『涙(小学生編)』


その瞬間、オレの中の時間が止まった。

「今日ね、雪兎さんに言ったの。『好きです』って」
「!」

ついに
ついに来た。
この日が。
そう思った。
ついに来てしまった。
オレの想いが破れる日が。

さくらはあの人のことがとても好きで
オレと会うずっと前からあの人のことを想っていて
あの人もさくらのことをとても大事に想っていて

オレの割り込める余地なんか最初から無い。
そんなことはわかっていた。
わかりきっていた。
いつか必ずこの日が来る。
ずっとそれに怯えていた。

「そ、そうか」

辛うじてそう返した。
自然とさくらから目をそらしてしまう。
さくらの顔を見ることができない。
だから気づけなかった。
さくらがあまりにも沈んだ表情をしていたことに。


「でもね、雪兎さんがね私の一番は雪兎さんじゃないからって」
「え?」

え?

「わたしの雪兎さんを好きな気持ちとお父さんを好きな気持ちは似てない?って聞かれて・・・考えてみたの・・・すごく似てた」

なに?

「でもね!そうじゃない好きも雪兎さんにはあったの。ほんのちょっとだけどお父さんとは違った好きが」

なんだ?
なにを言っている?

「雪兎さんには一番好きな人がいて、それはわたしも大好きな人で、その人も雪兎さんがきっと一番好きで・・・」

さくらは一体、なにを言ってるんだ?
大好きな人が幸せでいてくれることが一番の幸せ?
前にオレも大道寺にそう言われたことがある。
あれはいつのことだったか。
さくらの言葉はオレにはまったく理解できなかった。
ただ、あまりにも思いつめた表情だけが心に響いた。


(あっ)


ふいに、さくらの目に涙が光り・・・そのまま零れ落ちた。


「でもね、やっぱりちょっとだけなんだかわからないけど、少しだけ涙が出そうになって・・・でも泣いたり悲しい顔をしたらきっと雪兎さんが困るから」

さくらは泣きながら話を続ける。
さくらが泣いている。
あのさくらが。

さくらは泣き虫なんかじゃない。
いつも、いつも泣きそうになっても、決して泣き出しはしなかった。
『消』の時も
『闇』の時も
クロウの気配に大道寺が隠された時も
涙を見せても、そこからがんばれる強さを持っていた。
泣いて終わりにはしなかった。

そのさくらが泣いている。
声をおさえて涙を流している。
ここにきてようやくオレにも理解できた。


『さくらの想いはあの人に届かなかった』


ということに。
不謹慎にもオレはキレイだ、と思ってしまった。
涙も。
涙を流すさくらも。
とてもキレイだと思ってしまった。

でも
でも、ダメだ。
どんなにキレイでも。
こいつには泣いて欲しくない。


「やだ、なんで涙出ちゃうんだろう。ほんとに雪兎さんの言うことわかったんだよ。ほんとに雪兎さんが幸せならいいなって・・・」
「わかってる!」

わかってる
お前がどれだけあの人のことを想っているのか
お前がどんなにあの人の幸せを願っているか

「ちゃんとわかってる」

ちゃんとわかってる
だから、
だから・・・
泣かないでくれ。


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「雪兎さん・・・いつかきっとわたしが一番好きになれる人が見つかるっていってくれたの。その人もきっと私のこと一番好きになってくれるって」

いる
ここにいる
お前を一番に想っているやつはここにいる
そう言ってしまいたい
でも。

「見つかるといいな。大丈夫だ。絶対見つかる」

今はそれしか言えない。

「ありがとう」

最後にさくらが少しだけ笑ったのが感じられた。
無理をして笑っているのがわかる笑い方だけど、それでオレには十分だった。



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「また、告白しそびれたな」

家に帰ってくまのぬいぐるみを見つめながらそう、ぼやいてしまった。
苺鈴がいたら

「チャンスじゃないの!なんで告白しなかったの!」

と怒鳴られたろう。
だけど、今のさくらにはとてもそんなことを言えない。
それよりも少しだけ、ほんの少しだけかもしれないけど、さくらを慰めることができた。
今はそれだけでよかった。


絶対見つかる
さくらが一番好きになれるやつが
さくらを一番好きになってくれるやつが

「見つかるといいな」

たとえ
たとえ、それがオレじゃなくても・・・

あいつが幸せになれるんだったらそれでいい。
心からそう思えた。
そう思えることがとてもうれしかった。

大丈夫だ・・・絶対見つかる・・・


中学生編に続きます。

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