『桜猫物語・7』



それから1月後。

「しゃおらん、おなかへったよ」
「あとちょっとだけ待ってくれ。すぐにお昼にするから」
「は〜〜い」

小狼とさくらの関係はまた少し変わった。
あれ以来、さくらは驚くほどの早さで言葉を覚えていった。
そんなさくらに小狼は熱心に言葉を教えていく。
今では簡単な会話ならば普通に交わせるほどまでに上達していた。

「ほら、できたぞ」
「わ〜〜いっただっきま〜〜す。ぱく、ぱくっ、うん、おいしい!」
「そうか。よかったな」

言葉を介することでお互いのことをさらに深く知ることができた。
ネコ耳とシッポを隠して二人で街にでかける、そんなことまでできるようになった。
愛するさくらと二人で過ごす穏やかな日々。
小狼が心から望んでいた幸せな時間。

・・・・・・のはずなのだが。
実はあの日からまた小狼には別の悩み事ができてしまったのであった。
それはさくらの正体についてだ。
むろん、いまさらさくらの正体がなんであろうと小狼の気持ちは変わらない。
なのだが、それはそれでまた別の悩みにつながっていたのである・・・・・・

――――――――――――――――――――――――――――――

「あなたがいない間にさくらさんについていろいろと調べてみました」
「いろいろって、まさかさくらに変なことしたんじゃないだろうな」
「また誤解ですよ。どうも貴方は僕におかしな偏見があるみたいですね。調べたのはさくらさんのいた桜の樹についてですよ」
「さくらのいた樹?」

エリオルが調べたところでは、あの桜は日本の古い神社で神木として祀られていたものなのだそうだ。
それがとある縁で李家に贈られてきたものらしい。
神木として祀られるような古樹には霊気が宿る時がある。
樹そのものの霊気、樹を祀る人の気持ち、樹に願をかける人の想い、そういったものが樹の霊気を形作っていく。

「調べてみたらあの樹にはかなり強い霊気の痕跡が残っていました」
「痕跡っていうことは今は無いってことか」
「そうです。あの樹の霊気が実体になったのがさくらさんで、さくらさんが樹から離れたことで樹の霊気が失われたのではないかと」
「でも、それならなんで猫の姿をしているんだ? 桜の樹の精霊なんだろ」
「これは僕の想像ですが、あの樹の霊気を感じた者のイメージを反映しているのではないでしょうか」

霊気のような存在が実体を持つのは人の気を反映してであることが多い。
それを見ている、あるいは感じている者が思い描くイメージに強い影響を受ける。
あの樹の近くで樹の霊気を感じ取った者がいた時、それにどんなイメージを抱くかによってどんな姿が形成されるかが決まる。
霊気を感じた者がそれを猫だと思えば猫の姿に、鳥だと思えば鳥の姿を写す。

「あの樹の近くは猫が多いですからね。さくらさんのことを猫だと思う人が多かったんじゃないでしょうか」

エリオルの説明は小狼にも理解できる。
あの樹の近くでふいに何かの存在を感じたらそれが猫だと思う者は多いだろう。
そんなことが何回か続くうちに、いつしかただの霊気に過ぎなかった存在が猫の属性を帯びるようになったのかもしれない。
そこまではわかる。
だが、まだ一点、腑に落ちないところもある。

「イメージの反映か。そこはわからないでもないな。だけど、あの樹が贈られてきたのはもう100年も前の話だろう。なんで今頃になって姿を現したんだ」
「イメージが固まるのにそれだけ時間がかかったとも考えられます。ですが、僕は別の原因があるのではないかと思っているんですよ」
「別の原因だと。なんだ、それは」
「貴方ですよ」
「へ? オレ?」
「李家の人に聞きました。貴方はあの樹がお気に入りでよくあの樹の元に通っていたそうですね」
「そうだけど。それが何か関係あるのか」
「まあ、これも僕の想像ですけどね。貴方の魔力は月の魔力。土木水の属性に強い影響を与える魔力です。そんな貴方の魔力があの樹にさらなる力を与えた、そんなところじゃないでしょうか」
「で、でも! オレは子供のころからあの樹のそばに行ってたぞ。最近になってさくらが実体化する理由にはならないんじゃないのか」
「貴方の魔力の成長にしたがってあの樹も力をつけていった、そう考えれば不自然でもないでしょう」

そう言われると小狼も何も言えない。
エリオルの説明が一応は理にかなっているからだ。
小狼も納得せざるをえない。
納得せざるをえないのだが。
それはつまり・・・・・・

「え〜〜っと。それはつまり、さくらはあの樹の霊気とオレの魔力によって生み出された存在ってことか」
「そうなりますね」
「それはつまり、その〜〜。なんていうか・・・・・・」
「李くんはさくらちゃんのお父さん、ということですね」
「なななななな!? な、なにを言ってるんだ大道寺!」

すかさず脇手から知世がツッコミが入る。
あいかわらずこの娘のツッコミは鋭い。
小狼があえて避けようとしていた急所を的確にえぐりこんでくる。
実にえぐい。

「だってそうでしょう? 樹の霊気と李くんの魔力からさくらちゃんは生まれたのですから」
「さしずめあの樹がさくらさんの母親で李くんがさくらさんの父親というところですか」
「柊沢! お前まで何を言ってるんだ!」
「事実を口にしているだけですよ。ひょっとすると、さくらさんが人の姿になったのも貴方が原因ではないのですか? 生みの親の及ぼす影響は大きいですからね」
「・・・・・・!!」

もはや小狼はぐぅの音も出ない。
エリオルの指摘に思い当たるところがあるからだ。
そうなのだ。
さくらが人になったあの時、小狼はこう思ってしまったのだ。
ああ、さくら。もしもお前が人だったら。
お前とこの月を前に語り合うことができたら。
どんなに素敵な夜になるだろう・・・・・・。
そして、さくらはその思い通りに姿を変えた。
小狼が思い描いた通りの「人になったさくら」の姿に。
それは、さくらが小狼の魔力によって生み出されたものであることの何よりも明白な証拠であろう。

「それでは娘さんをお返ししますよ、お父さん」
「さあ、さくらちゃん。お父さんに思う存分甘えるといいですわ」
「にゃぁぁぁ〜〜〜〜」
「あのなあ、お前ら・・・・・・」

むろん、エリオルも知世も本気で言っているのでないことはわかっている。
だいたい、そう言うエリオル自身が自分の魔力で生み出した従者たちとうまいことやってるのを小狼は知っている。
あれはどう見ても親子の関係ではない。
かなりインモラルでアレな主従関係である。
自分のことを棚に上げて何を好き勝手なことを言っているのか。
こいつらはオレのことをからかってるだけだ。

と、そこまではわかっている。
わかってはいるのだが。
やはりどうしても気になってしまうのだ。

さくらはオレの魔力で生み出された存在?
それって、やっぱりオレの娘っていうことなのか?
さくらはひょっとして、オレのことをパパだと思ってるのか〜〜〜〜!?
・・・・・・と。

――――――――――――――――――――――――――――――

「しゃおらん、おかわり」
「ん、あぁ。さくらは今日もよく食べるな」
「だって、しゃおらんのご飯、すごくおいしいんだもん」
「お前にそう言ってもらえるとうれしいよ」

たしかに嬉しい。
嬉しいのだが、なんというか。
この絵面は。
そのなんというか。

(これって、はたから見たら恋人同士じゃなくて父娘に見えるよなあ・・・・・・。やっぱりそうなのか? さくらにとってオレは「父親」なのかぁぁぁ〜〜〜!?!?)

「しゃおらん? どうかしたの」
「い、いや。なんでもない。なんでもないんだ。ははは・・・・・・」

小狼の悩みはまだまだ続く・・・・・・

END


桜猫物語でした。
このお話はちょっと特殊な経緯がありまして、一話目を書いた直後に震災があってちょっと間が空いてしまいました。
その後、そろそろ続きを書こうかと思ったころにMelodyの音色様が「にゃんパロ!」という本を出されたのですが、その時点で考えていたストーリーがその本とかなり似ていたのです。
それで続きはどうしようかなあと迷っているうちにさらに間が空いてしまいました。
まあ、結局はあまりストーリーも変わらなかったので音色様の本にかなり似たものになってしまいました。
音色様の本をお持ちの方は比べてみるのも一興かと思います。

あと実はこのお話は最初にネタを思いついた時に一緒にもう一つのネタも思いついていました。むしろこっちが本編かも。
おまけ編に続く?

戻る