。とてもかないそうにありません」
「あれ〜柊沢くんらしくないね〜。そんなに簡単にあきらめちゃうの?」
「あれを見せられてしまっては。勝ち目の無い勝負はしない主義です」
「あははは〜。たしかにね〜〜〜」

山崎にもエリオルの言う『あれ』がなんなのかはわかっていた。
涙を零した瞬間のさくらの表情だ。
あの瞬間、さくらは心の底から安堵したような・・・あるいは永い間捜し求めていたものを見つけたような・・・本当に嬉しそうな笑みを漏らしたのだ。
「至福の笑み」という言葉があるが、あの微笑がまさにそれだろう。
自分もたった一回だけでもいいから千春ちゃんにああいう微笑みをして欲しい・・・山崎ですらそう思ってしまう、そんな微笑だった。

(それに・・・僕には「お父さんみたいだから好き」だったのに李くんには「お母さんよりも好きか」と聞き返しましたね・・・さくらさん。貴方の欲しい「好き」をあげられるのは僕ではないようです・・・)

そして女の子たちも思い出していた。
小狼の微笑を。
あんなに優しい目で・・・あんなに優しく口付けをされたらどんなに幸せか・・・
すでに自分だけの「想い人」を持っている利佳や千春ですら一瞬、さくらに嫉妬を感じた・・・それほどに優しい微笑みだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「やっぱり李くん、さくらちゃんのことが好きだったんだね〜」
「でも、さくらちゃんも李くんのことが好きだったなんて知らなかったな〜」
「さくらちゃんは『ふんわり』されてますから。多分、さくらちゃん自身も自分の『本当のお気持ち』に気付いてなかったのだと思います」
「でも、これで晴れて『両思い』になったんだよね?」
「それは・・・どうでしょうか?前もさくらちゃんお酒を飲んで酔っ払ってしまったことがあったのですが、その時のことを全然憶えていらっしゃらなかったんです。多分、今回も・・・」
「李くんは?」
「李くんも相当に酔っ払っていたようですね。おそらくこちらも今日のことは憶えていないでしょう」
「でも知世ちゃん、ビデオに撮っていたんでしょう?ビデオを見せればいいんじゃないの?」
「このビデオは・・・お二人には見せないでおこうと思います」
「え?なんで?」
「お二人には自分の本当の気持ちは自分の意思ではっきりと伝えて欲しいんです。それにさくらちゃんの『本当の気持ち』はさくらちゃんがご自分で見つけなければいけませんわ」
「うん・・・そうだね!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すぅー、すぅー。

お酒が回ってしまった二人はいつまでも目を覚まさない。
仲良く気持ちよさそうに眠っている。
優しい友人たちに見守られながら・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おっはよ〜〜〜!」
「おはようございます。さくらちゃん」

翌日。四月二日。
大方の予想通りさくらは昨日ことを全く憶えていなかった。

「あれ、小狼くんまだ来ていないの?」
「今日は少し遅いですわね。昨日のお酒がまだ残っているのでしょうか」
「ほえ?お酒?」
「ほほほほほ。なんでもありませんわ。あ、いらっしゃいましたわ」

ガラっ。

「おはようございます。李くん」
「お、おはよう小狼くん」
「おはよう・・・ってどうした?顔が赤いぞ?」
「ほ、ほえ?え?あれ?さっき走ってきたからかな?」
「?そうか」

・・・かああああぁぁぁぁぁぁっ!

(ほえ〜〜〜な、なんで?小狼くんのこと見たら胸がドキドキするよ〜〜〜)

「おい、本当に大丈夫なのか?保健室に行ったほうがいいんじゃないのか?」
「なんでもないの!大丈夫だよ!」

(恥ずかしくて小狼くんの顔が見られないよ〜〜〜)

「(・・・やっぱり木之本さん、昨日のこと何も憶えていないみたいだね)」
「(・・・そのようですね。どうしますか?)」
「(あはははは〜〜〜じゃあ、ちょっとだけ助けてあげようかな〜〜〜?)」
「(なにか考えていますね?・・・お手並み拝見させてもらいます)」

・・・

「ね〜李くん、知ってる〜?」
「な、なんだ山崎。急に」
「記憶にはね〜『こころの記憶』と『からだの記憶』があるんだよ〜」
「こころと・・・からだの記憶?」
「僕たちがいつも憶えている記憶は『こころの記憶』の方なんだ。でもこころだけじゃなくてからだの方もいろいろなことを憶えてるんだよ」
「?」
「『こころの記憶』っていうのはね〜何かあると結構簡単に忘れちゃうんだ。でも『からだの記憶』はもっと丈夫でね〜一度憶えたことは何があっても絶対に忘れないんだよ。だから時々、なんでこんな気持ちになるのかわからない・・・ってことがあるでしょ?あれは『こころの記憶』が忘れたことを『からだの記憶』が憶えているからなんだよ」
「???そんなことあるのか?」

(こころと・・・からだの記憶?わたしのこの気持ちって・・・こころが忘れたことをからだが憶えているからなの?でも、何を忘れているの???)
(李くんに話しかけているようで実はさくらちゃんに聞かせる・・・やりますわね、山崎くん)

「それにね〜『からだの記憶』はとっても正直なんだ。『こころの記憶』はいろいろ建て前だとか世間体とかを気にして正直じゃないんだけど、『からだの記憶』はとっても正直なんだ。『からだの記憶』は自分の本当の気持ちって言ってもいいくらいなんだよ〜」
「???そうなのか?」
(正直って・・・正直ってどういうこと?わたし・・・小狼くんのこと・・・?はぅ〜〜〜わからないよ〜〜〜〜)

山崎の巧み(?)な話術にさくらはさらに翻弄される。

(はははは〜〜〜昨日のお返しだよ〜〜〜木之本さん)

なんかまた騙されてるのか?という顔で山崎を見上げる小狼。
目をグルグル回して考え込むさくら。

一人はもう、自分の「本当の気持ち」をはっきりと自覚している。
もう一人が自分の「本当の気持ち」に気がつくまであと少し・・・

END

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