『さくらと初夢? 2』



「さくら!」
「!? け、ケロちゃん?」
「さくら〜〜いつまで寝とるんや。正月やからって寝すぎやで。今日は知世と約束しとるんとちがったんか」
「ケロちゃん……。ここ、わたしの部屋……だよね?」
「はぁ? なに言うとんのや。ま〜〜だ寝ぼけとるんか?」
「帰ってこれた……の?」
「寝ぼけるのもたいがいにせえや。兄ちゃんが朝飯や呼んでるで」
「うん……。今行く」

ベッドから身を起こしたさくらはまじまじと自分の両手を見つめました。
いつもと変わらぬ、いつもどおりの手と指です。
肉級ぷにぷにのワンコのお手手ではありません。
身体のあちこちを触ったりつねったりしてみましたがいつもと同じ感触です。
鏡に映るのもいつもと同じ顔。
やっぱり、あれは夢だったの?
でも、それにしては。
あの感じ、感触。
なによりもあの優しい鼓動……。
とてもただの夢とは思えません。
さくらは思わず両手でぎゅうっと自分の身体を抱きしめていました。
あの優しい抱擁を忘れたくないというかのように……

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「それでね。夢の中でもやっぱり知世ちゃんはわたしのお洋服を作ってたの」
『ほう。それは面白いな』
「面白いっていうか〜〜。お洋服を着たわたしをビデオで撮るのも同じだったの。大変だったんだよ」

その夜、さくらは小狼に今朝見た夢の報告をしていました。
小狼は今、新年の行事のために香港に帰っています。
しばらくは帰ってこれません。
なので、毎日夜に電話のやりとりをしています。
昨夜は新年の挨拶や初詣の話をしていたのですが、今日の話はやっぱりあの夢の話です。
夢のことはまだ小狼以外の誰にも話していません。
結局、目を覚ましてみればいつもと何一つ変わったことはなく、ケルベロスやユエに相談するのもどうかなあと思ったからです。
夢の内容がなにかの異変や予兆を感じさせるものならばともかく、あの内容ではケルベロスに笑われるだけと思ったこともあります。
一通り話し終わったところで

「でも本当にものすごく現実感のある夢だったの。わたし、本当にワンコになっちゃったのかと思ったよ」

と正直な感想を言った時、小狼から返ってきたのは

『それは本当にただの夢だったのかな』

という意外な、あるいは期待していた言葉でした。

「え? それってどういう意味?」
『実はな。おれも同じ夢を見たんだ』
「小狼くんも!?」
『あぁ。おれも昨日の夜にな』
「小狼くんとわたしが同じ夜に同じ夢を……。これって」
『いや、厳密には同じじゃない。なんと言ったらいいのかな。同じ世界観を共有したと言ったらいいのか」
「同じ世界観? どういうこと?」
「おれが見たのはな……」

小狼の説明によれば、小狼の夢の中でもさくらはワンコで、小狼はワンコのさくらの飼い主だったそうです。
ここまではさくらが見た夢と同じです。
でも、夢の内容はさくらが見たものとは少し違います。
小狼の見た夢はさくらを散歩に連れて行ってあげたり、お風呂にいれてあげたり、ご飯を作ってあげたりとワンコのさくらの世話で1日が終わった、そんな夢だったそうです。
ここはさくらの見た夢とは違っています。
何より、小狼の夢には知世ちゃんが出てきませんでした。
たしかに夢の世界観はさくらの夢と同じです。
同じ世界観の違う日を体験した、そんな感じでしょうか。
遠く離れた二人が同じ夜に同じ世界観の夢を見た。
たしかに小狼の言うとおりただの夢とは思えません。

「やっぱりあれは夢じゃないの? ひょっとして予知夢? わたし、ワンコになっちゃうの〜〜??」
『落ち着けって。たしかにただの夢じゃあないと思う。だけど予知夢とかそういうのじゃない』
「それじゃあ一体なんなの?」
『あまり確信はないんだが……もしかするとだけど。あれは別の世界のおれたちかもしれない』
「別の世界?」
『クロウが残した資料に別の世界ついて書かれたものがあるんだ。それによれば世界は一つじゃない。別の可能性をもったこことは違う世界が存在する。そしてその世界にもおれやお前がいる』
「別の世界にもわたしと小狼くんが……」
『そうだ。おれたちと同じ魂を持った異なる存在のいる世界。そんな世界が無数に存在するらしい。昨日の夢はそんな世界のどれかとリンクしたのかもしれない』
「夢が世界とリンク? そんなことがあるの?」
『異なる世界を行き来することはできない。だけど、夢だけは特別なんだ。夢だけは世界を超えてつながることがある』
「でも、どうして昨日の夜に、それも二人一緒に」
『そ、それはその。ほら、昨日は初夢の日だったろ。そ、それでな。実は昨日の夜はお前の写真を枕の下に入れてたんだ。お前の夢を見れるようにって。お前もそうだったんじゃないか?』
「あ、うん、わたしも小狼くんの写真を枕の下にいれてたよ。小狼くんの夢が見れるようにって」
『やはりそうか。おそらくそれが原因だな。おれたちの力が同時に呼び合ったことで夢の世界の扉が開いたんだろう。まあ、それがたまたま何かのタイミングと重なったのかもしれないけれど』
「そうなんだ……。うん、そう言われるとなんか納得できるよ。あの夢、すっごく現実感があったもん。さわったものも食べたものも本当に本物って感じだったよ」

さくらは昨夜の夢をあらためて思い起こしました。
あのおいしいご飯、小狼のあたたかい手、優しい抱擁、心地よい鼓動。
やっぱりあれはただの夢じゃなかったんだ。
別の世界にも小狼がいる。
そしてその傍に自分がいる。
それが少しうれしいさくらです。

「えへへ。ちょっとうれしいな。別の世界のわたしも小狼くんといっしょなんだね。あっちの小狼くんもすごく優しかったよ。ご飯もおいしくて。わたし、このまま小狼くんのうちの子になってもいいかな〜〜って思っちゃったよ」
『う〜〜ん、おれはちょっと……ってところかな』
「え〜〜なんで〜〜?」
『向こうのさくら、すごくやんちゃでな。向こうのおれはさくらに振り回されててんてこまいだったんだよ。いや、関係ないかそれは。こっちも似たようなものだし』
「それ、どういう意味よ!」
『言ったとおりの意味だけど』
「もう!」
『ははは』

………………………
………………
………

長い電話を終え携帯を置いた後、二人は期せずして同時に夜空を見上げるのでした。
この空の向こう、ずうっと遠いどこかに別の世界がある。
そして、そこには別の自分たちがいる。
二人いっしょに。
さくらと小狼はそっと目を閉じて空よりも、星よりも遠いどこかへと祈りを捧げずにはいられませんでした。
あの世界のわたしたち・おれたちにも幸あれと……

そして。
空よりも遥かに遠い次元の狭間で、その願いを聞き届けるかのように光り輝く1枚の羽が……

END


クリスマスのさくらいぬシリーズからの続きでしたが、またさくらいぬシリーズの方に続きます。

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