『それから』
「………………………………」
う〜〜ん、むにゃむにゃ。
あれ?
ここ、どこ?
さっきいたところとはちがうよね。
このにおいはごしゅじんさまのおうちの中だとおもうけど。
ごしゅじんさまは?
「………………………………」
あれ、ごしゅじんさま?
なにやってるの?
なんかむずかしいお顔でなにか言ってるみたいだけど。
なにを言ってるのかなあ。
ぜんぜんわかんないや。
ここ、どこなんだろう。
さっきのお部屋とはちがうところだよね。
なんていうのかなあ。
なんか不思議なのを感じるよ。
なんか目に見えないものがいっぱいいるみたいな。
なんなのかなあ、これ。
それにこれ、なんだろう。
わたしののってるところ、なんかいっぱいへんな模様が描いてあるよ。
これが字ってやつなのかなあ。
一つの模様にいっぱい線があってすごいむずかしそう。
こんなのがわかるなんてごしゅじんさまはやっぱりすごいなあ。
それにしてもごしゅじんさまはなにやってるのかな。
真剣なお顔でごにょごにょなにか言ってるよ。
すごい真剣なお顔をしてる。
なにやってるのかわからないけど。
きっと大事なおしごとしてるんだ。
じゃましちゃダメだよね。
いい子でまってないと。
でも、ほんとうになにやってるのかなあ。
ごしゅじんさまがなにか言うたびにむずむずするんだよね。
ちょっとくすぐったいよ。
でもガマンガマン。
ごしゅじんさまのおしごとが終わるのまってなきゃ。
「………………………………破っ!!」
ほえぇっ!?
び、びっくりしたあ。
あ、ごしゅじんさま。
おしごと終わったのかな。
さっきのやさしいお顔になってる。
うん、さっきのお顔もカッコよくてよかったけど。
こっちのお顔のほうがごしゅじんさまにはにあってるよ。
わたしもこっちのお顔のほうが好きだな。
ん?
ごしゅじんさま、なに?
「さてと。お前に名前をつけてやらないといけないな」
な…まえ?
なまえ。
わたしのなまえ?
「どんな名前がいいかな」
あ……
なんだろ、この気持ち。
よくわかんないけど、ごしゅじんさまとっても大事なことを言ってる気がする。
さっき、むずかしいお顔をしてたときよりもっと大事なことな気がする。
なまえ。
そうだ。
わたし、なまえがない。
まだ、ごしゅじんさまにもわたしのなまえを呼んでもらってない。
なまえがないから。
ごしゅじんさまに呼んでほしいな。
わたしのなまえを。
わたしのなまえは……
「さくら」
そのとき感じたの。
ごしゅじんさまとわたしの間にピーンって何かがつながったのを。
ホントだよ。
さっき、ごしゅじんさまがごにょごにょ言ってるときもちょっと感じてたんだけどね。
でも、それよりももっと、もっと、とくべつなの。
わたしとごしゅじんさまがハッキリつながったってわかったの。
「あの時、あの花が散らなかったらお前に気づかなかったかもしれないからな。お前は今日からさくらだ。おれは小狼。よろしくな、さくら」
今度もまたピーンと来たよ。
ごしゅじんさまのおなまえを聞いたから。
ごしゅじんさまのおなまえはしゃおらん。
しゃおらん、しゃおらん。
うん、とってもカッコいいおなまえだね。
さくら、おぼえたよ!
わたしはさくら。
ごしゅじんさまはしゃおらん。
今日からさくらはしゃおらんくんのさくらだよ!
―――――――――――――――――――――――――――――――――
あれからどれくらいたったのかなあ。
ず〜〜っとまえだったような気もするけど、よくわかんないや。
さくら、あんまりあたまがよくないから。
でも、あの日のことだけはぜったいに忘れない。
小狼くんとはじめて会ったあの日のことだけは。
だって、さくらがさくらになった日で。
小狼くんが小狼くんになった日なんだもん。
忘れるわけないよ。
思い出したのは久しぶりだけどね。
この雨のせいなのかな。
さくらのとっても大切なあの日。
あの日のことだけはぜったいに忘れないよ。
これからも。
ぜったいに!
う〜〜ん、でもいいのかなあ。
よく考えたらわたし、小狼くんのことずっと、“しゃおらんくん”って呼んでるんだよね。
わたしのごしゅじんさまなのに。
“小狼さま”って呼ばないといけないのかなあ。
でも、小狼くんは“小狼さま”よりも“小狼くん”の方があってるよね。
ね、どうかな小狼くん。
小狼くんもそう思うでしょ?
「なんだ、さくら。やっぱりお腹がへったのか」
ん〜〜、もう!
小狼くんは乙女心がわかってないんだから。
でも、ちょっとお腹も空いてきたかな?
そろそろ夜のご飯の時間だもんね。
あの日のごはんは美味しかったなあ。
あ。
思い出したらお腹がへってきちゃった。
小狼くん、ごはん、ごはん!
「ははっ、待ってろ。すぐ用意してやるからな」
わ〜〜い。
小狼くん、大好き!
END
出会い、さくら編でした。
小狼編に続きます。