『さくらと不思議な羽・番外編』



時は少しさかのぼり。
場所はさくらとシャオランたちが出会う街の一角。
少しばかり豪勢な御屋敷。
庭を望むテラスの一角で一人の少女が気だるげにため息をついているのでした。

「はあ」

少女はこれも少しばかり豪勢な椅子に身を任せて憂鬱な視線を庭に向けています。
雪のように白い肌、艶を放つ漆黒の黒髪、見る者の目を引き寄せる美貌。
美しさとこの年頃の少女特有の危うさ、そしてどこか常人とは異なる妖しい雰囲気。
オーラ、とも言える何かを感じさせるその佇まい。
アンニュイなその表情とあいまってそれはもう、一つの芸術品といって過言では美しさです。
稀有な存在、そう呼んで差し支えのない美少女です。

見た目は。

「あ〜〜もう、なかなかいいインスピレーションが湧きませんわ。こんなことでは創れませんわ。さくらちゃんのお洋服は!」

おつむの中身はみなさんご存知の通りの有様です。
少女はもちろん知世様。
人並み外れた美貌と財力、そしてこれまた人並み外れて残念な感性をお持ちのお嬢様です。
もちろんお考えになっているのはさくらのお洋服のこと。
毎回毎回、せっせとお洋服を作り、小狼の呆れ顔など意に介せず撮影会を行っていらっしゃいます。
そんな知世様にも不調の波というものがあるようです。
先ほどから熱心に新作のデザインに取り組まれておられるのですが、どうしたことかいいアイデアが浮かんでこないようです。
スランプというものでしょうか。
それが先ほどのため息となっています。
見た目だけならば深窓のお嬢様が儚げにため息をつかれているという実に絵になる構図なのですが。
知らぬが仏とはこういうことをいのうでしょうね。きっと。

「あぁ、もう本当に! 考えがまとまりませんわ。こういう時、なにかこう天からの啓示というのが降ってこないものなのでしょうか」

ワンコのお洋服を考えているだけなのに天からの啓示まで求めてしまう知世様。
相変わらずの無茶苦茶ぶりですが、そんな知世様の願いが本当に天に通じたのでしょうか。

「あら?」

何気なく見ていた庭の空の一点に知世様の視線が止まります。
最初、それは目の錯覚のように見えました。
空の一角が微妙に歪んで見えたのです。
ですが、それは錯覚などではありませんでした。
見ているうちに歪みは徐々に大きくなっていき、まるで雫が垂れるかのように伸びていったのです。
そして限界まで垂れ下がったその瞬間、まさに雫が弾けるかのようにそれは破裂しました。
予想外の出来事に驚く知世様。
ですが、本当に驚くのはこれからです。
破裂したその中から、一人の少女が庭に零れ落ちてきたのです。
栗色の髪と異国風の不思議な衣装を纏った少女。
知世様に劣らぬ可憐さと儚さをもった少女。
知世様はあわてて庭に倒れる少女に近寄ります。

「この方はいったい?」

初めて見るはずのその少女に、知世様はなぜか不思議な懐かしさを感じ戸惑うのでした。
まるでよく知っている誰かを前にしているような。

「う、うん……」
「大丈夫ですか? しっかりなさってください」
「う〜〜ん、ここが新しい世界? あ、あれ? 知世ちゃん? なんで?」

そのとき知世に電流走るっ……!

「さくらちゃん! さくらちゃんですのね!!」
「知世ちゃん、わたしのことがわかるの?」
「わかりますわ! えぇ、わかりますとも! このわたしがさくらちゃんを見間違うはずはありませんわ!」

圧倒的……理解! 直感! 認識! 

知世様の脳にまさに稲妻の如き衝撃が走り抜けます。
目の前の少女が誰なのか、知世様は一瞬にして悟ってしまったのです。
そう、それは間違いなくさくら。
知世様が唯一愛する、知世様にとって世界で絶対の存在。
それが今、自分と同じ人の身体をもって顕現している。
知世様にとってこれがどれほどの喜びかは言うまでもありませんね。

「あぁ、なんということでしょう。こんなことが起きるなんて。これぞまさに天啓! 神さまがわたしの願いを叶えて下さったのですわ!」
「と、知世ちゃん?」
「そうとわかればこうしてはいられませんわ! さくらちゃんこちらへ」
「こ、こちらって。な、なにをするの?」
「もちろん撮影会ですわ〜〜。さあ、さくらちゃんわたしと一緒にめくるめく耽美の世界にまいりましょう〜〜!!」
「ほえ? ほ、ほぇぇぇ〜〜〜〜〜〜」

………………………
………………
………

そしてさくらが連れてこられたのはお屋敷の奥深くの謎めいた一室。
知世様の自室のようですが、なにやら妖しい雰囲気のお部屋です。
知世様はそのさらに奥へとさくらを誘います。

「ここって知世ちゃんのお部屋なの?」
「えぇ。ですがこの先は完全にわたしのプライベートエリア。お母様もお入れしたことはありません」
「そんなところにわたしが入っちゃっていいのかな」
「もちろんですわ。ここはさくらちゃんのために用意したお部屋なのですから」
「わたしのため?」
「はい。いつこの日が来てもいいようにずっと準備してまいりましたの。今日がその日ですわ」
「準備っていったい?」
「それは。うふふふふ……」

一際妖しい微笑みとともに部屋の再奥に隠れていた大きなクローゼットの前にお立ちになる知世様。
そして。

バァァァ〜〜〜ン

開かれたクローゼットの中にあるのは、まあ当たり前と言ってしまえばそこまでですが、いっぱいの服、服、服、服、お洋服。
知世様手作りと思われるたくさんのお洋服なのでした。
それも人間の、女の子用のお洋服です。

「うわ〜〜。すごいなあ。これ、みんな知世ちゃんが作ったの?」
「もちろんですわ! こんなこともあろうかと用意してまいりましたの」
「すご〜〜い。やっぱり知世ちゃんはすごいなあ」

圧倒的な量のお洋服に圧倒されるサクラです。
もちろん、知世様の言う「こんなこともあろうかと」がいったいどれくらいトンでもないことなのか、サクラにはわかっていません。
そりゃあ、まあそうでしょう。
ワンコのさくらが、いつか人間の女の子になった時のために大量のお洋服を用意しておくなどという超絶な発想はサクラならずとも常人には理解不可能な境地です。
そして、それほどまでに凄まじい知世様の撮影会にかける執念もまた。

「さあさあ、さくらちゃん。早速お着替えですわ。撮影会のお洋服をお選びいたしませんと」
「う、うん」
「これがいいでしょうか。それともこちらでしょうか。あぁ、迷いますわ〜〜。超絶可愛いさくらちゃんはどれもお似合い。本当に迷いますわ〜〜」
「あ、あはは……」
「さあ、まだまだお洋服はいっぱいありますわ〜〜。バリバリ試着していきましょう!」
「ほ、ほぇぇぇ〜〜〜〜」

………………………
………………
………

そんなこんなでなんとか撮影会に使うお洋服を選びなさった知世様。
この時点でもうサクラはヘトヘトです。
それに対して知世様は疲れなど全く知らぬかのように生き生きと瞳を輝かせておられます。
厳選したお洋服とサクラを連れて再び庭に出てまいりました。

「さあ、撮影会の開始ですわ! 家の中もいいですけど、やはりさくらちゃんにはお日様がよく似合います」
「そ、そうかな」
「はい、さくらちゃん。いいですわ。あ、もう少し右の方に」
「こ、こう?」
「そうです、そのポーズです。素敵な構図ですわ〜〜。はい、お次はおしゃがみになって。はい、お次は……」
「は、はぅ〜〜〜〜」
「はい、次はそちらの方へ。その石に腰掛けてくださいな。はい、そのポーズです。あぁ、本当に。なんて素晴らしいのでしょう。さくらちゃん素敵ですわ〜〜可愛いですわ〜〜最高ですわ〜〜。あぁっ、知世、幸せ絶頂ですわ〜〜!!」

知世様の撮影会はまだまだ続きます。

………………………
………………
………

そんな狂乱の少女たちを木陰から見つめる謎の一団が。

「おい。まだ終わんねえのか。いったい、いつまで続ける気だあの女!」
「ははは〜〜。さすがは知世ちゃんだね〜〜」
「でも本当にすごい量のお洋服ですね。それに。とってもキレイだよ。サクラ……」

言うまでもなくシャオランたちです。
羽根に導かれてここまでやってきたようです。
やってきたはいいものの、そこで行われていたのは珍妙無類の謎の撮影会。
呆気にとられて出て行く機会を失ってしまい、こうして覗き見を続けるという羽目になってしまったのでした。

3人とも最初はそう長くは続かないだろうとたかをくっていたのですが、知世様の撮影会はいつになっても終わる気配をみせません。
それでこそ知世様です。

「どうすんだよ! このまま待っててもきりがねえぞ。出てってやめさせるか」
「黒鋼さん、事を荒立てるはよくないですよ」
「そうそう、黒さまはもう少しおだやかにいけないかなあ」
「んだと、この!」
「とはいえ、さすがにこれはちょっとね。知世ちゃんには悪いけど、そろそろお開きにしてもらおうか」

そう言いながらファイがごそごそと懐から取り出したのは1本の吹き矢。
年齢不詳のこのおっさん、なんでも持ってますね。

「ファイさん、なにを?」
「まあ見ててよ。ふっ!」

ひゅっ
ぷすっ

「さあ、次のお洋服は……あら? あぁ、どうしたことでしょう。急にめまいが。あぁ……」
「と、知世ちゃん!? どうしたの、知世ちゃん」
「あぁぁ。さくらちゃん……」

ぽてっ

「おい! てめえ、なにしやがった!」
「大丈夫、ただの眠り矢だよ。そう怒らないで」
「別に怒ってなんかねえよ!」
「ふ〜〜ん、そう? ならいいけど(黒様、やっぱり知世姫のことになるとこうなっちゃうかあ〜〜。ま、しょうがないかな)」
「サクラ……」
「はいはい、シャオランくんも見呆けてないで。サクラちゃんを迎えに行かないとね」
「は、はい。サクラ〜〜」
「あ、シャオランくん!」

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「ふ〜〜ん。知世ちゃんがねえ」
「はい。知世ちゃん、わたしのことを知ってるみたいでした。ひょっとしてこの世界にはもう一人のわたしがいるんでしょうか」
「もう一人っていうか、なんていうか〜〜。まあ、それでもサクラちゃんってわかっちゃうのが知世ちゃんのすごいところなのかな」
「けっ。ま、たしかにこういう事には嗅覚の鋭いやつではあるがな」
「それにしてもサクラ、すごいお洋服!」
「うん、本当にすごいよね。これ、全部知世ちゃんが作ったんだって」
「これを全部知世姫がですか。そういえば、ピッフルワールドの知世姫もお洋服を作ってましたね」
「それがあいつの趣味だ。おれのところでもよく作ってやがったぜ。どうやらどこの世界にいってもこれは変わらねえみてえだな」
「それにしても、よく考えるとすごいよねこの世界。シャオランくんに、サクラちゃん、それに知世姫までいるなんて」
「言われてみるとそうですね」
「シャオランくんにわたし、それに知世ちゃん。3人揃ってるこんな世界があったんですね。もしかしたら他にもそんな世界があるんでしょうか」
「どうかなあ。世界は無数にあるからね。もしかしたらそんな世界がまだあるかもしれないね。ま、この世界の羽根も取り戻したことだし。次の世界にお願いできるかなモコナ」
「ぷぅ! 次の世界へ! ぷぅっ!」

羽根を取り戻して新たな世界へと旅立つ一行。
さくら、小狼、知世、この3人が揃うもう一つの世界。
それはたしかに存在します。
ですが、そこを彼らが訪れるのはまだ先のお話です。

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さてさて。
さくらにも知世様にもいろいろなことがありましたその翌日。

「なんだ、大道寺。こんな朝早くから呼び出して」
「わぅわぅ!」
「……………………」
「おい?」
「さくらちゃん……。さくらちゃんはやっぱりさくらちゃんなのですね……」
「はぁ? なにを言ってるんだ?」
「わぅ?」
「いえ! それでもわたしは!」

ばっ!

「わ、わぅぅ?」
「わたしはさくらちゃんが大好きですわ! たとえさくらちゃんがさくらちゃんのままでも!」
「わぅ〜〜、わんわん!(うん! さくらも知世ちゃんが大好きだよ!)」
「あぁ、さくらちゃん!」
「やれやれ。朝も早くから何をやってるんだか」
「わん!」

こうしてさくらと知世様の新しい日が始まります。

END


さくらと不思議な羽でした。
やはりこのお方をだしませんと。

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