『涙(中学生編)』

晩秋の友枝町、ペンギン公園。
小狼とさくらの二人は久しぶりにこの公園に来ていた。
特に小狼がここに来るのは日本に戻ってきてから初めてのことだ。
小学生時代と違って公園に遊びに来ることなど滅多にないし、なによりもエリオルの起こす不思議な事件がなくなった今となっては立ち寄る必要の無い場所だからだ。
今日ここに来たのは、学校からの帰宅途中にさくらが

「久しぶりにちょっと寄っていかない?」

と言い出したからだ。
特に用事もないし、なによりも少しでも二人だけでいられる時間が欲しい(笑)小狼は一も二もなくうなずいた。

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「わ〜い、小狼く〜ん!」

さくらはしばらくの間、ペンギン大王によじ上ったりシーソーの上で飛び跳ねたりと、はしゃぎまわっていた。
小狼も最初のうちはそんなさくらを追いかけていたのだが、あまりのはしゃぎようについて行けなくなり、ブランコに腰掛けて一休みしていた。

「あいつの元気にはかなわないな。それにしても・・・たしかにここに来るのは久しぶりだな」

一息ついたら昔のことを思い出していた。
この公園であったことを。
エリオルが起こしていた事件のことを。

大きな穴にさくらが閉じ込められた時のこと。
成す術なく、穴を防ぐ魔力の壁を殴り続けていたあの時。
公園の柵が襲い掛かってきた時のこと。
あの時は『霧』をさくらカードに変えたのだったか?
ペンギン大王とその子分のペンギン達に襲われたこともあった。

この公園では本当にいろいろなことがあった。
自分の想いに気づかず、さくらを追いかけていたあの日。
想いを自覚し、さくらを守るためにがむしゃらだったあの日。
それも今ではいい思い出だ。

「ふ〜、ちょっとつかれちゃった」

はしゃぎすぎて疲れたのか、さくらも小狼の隣のブランコに座り込んだ。

「まったく、はしゃぎすぎだ。制服が汚れてるぞ」
「へへ〜ちょっと懐かしくなちゃって。ここではいろんなことがあったな〜って」
「あぁ、本当にいろいろあったな」

本当にいろいろあった。
オレがいて、さくらがいて、大道寺がいて、苺鈴がいて・・・
と、そこまで考えた時

(まだ、何かあったような?)

という思いが頭をよぎった。
エリオルの起こしていた事件も大変だったが、ここではもっと、もっともっと大事なことがあったような?

あれはいつだったか?
たしか、今と同じくらい冬の寒さが厳しい時期だったはずだ。
時間もちょうど今と同じくらいで。
夕焼けの中、さくらが本当にキレイに見えて・・・

「さくら?」

我に返ってさくらに視線を向けると、さくらはいつのまにかうつむいて黙り込んでいた。
心なしか表情が暗い。
どうした?と声をかけようとした時、脳裏にフラッシュバックのように過去の映像が浮かんだ。

ブランコに腰掛けてうつむくさくら
それを見つめる自分
さくらは何かを訴えるように必死に話し続ける

やがて、さくらの目に涙がたまり・・・零れ落ちる

涙を流すさくらの姿が、現実のさくらと重なる。
現実のさくらも・・・同じように涙を流していた。

(しまった!)

ようやくオレは気がついた。
今の光景はあの日、さくらがあの人に告白して想いが届かなかったあの日に酷似しているのだ。
季節も、時間も、このブランコに二人で腰掛けているというシチュエーションもあの日と同じだ。

「さくら・・・あの時のことを・・・あの人に告白した日のことを思い出しているのか?」

その問いにさくらは無言でうなずく。

さくらにとって初めての恋。
そして、それが無残にもやぶれた日の記憶。
辛くないはずがない。
偶然にもそれを思い出させてしまったのだ。

(バカか俺は!なんで気がつかなかった!)

オレは己のうかつさを悔やんだ。
だが、同時に胸の中ではある感情が渦巻く。
嫉妬にも似たドロドロとした感情。

(まだ、あの人のことを想っているのか?)

さくらに対して絶対に言ってはならない問い。
それを口にしてしまいそうになる。
だが、それはさくらの返事に遮られた。

「ううん、違うの!雪兎さんのことを考えてたんじゃないの!」
「え?」
「雪兎さんに告白した日のことを思い出してたんだけど、考えてたのは雪兎さんのことじゃないの。小狼くんのことを考えてたの!」

は?
オレのこと?

「教えて小狼くん。あの時、小狼くんの『一番』はわたしだったの?」

なんで?
なんでそんな話になる?
あの時もそうだったけど、こういう時のこいつの話は理解できない。

「答えて。あの時もう、小狼くんの『一番』はわたしになっていたの?」
「あ、あぁ!あの時、もうオレの『一番』はさくらだった」

う・・・恥ずかしい。こういう受け答えは苦手だ。
でも、これでさくらが喜んでくれるなら、と思ったのに何故かさくらの表情はますます暗くなってしまった。
なんでだ?
なにか間違ったか?

「ごめんね、小狼くん・・・」

今度はあやまられてしまった。
女の子の考えることは本当にわからない。

「なんであやまるんだ?さっきから一体、どうしたんだ?」
「わたしね、あの時の小狼くんのこと考えてたの。小狼くんがどう思っていたのかを」

・・・?
オレの思っていたこと?

「あの時、本当に悲しかったの。
 自分が『一番好きな人』の『一番』じゃないことがものすごく悲しかったの。
 この世にこんなに悲しいことなんかないんじゃないか・・・ってくらい悲しかったの」

それはオレも同じだ。
さくらの『一番』はオレじゃなかった。
あの時、オレも本当に悲しかった。
でも。
でも、オレが悲しかった理由はそれだけじゃない。

「あの時、もう小狼くんの『一番』はわたしだったんでしょ?
 わたしが小狼くんの『一番』だったのに、わたし全然気がつかないで・・・
 小狼くんの前で他の人が好きだ、ってなんてひどいこと言ったんだろうって・・・
 『一番好きな人』の『一番』じゃないのがどんなに悲しいのかわかってたのに・・・
 なのに、小狼くんわたしを慰めてくれて・・・
 小狼くん、あの時どんな辛い気持ちだったろうって・・・」

涙を流しながら告白を続けるさくら。
これもあの時と同じだ。

でも、一つだけ違うことがある。
あの時は、あの人のことを想って泣いていた。
今はオレのために涙を流してくれている。
オレのために泣いてくれている。
それは嬉しい。

でも
でも、ダメだ。
たとえオレのためでも。
おまえには泣いて欲しくない。

そう思ったら自然にさくらを抱きしめていた。

「ほえ?小狼くん?」
「もう泣くな」

泣くな。
オレの前で泣かないでくれ。

「たしかにあの時、すごく辛かった。でも、それはさくらの『一番』がオレじゃなかったからだけじゃない」
「え?」
「お前が泣いていたからだ。オレはお前が泣いてるのを見たくない。だから泣かないでくれ」
「!」

さくらはオレの答えを聞いて一瞬息をのんだ。
それからゆっくりと微笑んでくれた。

「うん・・・ありがとう小狼くん」

あの時の無理をした笑顔とは違う。
心から笑ってくれているのがわかる。
それがとてもうれしかった。

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「小狼くんは、いつからわたしが『一番』になったの?」
「いつからって、いつでもいいだろ!そんなこと」
「え〜教えてよ。そうだ!スキー教室の時に言ってた『雪兎さんじゃない本当に一番好きな人』ってわたしのこと?」

公園から家へ向かう途中でオレはさくらの質問攻めにあっていた。
さっきまであんなに泣いていたのにもうこれだ。
これだから女の子は。

「あぁ。あの時、もうオレの『一番』はさくらだった。いや、もっと前から」
「もっと前っていつごろ?(じ〜〜〜)」
「(そ、そんなに見つめるな!)前って・・・そうだな。多分あの時からだ」
「あの時?」
「月峰神社で『戻』のカードを捕まえた時だ。あの時、初めてお前を『かわいいな』って思った」
「『戻』のカードを捕まえた時って・・・そんな前から・・・(じわっ)」

ってまた泣くな!

「だから泣くな!なんでまた泣くんだ!」
「でも、うれしくて・・・小狼くんがそんな前からわたしのこと想っててくれたなんて・・・。ね、小狼くん。泣いちゃだめって、うれし泣きでもダメ?」

〜〜〜〜〜〜ッ!
この可愛さは反則だ。
そんな潤んだ目で見つめられたらダメなんて言えるわけない。
結局これしか言えなくなる。

「す、すきにしろ」
「わ〜い、ありがとう小狼くん!」

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本当にここではいろいろあった。
さくらを泣かせてしまったこともあった。
でも、もう泣かせない。
絶対に・・・

END


「涙」の続きです。
サイトの主旨に涙は似合わないと書いたのですが、よく考えたらテレビ版のさくらで気に入っている話は
「さくらとやさしいなお父さん」
「さくらと大切なお友達」
「さくらの一番好きな人」
と誰かが泣いている話が多いです。
でも、泣いて終わりにならないところがさくらの良いところだと思います。

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