『さくらとホワイトデー』


※注意
本作はパラレルものです。

小狼−高校生
さくら−小狼に拾われた子犬

という設定です。



「………………」

小狼はじとーっとした目でさくらを見つめていました。
今日は3月14日。
ホワイトデーです。
小狼がこんな目でさくらを見ているのにはもちろん理由があります。
それは先月のバレンタインデーのことです。
あの日、さくらはチョコの新聞広告を集めて小狼にチョコレートのおねだり攻勢をかけてきました。

「わぅ〜〜わんわん!(ちょうだいちょうだい! さくらにもチョコちょうだい!)」

どうも、バレンタインデー=お菓子がいっぱい食べられる日! と勘違いしてたみたいですね。
ですが、ワンコにチョコは禁物。
何度諭しても言うことを聞かないさくらにしょうがなく、『夢(ドリーム)』のカードで 夢を見させてしのぐという一幕がありました。

あれから1ヶ月。
きっと今日も新聞のチラシを集めておねだりにくるだろうな、と小狼は予想していました。
実際のところ、何日か前からさくらは新聞のチラシを集めていた形跡があります。
普段はぽややんなくせにこういう時だけはマメなやつだと半ば呆れながら見ていたものでした。
なので、もうそろそろおねだりが始るころかとさくらを観察していたのですが、案に反して一向におねだりにきません。

(おかしいな。そろそろくるころかと思ったんだけど)

食べることにはなによりも熱心なさくらのこと。
今日のホワイトデーを忘れているわけはありません。
それではいったい、どうして?
ひょっとしてどこか悪いところがあるのでは?
そう思ってあらためてさくらを観察していると少しおかしなことに気がつきました。
さくらの様子が少し変です。
どこがおかしいのかうまく言えませんが、なにか普段と違うような気がします。

(そういえば今朝は朝ごはんを少し残してたっけ)

食いしん坊のさくらがご飯を残すとはちょっと考えられないことです。
やはり、どこか悪くしているのかと真剣に見直したのですが、見た感じあまり調子が悪いようには見えません。
顔色もいいですし、ふさふさの尻尾もいつもどおり元気にふるふるさせています。
パッと見には元気そうな感じです。
でも、どこかおかしいような。
こう、なんというか。
ずっと何かを気にしているような……

と、ここまで考えて小狼はハッとあることに思い至りました。
体の調子は悪くない。
なのにご飯をあまり食べない。
あの食いしん坊のさくらが。
ひょっとしてこれは。

「さくら。こっちにおいで」
「わん!」

小狼の呼びかけにさくらは元気いっぱいに飛び込んできます。
やはり体調が悪いわけではないみたいですね。

「ほら、さくら。あ〜〜ん」
「わぅ? あ〜〜ん」

さくらのお口を大きく開かせる小狼。
その手にあるのは2枚のクロウ・カード。
『水(ウォーティ)』と『凍(フリーズ)』です。

「ウォーティ……フリーズ……」

小狼が呪文を唱えるとどこからともなく湧き出た冷たいお水がさくらのお口にちゃぽん。
その瞬間。

「わ、わぅ? きゃう〜〜〜〜ん!!」

さくらはお口を押さえて飛び上がってしまうのでした。
この症状はあれです。

「やっぱり。お前、虫歯になったな」
「はぅぅ〜〜〜〜」

そう、虫歯です。
虫歯は人だけがなるものではありません。
ワンコも虫歯になるのです。
飼い主はわんちゃんの虫歯にも気をつけてあげなければいけません。
もちろん、小狼くんはその辺りもきちんとしています。
毎日、ご飯の後でさくらの歯を磨いてあげていました。
ただ、この食いしん坊さんはこっそり隠し持ったお菓子を夜中にむしゃむしゃやってることもしばしば。
小狼はこれにも気づいていましたが少しくらいはと大目に見ていたのがいけなかったようです。
さくらの反応を見る限り、かなり悪くなってしまっているようですね。
すぐにでもお医者さんに連れて行かなければなりません。

「おいで、さくら。お医者さんに行こう」
「わ、わぅ〜〜、わん、わん!」

小狼くんのやさしい呼びかけに今度はさくら、猛ダッシュで逃げ出してしまいました。
どこのわんちゃんもそうでしょうけど、さくらはお医者さんが大苦手。
予防接種の注射以来、お医者さんはさくらの天敵ともいうべきもの。
おまけに歯の治療ときてはなおさらです。
歯医者の怖さなどもちろん、さくらは知る由もありませんが本能的に危険を察知したようです。

「あ、おい、さくら。いい子だからこっちに来るんだ」
「う〜〜〜〜、わんわん!」

捕まえようとした小狼くんの手からもスルリと抜けてしまいます。
あわてて伸ばした手も空をきるばかり。
普段はおっとりなさくらですが、こういう時のすばしこさには目を見張るものがあります。

「さくら! そんなんじゃダメだぞ。お医者さんに行くんだ。さあ」
「わぅ〜〜〜〜、わん!(やだやだ! お医者さんキライ!)」

ぱっ、ぱっと器用に椅子から机に飛びついたあげく、棚の上にまで駆け上がってしまいました。
こうなってはもうどうしようもありません。

「う〜〜〜〜」
「まったく。しょうのないやつだ。しかたがない」

やれやれという顔で小狼が取り出したのはもう1枚のクロウ・カード。
『時(タイム)』のカードです。

「時よ止まれ……『タイム!』」

キィィ〜〜〜〜ン

「わ、わぅ? わぅぅ?(え、え? あれ?)」

気づいたら棚の上にいたはずがいつのまにか小狼くんの腕の中。
『時』の神秘の力にさくらも吃驚。
それでも逃げ出そうとする悪あがきのさくらですが、どうしたことか手も足も動きません。
その首の後ろにはいつのまに張り付けられたのか1枚のお札が。
どうやらこのお札がさくらの動きを封じているようです。

「さあ、さくら。お医者さんにいくぞ」
「はぅぅ〜〜〜〜」

―――――――――――――――――――――――――――――――――

こうしてやって来たのは月城動物病院。
近所でも評判のお医者さんです。
そのせいか朝も早いうちからけっこう混んでいます。
受付を済ませた小狼とさくらはしばらく待合室で待つことになりました。

「わぅ〜〜ん、わぅ〜〜ん」
「くぅ〜〜〜〜、わんわん!」

どのワンちゃんもお医者さんが怖いのか不安そうな声があちらこちらから聞こえてきます。
もちろん、さくらも病院に入った時からブルブル震えっぱなし。

「きゅぅ〜〜ん……わぅ〜〜……(怖いよ〜〜いやだよ〜〜小狼く〜〜ん、お医者さんはいやだよ〜〜)」

お目目から大粒の涙をポロポロこぼしながら小狼くんに訴えかけてきます。
あまりの怖がりように小狼の心も痛みますが、こればっかりはどうしようもありません。
歯医者さんは誰もが避けては通れない道なのです。

「さくら。そんなに怖がらなくても大丈夫だ。そんなに痛くはしないよ」
「わぅ〜〜ん、わぅ〜〜ん(やだよ〜〜ちょっとでも痛いのはいやだよ〜〜)」

小狼のなぐさめにもさくらの涙は止まりません。
そうこうしているうちにさくらの番が回ってきました。

「李さくらちゃ〜〜ん。診察室にお入りください」
「はい。ほら、いくぞさくら」
「はぅ〜〜〜〜〜」

そんなさくらを診察室で待っていたのは眼鏡をかけたやさしそうなお医者さん。
月城先生です。
先生は怖がるワンコにも慣れているようで、とてもやさしく話しかけてくれます。

「さくらちゃんですね。では、ベッドの上に寝かせてください」
「はい。よいしょっと」
「はい、それでいいです。大人しいワンちゃんですね〜〜。いい子いい子。ではそのまま抑えていてください」

大人しいも何も、小狼のお札の力でさくらはピクリとも動けません。
月城先生のなすがままです。
大きく口を開けられてそのまま固定されてしまいました。
準備の整った先生の手に歯医者用のドリルが光ります。

「それでは始めますよ。じっとしててね〜〜」
「ほええええ〜〜〜〜」

さくらのお口に迫りくるドリル!
さくら絶体絶命!

「はぅぅぅぅぅ〜〜〜〜」

キュイ〜〜〜〜ン
ガリガリガリガリ
ガリガリガリガリ…………

ガリガリゴリゴリ、とても痛そうな音が診察室に響きます。
痛がり屋のさくら、これには我慢できずに大泣き……かと思いきや。
意外にもさくら、あんまり痛そうな顔をしていません。

(ほえ? あれ? あんまり痛くないよ?)

ガリガリとまだ音は響いていますが、さくらはあまり痛くないみたいです。
これはどうしたことでしょう。

(そっか〜〜。そうだよね。うん、さくら、がんばってるもん! 痛いのも大丈夫になったんだ!)

あらら。痛くないとわかったらとたんに強気になってしまいました。
なんとも元気なというか能天気なワンコです。
この能天気さがさくららしさと言ってしまえばそこまでですけど。
困ったものです。
それにしてもいくら名医だといっても全く痛くないなんてことがあるのでしょうか。
なにか変な気がしますね。
さくらを抑えている小狼くんのお顔が微妙に歪んでいるのが気になるところですが……?

(くっ……。いくら腕がいいと言ってもやはり痛いものは痛いな……)

能天気なさくらをよそに小狼くんは密かに痛みに耐えているのでした。
まあ、ようするにそういうことです。
さくらが痛くないのはさくらががんばってるからでも、月城先生の腕がいいからでもありません。
小狼がさくらの痛みを引き受けているからなのです。
これがさくらに貼り付けたお札の真の力。
この術は「影贄の術」といいます。
術の対象になった人物の受ける傷や痛みを全て引き受けるというとても凄い術です。
本来は地球にとって重要な人物の身を守るために作られた術なのですが。
この術を考えた人もまさかワンコの虫歯を助けるために使われるとは夢にも思わなかったことでしょう。
そんな凄い術をこんなところに使ってしまう小狼くんのワンコ愛にもなにか問題があるような気もしますが……

「はい、もうすぐですからね〜〜。もうちょっとだけ我慢しててね」
「わぅ!」
(早く終わりにしてくれ……)

………………………
………………
………

―――――――――――――――――――――――――――――――――

さてそのお医者さんからの帰り道。

「わう〜〜、わぅ〜〜わぅわぅ!(さくら、えらかったんだよ。痛くても泣かなかったんだから!)」
「そうだな。さくらはえらい子だな。よくがんばったぞ」

抱っこされながら今日の武勇譚? を誇るさくらに歯の痛みで引きつった笑顔を返すしかない小狼くんです。
ほんとうにがんばったのは小狼くんの方なんですよさくらちゃん。
それを表に出さないのが小狼くんのいいところですけど。

「だけどさくら。今日のご飯はおかゆだけだぞ。歯が完全に固まってないからな」
「わ、わぅ〜〜?(え、えぇ〜〜? ホワイトデーは〜〜??)」
「当然お菓子もダメだ」
「わぅ〜〜〜〜(そんな〜〜〜〜)」
「今日だけだ。がまんしろ」
「はぅ〜〜〜〜」

お菓子はダメと言われてさくらはがっくりきてしまいます。
まあ、これはしょうがないですね。
歯の治療の後はしばらく安静にしていないといけませんから。
さくらも、今回は身にしみたのかお菓子はダメと言われても反論する気にはなれないようです。
明日になったら忘れているでしょうけど。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

そして翌日の朝。

「わぅ〜〜♪ わん、わん♪」

案の定、可愛いお手手でぺしぺしと床を叩いてお菓子を催促するさくらの姿があるのでした。
床に敷いてあるのは

「ホワイトデー厳選お菓子セット」
「彼女に決める! 今年のホワイトデーはこれで決まりだ!」
「3倍返しも怖くない! これなら納得! スイーツスペシャル!」

ホワイトデーの宣伝チラシです。
むろん、さくらはチラシの宣伝文句なんか全然理解していません。
ただ、美味しいお菓子のチラシだと思ってるだけです。
バレンタインデーはダメだったので今回こそはという意気込みが伝わってきます。
小狼くんも今度はさすがにこたえてくれる……かと思いきや。

「………………」
「わぅ?」

なぜか渋い表情の小狼くん。
しきりにあごのあたりを手でもんでいます。
ちょっと痛そうなお顔です。
これはひょっとして。

「影贄の術はもう解けてるはずだよな。だとするとこの痛みは……」

ありゃりゃ。
今後は小狼くんが虫歯になっちゃったみたいです。
虫歯の痛みはいつ襲ってくるかわからないとは言いますが。
ほんとにいつくるかわからないものですねえ。

「ゴメン、さくら。お菓子の話は後だ。ちょっと歯医者に行ってくる。留守番を頼んだぞ」
「わ、わぅ? わん! わんわん!(ほぇ? お菓子は? あ、小狼くん! 小狼く〜〜ん!)」

どうやらバレンタインに続いて今回もお菓子はおあずけになりそうですね。
皆さまも歯をお大事に。

END


歯医者(からのハガキ)を笑うものは歯医者で泣く。
我が家の家訓です。

このお話は3月に書いていたのですが、アカギのラストが気になっていたのであちらを先にしてしまいました。

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