『お薬?』

「大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫だよ!ありがとう小狼くん!」

ここは李家のマンション。小狼の部屋。
下校途中に襲ってきたクロウの起こす怪異を『雨(レイン)』のカードをさくらカードに変えて解決したさくらだったが、魔力を使い果たして倒れてしまった。
あいにくと今日は知世もおらず、さくらの家よりも小狼のマンションの方が近かったため、小狼が引きずるようにしてさくらを部屋まで連れてきたのだ。

「あんまり無理するなよ。お前に何かあったら・・・」
「ほえ?なに?」
「な、なんでもない!お、お茶でも飲むか?」
「うん!」

相変わらずさくらの前では「かあああぁぁぁっ」となって素直な言葉が出せない小狼。
まっ赤な顔で立ち上がるとそそくさとリビングにお茶の道具を取りに行った。

「砂糖は2つでいいか?」
「うん」

紅茶を持って戻ってきた小狼がさくらにたずねる。
さくらの答えに角砂糖を2つ紅茶に入れる小狼。

(あれ・・・?)

紅茶を淹れる小狼の手つきを眺めていたさくらだったが、小狼が角砂糖の他に何か白いものを紅茶に入れるところが目に入った。
何かの錠剤のようだ。

(え?まさか・・・?)

さくらの脳裏に数日前の下校中に千春たちと交わした会話がよみがえった・・・

―――回想開始―――

「男の人ってね〜〜〜『狼』なんだって〜〜〜」
「きゃ〜〜〜」

千春と奈緒子がなにやら騒がしい会話をしている。
どうやら奈緒子が「やんぐあだると」なる雑誌から仕入れた知識を披露しているようだ。

「男の人って普段はやさしそうな顔してても二人っきりになったら『豹変』するんだって!」
「家の人がいない時は男の人の部屋にあがっちゃダメなんだって!」

きゃーきゃー言いながら騒いでいる二人だがどれくらい意味を理解しているのか?
はう〜〜〜っと二人に圧倒されるさくらだったが、やはりお年頃の女の子。
なんとはなしに二人の話に聞き入ってしまった。

「休んでいかないか?なんて言われて部屋にあがったら、出されたお茶に『薬』が入れられてたなんて話もあるのよね〜〜〜」
「え、薬って?」
「睡眠薬よ!」
「眠らせて抵抗できなくしてからあ〜んなことやこ〜んなことをしちゃうのよ!」
「あ、あ〜んなことって?」
「お洋服を脱がして裸にして写真をとったり×××したり△△△したり・・・」
「ほえぇぇぇ〜〜〜!!!」

―――回想終了―――

(しゃ、小狼くんがそんなことするわけないよ!・・・で、でも男の人は狼だって・・・)

などと考えていたらハタと今の状況に気がついた。
さくらに優しい小狼。
その小狼の家に二人きり。
家の人は誰もいない。
そしてなにやらあやしげ?な薬の入ったお茶。
机の上にはデジカメらしきものまで見える。

(はぅ〜〜〜!奈緒子ちゃんの話とおんなじだよ!これ飲んじゃったら・・・)

「どうした?熱すぎたか?」
「な、なんでもないよ!」

紅茶を前にして急におかしな顔で考え込んださくらを見て小狼が問いかける。
なんとか答えたさくらだったが頭の中は完全に混乱状態だ。
それでも

(小狼くんはそんなことしないよ!)

っと意を決して紅茶を一口すする。が・・・

(!?)

かすかだがあきらかに紅茶とは異なる味がする。
やはり薬が混ぜられている!とさくらは確信した。
しかし・・・

「うまいか?香港から送られてきた葉を使ったんだ」
「うん。おいしいよこの紅茶」

なぜかさくらは紅茶を飲むのをやめなかった。

(飲んじゃダメ!・・・ダメなのに・・・)

頭の中では理性が警報を鳴らしているのに、さくらの心はそれを裏切って紅茶を飲むことを選択してしまった。

(あ・・・)

飲み終わった途端に強烈な睡魔が襲ってきた。
意識がもうろうとしてくる。
ここで眠ってしまったら小狼のなすがままにされてしまう・・・
そう思ってもさくらは睡魔に抵抗する気になれなかった。
そしてさくらの意識は深い闇に堕ちていった・・・


・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

「!?」

どれくらい時間がたったのか。さくらは目をさました。
あわてて体の様子を確認するが服は眠りに落ちたときのままだ。
なにかをされた形跡はない。

「ようやく起きたか。やっぱり疲れてたんだな」

心配そうな顔で小狼が声をかける。
しかし、さくらの返事は小狼には意味不明なものだった。

「お洋服・・・ちゃんと着てるよね・・・?」
「は?なに言ってるんだ?」

寝ながら服を脱ぐ癖でもあるのか?とトンチンカンなことを考えたが、さくらの顔がまっ赤になっていることに気がついた。

「顔がまっ赤だぞ。熱でもあるのか?」

そう言ってさくらの額に手を伸ばす。
伸ばした手がさくらの額に触れた瞬間、さくらがビクッと震えた。
あわてて手を引っ込めたがさくらの様子が何かおかしい。
まっ赤な顔に潤んだ瞳。何かを訴えるような顔で小狼を見つめている。

「ほんとうにどうしたんだ。さっきから少し変だぞ」
「な、なんでもないの!ホントなの!」
「俺には・・・言えないことなのか?」

真剣な顔で聞き返されてしまう。
さくらは小狼のこの顔に弱い。
この顔で尋ねられたら隠し事は出来ない。

「あ、あのね。奈緒子ちゃんからね・・・」

さくらは観念して奈緒子たちから聞いた話をしてしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

話を聞き終わった小狼は絶句していた。

「俺はそんなことしない!」
「でも、小狼くん紅茶に何か入れてたでしょ?」
「あれは家から送ってきた漢方薬だ!おまえ、最近風邪ぎみだっていうからちょうどいいかと思ったんだ」
「そ、そうだよね。小狼くんはそんなことしないよね。あは、あははは・・・」

小狼の顔は例によってまっ赤っ赤だ。
さくらも負けないくらいまっ赤になっている。
二人そろってゆでだこ状態で沈黙してしまったが、ふいに小狼はあることに気づいた。

「紅茶に薬が入っているって気付いたのに・・・なんで飲んだんだ?」
「そ、それは・・・」
「柳沢の言うように睡眠薬だったかもしれないのに・・・俺に酷いことをされたかもしれないのに・・・どうして飲んだんだ?・・・さくら」

小狼の問いにさくらはうつむくだけで答えられない。が、そのうちにか細い声で答えが返ってきた。

「・・・小狼くんだったら・・・」
「・・・小狼くんだったら・・・いいよ・・・」
「!」

またまっ赤になって沈黙する二人。
その沈黙を破ったのは小狼のほうだった。

「さくら・・・本気か?」

無言でうなずくさくら。
小狼はその頬に指を伸ばす。
小狼の指が触れた瞬間にまたビクンと震える。
だが、今度はぎゅっと目を閉じて耐えている。
拒否は・・・されていない。
小狼はそんなさくらが愛おしくて抱きしめたい衝動に駆られる。

「さくら・・・」

二人の顔が近づく。
さくらは小狼の接近を知って身を強張らせるが指を握り締めて緊張に耐える。
唇の側に互いの体温を感じる。
二人の唇が・・・


『プルルルルルルルルルルルルルルルル〜〜〜〜〜〜〜』


二人の唇が重なろうとしたまさにその瞬間、さくらの携帯が鳴り出した。
ガバッっと離れてあわてて携帯を取り出す。

『さ〜く〜ら〜!!!こんな時間までなにやっとんねん!』
『ケ、ケロちゃん・・・』
『今、何時やと思っとんのや!はよせんとにーちゃん帰ってきてしまうで!』
『何時って、え〜もうこんな時間!』
『それに今日は夕食当番やろ!にーちゃんが帰ってきたら怒られるで!』
『ほえ〜〜〜〜〜〜〜!』
『はよ帰ってこんかい!』

プツッ

「ごめんね小狼くん、今日は夕食当番なの忘れてた!」
「お、おい!」
「『翔』(フライ)!」
「小狼くん、また明日ね!」

まっ赤な顔のままさくらは疾風のように窓から飛び出し、あっという間に見えなくなってしまった・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

呆然と立ちすくむ小狼・・・
(あのぬいぐるみ!少しは気をきかせろ!)
我に返った小狼が毒づきながら振り返ると・・・部屋の中に純白の翼を生やした銀髪の青年が立っていた。

「○×△〜〜〜ッッッ!?ユ、月!?なんでここに???」
「主の危機を感じた」
「さくらの危機?」
「万が一の場合は止めるつもりだった。主の身体はまだ未成熟だ。魔力に影響を与えるような行為は慎んでもらおうか」
「なっ!?」

月の言う『危機』『行為』の意味するところを理解してまたもや絶句する小狼。
なにか言い返したいが口をパクパクさせるだけで言葉が出てこない。

「少なくともカードを全て変え終わるまでは我慢することだな」

そう言い残すと何かの呪を唱えて姿を消してしまった。

再び呆然と立ちすくむ小狼・・・
ふいにその脳裏にいくつもの顔が浮かんだ。
桃矢、月、ケルベロス、知世、エリオル・・・
『さくらを護る者』たちの顔が・・・
『おじゃま虫』たちの顔が!!!
これらの強敵の目をかいくぐってさくらと結ばれることができるのか・・・?
小狼はいかなる難事を前にしても感じなかった絶望を感じた・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「小狼様?」
夜半に帰ってきた偉はこの寒空の中、窓を開けっ放しにして放心状態で立ち尽くす小狼を発見したという・・・・・・

END

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