『さくらとバレンタイン』


※注意
本作はパラレルものです。

小狼−高校生
さくら−小狼に拾われた子犬

という設定です。



「むぅ〜〜〜〜」
「いや、だからなさくら。それはお前にはダメなんだ」
「わぅ〜〜〜〜」
「ダメなものはダメなんだよ。ガマンしてくれ」
「わん!」
「やれやれ。まったく。どこでこんなこと知ったんだか」

小狼はぷく〜〜っと頬を膨らませたさくらを前にほとほと困り果てていました。
そんな小狼にさくらはペシペシと可愛いお手手で床を叩いて何かを催促しています。
いったい、さくらは何を催促しているのでしょうか。
よく見ると床の上には何か敷いてありますね。
何かのチラシのようです。
新聞にでも挟まってたのでしょうか。
ちょっとチラシの文句を見てみましょうか。

「今年こそきめる! 彼に贈るチョコ10選!」
「チョコ大放出! これで勝負だ!」
「ビターからスィートまで甘々からほろ苦までなんでもOK!」

どうやらバレンタインチョコの宣伝みたいですね。
そういえば今年ももうそんな季節でしたっけ。
さくらもお年頃(?)の女の子。
愛しの彼にチョコの1つも贈りたくなるものでしょう。
なんとも微笑ましいではありませんか。

「だからな、さくら。何度も言うけどダメなんだよ。わんこはチョコを食べられないんだ」
「わぅ〜〜、わんわん!(やだやだ! さくらもチョコ食べる! 今日はチョコがいっぱい食べられる日なんでしょ? さくら知ってるんだから!)」
「まいったなあ」

………………。
訂正。
どうも「愛しの彼にチョコを贈りたい」ではなく、「美味しいお菓子をいっぱい食べたい!」のようです。
今日がバレンタインデーだということは知ってるみたいですが。
なんか勘違いしてるみたいですね。
「彼にチョコを贈る日」
ではなくて
「美味しいお菓子がいっぱい食べられる日」
だと思っちゃってるみたいです。
ま、新聞広告だけ見てたらそう思っちゃうのも無理ないですかね〜〜。
なにしろ美味しそうなチョコの写真がいっぱい載ってますから。
この時期、テレビでもそんなコマーシャルがいっぱい流れてますし。
チョコを食べたことのないさくらには余程に美味しいお菓子に見えたのでしょう。

「さくら。いい子だから聞き分けてくれよ」
「う〜〜っ、わんわん!」

小狼の説得にもさくらは耳を向けようとしません。
いつもは小狼くんの言うことには素直なさくらにしては珍しいことです。
それだけチョコへの思い(食い意地)が強いということでしょう。
今度はさくら、小狼が学校から持ち帰った紙袋に飛びついてまたペシペシと叩き始めました。

「わんわん!(ここ、ここ! ここにチョコがいっぱいあるよ!)」
「うっ……。普段は鈍いくせにこういうことには鼻がきくんだな」
「わぅ〜〜わんわん!(ちょうだいちょうだい! さくらにもチョコちょうだい!)」

これには小狼も困ってしまいました。
たしかにその紙袋の中にはチョコがいっぱい入っています。
小狼が学校の女の子たちからもらったものです。
クールな小狼は学校の女の子の人気の的。
今日も朝の下駄箱からはじまり、休み時間、昼休み、下校時と女の子たちからチョコの大攻勢を受けてきました。
その結果がこの紙袋です。
その気はないのですが無下に断るのも忍びず、少しずつ食べればいいかと軽く考えていた小狼でしたが、とんでもない食いしん坊が家にいるのを失念していたようです。
ここまでさくらにお願いされては、さくら可愛しの小狼には断り辛いところがあります。
これが他のお菓子だったらいくらでもさくらにあげてるところなのですが。

でも、チョコレートはいけません。
ワンコやニャンコにとってチョコはとっても危ないものなのです。
ワンコやニャンコに上げてはいけない食べ物の一番にあげられるのがこのチョコレートです。
チョコレートのカカオ成分でワンコは中毒症状になってしまいます。
妖○ウォ○チでジバ○ャンがチョコを食べる話にクレームが続出したのも記憶に新しいところ。
ワンコにはチョコは絶対にあげてはいけないのです。
でも、そんなのさくらにわかるはずないですね。
テレビのコマーシャルでもそんなこと言ってないですし。
どんなにねだってもチョコを出してくれない小狼にさくらは涙目。

「さくら、だからな」
「わぅ〜〜きゅぅぅぅん……(小狼くんはさくらにチョコくれないの? 今日はいい子はチョコをもらえる日なんでしょ? さくらがいい子じゃないから? くすんくすん)」

とうとう、ぽろぽろと大粒の涙を零しはじめてしまいました。

「さ、さくら。お願いだから泣かないでくれよ。な、いい子だから」
「わぅぅ……(チョコ食べたいよ……小狼くんのチョコほしいよ……)」

こうなるともう小狼くんはお手上げ。
女の子の涙はなによりも強いといいますが、さくらの涙は小狼くんに対しては最強の武器。
これが出てしまっては小狼くん、さくらの言うことを聞いてあげるしかありません。

「ふぅ。しょうがないな、さくら。でも、今日だけだぞ」
「わん! わんわん!(え、チョコくれるの? わ〜〜い、楽しみだな〜〜。小狼くんのチョコが食べられる〜〜。わ〜〜い、わ〜〜い)」

さっきの涙はどこへやら、一転、満面の笑みで小狼にすりすりします。
この切り替えの早さと元気のよさがさくらのさくらたる由縁でしょうか。
ですが、ワンコにチョコは禁物なのは動かしようのない現実。
いくらさくらに泣きつかれたからといってあげていいものではありません。
小狼くん、いったいどうするつもりなのでしょう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「ほら。さくら。チョコだぞ」
「わ〜〜う、わぅわぅ!」

しばらくしてから小狼くんが持ってきてくれたのはお皿に盛られたチョコの山。
四角いの、丸いの、三角の、黒いの、白いの、トッピングされたのetcetc。
数も種類もいっぱいのチョコづくし。
多分、女の子たちにもらったチョコからさくらが食べやすい小粒なものを選別してきたのでしょう。
これにはさくらもご満悦。
お目目きらきら。
ついでに口元にはよだれがじゅるり。

「わぅ〜〜、わんわん!」

うれしさいっぱい!
もう、頭の中はチョコ一色。
どれから食べようかな〜〜あれにしようかな〜〜それともあっちにしようかな〜〜あれも美味しそうだな〜〜これがいいかな〜〜
いっぱいのチョコの山を前にどれから食べるか悩んでしまいます。
悩んだ挙句にさくらがとりあげたのはまん丸の小さめなチョコ。
他にも美味しそうなのはありましたけど、まずはオーソドックスなところからと考えたようです。

「わ〜〜ん、わん!(いっただっきま〜〜っす)」

パクッ!

とりあげたチョコをお口にほうり込みます。
食べたくて食べたくてしょうがなかったチョコをとうとうお口にして至福のひと時。
さて、そのお味の方は。

もぐ
もぐもぐ
もぐもぐもぐ……?

??
???…………ッッ!!!

「わ、わぅぅ〜〜!?(ほ、ほぇぇぇ〜〜〜!? か、辛い〜〜〜〜!!)」

なんとようやくお口にしたチョコのお味は激辛。
口から火が出るようなトンでもない辛さでした。
これにはさくらも吃驚仰天。
小狼くんからもらったものを吐き出すわけにもいかず、なんとか飲み込んだもののお口の中はヒリヒリ。
それでも今のは辛いやつだったのかと気を取り直して次のに手を伸ばします。
さくら、多少のことではへこたれません。
このあきらめの悪さもさくらのさくらたるところ。
しかし。

「わぅぅぅ〜〜〜〜!!(ほぇぇぇ〜〜〜、やっぱりから〜〜い!!)」

次のもやっぱり激辛なのでした。
それでもあきらめられずにさらにもう一つに挑戦するさくら。
でも、その一つもやっぱり激辛。
さすがのさくらも、もうこれ以上挑戦する気にはなれません。
あまりの辛さに悶絶するさくらを横目に小狼くんはぽりぽりと普通にチョコを食べています。

「わぅ? わぅ、わぅ?(なんで〜〜? こんなに辛いのなんで小狼くんは平気なの〜〜? なんで〜〜?)」

またまたなみだ目になってしまったさくらの頭を撫でながら小狼くんは優しく教えてくれるのでした。

「これでわかったろ、さくら。わんこはチョコを食べられないんだ」
「わぅ〜〜〜ん」
「チョコの甘さは人にしかわからないんだ。わんこにはダメなんだよ」
「わぅ〜〜ん、わぅ〜〜ん」
「ほら、もう泣くな。チョコはダメだけど後で美味しいお菓子をあげるから」
「ふぇ〜〜〜〜ん」

―――――――――――――――――――――――――――――――――

「きゅぅぅぅ〜〜ん……(うぇ〜〜ん、うぇ〜〜ん、チョコが辛いよ〜〜。食べられないよ〜〜。うぇ〜〜ん)」
「ふぅ」

つむったお目目からぽろぽろと零れるさくらの涙を拭ってあげながら小狼くんは一つ、ため息をもらすのでした。
もう片方の手で輝いているのは『夢(ドリーム)』のカード。
まあ、つまりはそういうことだったというわけです。
そう、さくらがチョコを食べたと思ったのは実は夢の中でのこと。
『夢』のカードが見せる夢の中での出来事だったのです。

「ゴメンな、さくら。でも、これもお前のためなんだ。許してくれよ」

最初、小狼くんはせめて夢の中だけでもあま〜〜いチョコをいっぱい食べさせてあげようかとも考えました。
でも、それだとさくらが小狼くんの目の届かないところでチョコを食べてしまう恐れがあります。
それでしょうがなく、こんな夢を見せることになったわけです。
これでもう、さくらもチョコを食べたいとは言わなくなるでしょう。

「わぅ〜〜ん、わぅ〜〜……(小狼くんのチョコなのに〜〜。うぇ〜〜ん。くすんくすん)」
「大丈夫だよさくら。チョコはダメだったけど、美味しいものはまだまだいっぱいあるから」

眠ったまま泣き続けるさくらの頬を撫でてあげながら、少し先のことを思う小狼くんです。
きっと来月のホワイトデーの時にはまたさくらが新聞のチラシをぱたぱた叩いて催促してくるのだろうと。
キャンディーが食べたい、マシュマロが食べたいと催促してくるだろうと。
その時にはおいしいお菓子をいっぱい食べさせてあげようと。
その光景を想像して苦笑する小狼くんなのでした。

END


季節ネタその3。
そういえばバレンタインはあまりネタにしてなかったなと思って書きました。
見返したら今までのバレンタイン話はみんなネタ系のお話だけでしたが。

戻る